第11話 だから耐える

「……ん」

「おはようみーくん。ぐっすり寝てたね」

「あ、ああ、おはよう和葉」

「今日も学校でいっぱいお友達作ろうね。えへへっ、なんか学校が楽しみだね」

「……」


 昨晩、最悪の事態は回避することができたが俺は和葉の余計な一面を目覚めさせてしまったようである。


 和葉がクラスメイトと仲良くする。

 それはつまり俺の手から彼女が離れることを意味すると信じていたが和葉は別の意味で捉えていたようだ。


 つまり、自分がクラスメイトたちと親しくなり、情報をたくさん持つことで俺が誰とも浮気できないようにできると。

 そのためになら努力は惜しまない。

 そして疑わしきは罰する。

 断罪する。

 容赦なく。


 そんな目的で皆と親しくなろうとする和葉を見て、俺は朝から気が重い。

 時雨和葉という厄災を、俺のみならずクラス全体にばら撒いた罪は重い。


「ふふっ、今日はなんか楽しくなっちゃったからホットケーキ作ったの。ね、食べて食べて」


 そんな俺の心労など知るはずもなく、和葉はウキウキな様子でホットケーキを焼いてくれていた。

 三段に積み重なったそれの上には少し溶けたバターが。

 いい香りだ。

 そしてすごいボリュームだ。


「うん、美味しいよ。でも、時間かかったんじゃない?」

「ううん、昨日はゲームが終わるの早かったから早起きできたし。たまには早く寝るのもいいね」

「そ、そうだよ。早起きは三文の徳って言うし」

「じゃあ明日はお休みだけど朝早くに起きていっぱい長い一日にしないとだね」

「そ、そうだな。そのためにも今日は早く寝よっか」  

「うん」


 こういう流されやすいところも、和葉だ。

 もちろん俺の都合の良いように話を進めようとしてるのがわかった途端に発狂するんだけど。

 基本的には良いと思ったことを素直に良いと思って、すぐに取り入れる。

 こうして朝早く起きて俺のために充実した朝食を作れたことが、彼女にとっては相当気分のいいものだったのだろう。


 ……今までわかっていても諦めていた部分があったが、こうやってうまく誘導していけば和葉を洗脳していくこともできるのでは?


 まあ、薄い可能性だがそういうのにも頼るしかあるまい。

 和葉がこのままやばい女の子のままだったら、それこそいずれ俺はまた逃げ出すしか方法がなくなる。


 それが先か、それとも和葉が普通の人間に近づくのが先か。


 願わくば逃げ出すことはしたくない。

 和葉が好きだから、というよりも、ずっと逃亡生活を送り、和葉の陰に怯えながら暮らすのは嫌だから。


「みーくん、全部食べてくれたんだ。えへへっ、嬉しいなあ。和葉のお料理、そんなに好き?」

「も、もちろんだよ。和葉の作ってくれたもの以外食べる気がしない」

「ふーん。この前コンビニで買ったものはー?」

「あ、あれは和葉の料理の素晴らしさを確かめようと思って、だな。案の定、クソ不味かったよ。うん、二度と買おうと思わない」

「カラオケのフードもー?」

「も、もちろんだよ。あんなの、食べてるやつの方がやばいって。和葉の料理が毎日食べられて幸せだなあ、あはは」

「みーくん……うん、和葉ね、毎日一生懸命頑張るね。みーくんのためになんでもするの」


 ニコッと。

 和葉は満面の笑みを俺に向けてから抱きついてくる。


 こういうところを見せられると、やっぱり嫌いにはなりきれない。

 基本的に和葉の暴走は俺への愛情の深さの証明なのだ。


 俺が憎いわけでも、他人が憎いわけでもなく。

 ひたすら俺が好きすぎて、俺と一生一緒にいたいと願うがゆえに、世の中そのものにまで噛みつこうとしてしまうだけ。


 わかってはいる。

 だから何度も受け入れようと悩んだ。

 このまま和葉と沼に落ちてしまえば、かわいい嫁ができて、多分子供もできて、周囲の人には「きれいな奥さんがいていいよなあ」ってうらやましがられて。

 そんな人生を送ることを何度も受け入れようとした。


 ただ。


「みーくんがもしほかの人の作ったごはん食べたら、私のごはんには毒が入ることになるけどね、あはは」


 こんなことを平気で言うから、百年の恋も急速冷凍だ。

 ほんと、こういうサイコパスな発言を失くしてほしい。

 仮にこういうことを言っても、それが冗談だと受け流せるような奴になってほしい。


 和葉の場合は本当にやるから笑えない。

 ていうか、やられかけたことはある。

 

 あれは中学の家庭科実習の時だった。

 たまたま俺の隣にいた女子が作ったクッキーを、先生が何を思ったか「隣同士で味見しろ」って指示したせいで食べることになった。


 ただそれだけのことで、帰ったその日の夜に俺は和葉に何かを盛られた。

 

 何かは知らないが、和葉の作ったカレーを食べたあと、急激な腹痛と吐き気に襲われたのだ。


 まあ、そんな俺を泣きながら看病してくれたのも和葉で。

 だから何かの間違いかとも思ったけど、体調がよくなった翌朝に、


「あんな汚れた女の手で握ったもの食べたら、ばっちいんだよ?」って。

 目は全く笑ってなかった。

 それを見て、和葉に何かを盛られたと確信したが未だに聞けず。


 まあ、とにかくそういうことをやるんだよ、こいつは。

 だから逃げたし、今だって逃げたくて仕方ないんだけど。


「じゃ、学校いこ?」

「う、うん」


 しかし逃げられなかった。

 ラスボスと幼馴染からは逃げられない、か。

 うまくいったものだ、ほんとに。


 でもな、和葉。

 ラスボスってのは確かに逃げられないけど。

 倒すことはできるんだぜ。


 勇気あるものが、立ち向かえばいつかは。


 ……だから、なんとしてもお前の呪縛から解き放たれてやる。


 まずはそのために何をするべきか。

 それは、


「みーくん、今日もし女の子と話したらその子の家に私、行くから」

「は、話すわけないだろ。お、俺は和葉としか話す気はない」

「うん、だよね」

「……」


 何も思いつかない。

 怖い……。


 とにかく今は従ったふりをしながら耐えよう。


 ああ、俺はまだ駆け出しの冒険者にもなれていないや……。

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