第10話 だんだん追い込まれていく
もし明日、初音さゆりという一人の女子高生の身に何かあったら間違いなく、犯人は和葉だ。
と、同時に。
その責任は、俺にある。
俺が初音さんと仲良くなろうとしなければ。
いや、そもそも逃げてこんなところにこなければ。
彼女は何も不安を抱えることなく無事に平和な人生を送っていただろうに。
俺のせいだ。
頼むから、明日何も起こらないでくれ。
和葉、怒らないでくれ。
「みーくん、出たよ?」
風呂からあがった和葉はさっぱりした様子で、目の中の濁りもさほどなく、機嫌よさそうにベッドに座る俺のそばに寄ってくる。
「どうしたの? 今日、お友達と遊んだんでしょ?」
「う、うん」
「楽しくなかったの? それとも、もっと遊びたかったの?」
「た、楽しくは、なかった。あんまり、いい気分じゃなかった、かな」
「そっか。相手は土屋君? 他にもいたの?」
「つ、土屋だけ、だよ。うん、カラオケ行って、それだけだ」
そこに初音さんがいたのは本当に不可抗力だけど。
でも、言えない。
言ったら明日、彼女の首が飛ぶ。
それに今ここで俺の首が胴体と離れ離れになる可能性だってある。
「ふーん、ずいぶんと土屋君と仲良しなんだ。入学式の時に知り合ったから?」
「ま、まあ。最初に仲良くなったのが、あいつだから」
「じゃあ初音さんも?」
「か、彼女は別に……ただ土屋の連れってだけ、だよ」
「そ」
どこか納得したように和葉は頷いて、そのあと俺の肩にもたれかかる。
「ね、明日はどーしても和葉と一緒に帰りたい?」
「も、もちろんだ。俺、今日も和葉がいなくて寂しかった、から」
「ふーん、じゃあ明日はやっぱりみーくんと一緒にいようかな。初音さんはまた次の機会で」
「……ほんと?」
「え、いやなの?」
「そ、そんなわけないじゃんか。う、嬉しい」
「えへへ、よかった」
なぜか、明日の予定が変わった。
いつも和葉は気まぐれだ。
でも、今回ばかりはその気まぐれに助けられた。
初音さんの危機も。
俺の罪悪感も。
とりあえず明日は俺だけが我慢すればそれで済むんだ。
「和葉、今日はもう寝よう。友達と遊ぶのって気を遣うから疲れる」
「そだね。みーくんは和葉といないと疲れるんだね」
「そ、そうだよ。だからもう寝よう」
「でも、今は和葉といるから疲れないよね? だったらゲームしよ? 和葉、もっとみーくんとお話したい。今日、会えてなかった分の埋め合わせしないと」
「い、いや、それは明日」
「明日は明日だよ? それとも、和葉といるのにしんどいの?」
「い、いえ……」
ただ、何事もうまくいくほどうまい話はこの世にはない。
結局和葉とのゲーム大会が始まる。
長い夜の開幕だ。
こんなことなら学校でもっと寝ておけばよかったと、後悔した。
もしかして和葉の呪縛から解かれるのではないかと期待して、興奮がおさまらずにいたあの頃の自分に言いたい。
そんなことはあり得ないから寝ておけと。
「ねえみーくん、今日は強くてニューゲームっていうのでやってみようかな」
「あ、ああ。それだとサクサク進むから楽ちんだな」
「でも最初からなんだよね? じゃあ、クリアするまでひたすらやらないとね」
「……うん」
こうなると和葉は止まらない。
ゲームが奇跡的に早くクリアされるか、和葉が眠くなるかのどちらかまでこの地獄は続く。
さて、今日はどちらなのか。
まあ、どっちでもいいから寝たい。
「ふんふんふん」
「な、なんか上機嫌だな」
「だって、みーくんとこうしていられるのってすごく楽しいもん。毎日一緒なんて、夢みたい。それもこれも、みーくんが私と二人で暮らしたいからって、思い切って県外に出てくれたおかげだね」
「そ、そうだな。勇気だしてよかったよ……」
「うん。今日もいっぱいゲームしようね」
「……」
どうやら和葉の脳内ではすでに俺が県外へ逃亡した動機が、和葉と一緒に暮らすためだったと書き換えられている。
まあ、ずっと責められるよりはいいのかもしれないけど。
こんなことなら逃げない方がマシだった。
実家の方がマシだった……。
「ねえみーくん、そういえば明日はもし私が初音さんとご飯行ったらその間どうするつもりだったの?」
「え、別に考えてなかった、けど」
「ふーん。土屋君と遊ぶつもりだった?」
「い、いや。別にあいつと約束は」
「へえ、二人で会うことはないんだ? 土屋君と」
「え?」
「あー、このボス前は難しかったのに今回は楽ちんだったよー。えへへ、やっぱり最初から強いといいね」
「……」
ゲームに勤しむ和葉は、しかしさっき恐ろしい質問をしてきたような気がする。
土屋と二人で会うことはない。
なぜ、そんなことを口走ったのか。
今日はあいつと二人で会ったことになっているのに。
まさか、あの場に初音さんがいたことを和葉は知っている?
いや、ありえない。
今日、和葉は友達とファミレスで……いや、それがどうして本当だと言える?
もし、ファミレスに行ったのが嘘で、こっそり俺のあとをつけていたとしたら。
だとしたら、俺が嘘をついていることを和葉は知っていて、敢えて泳がせてるってこと、なのか?
「……」
「どうしたのみーくん、お腹痛いの?」
「い、いや。なんでもないよ」
「ならよかった。カラオケでドリンクバー飲みすぎたのかと思っちゃった」
「い、一時間しかいなかったし別に何も飲んでない、かな」
「ふーん、お話に夢中だったの?」
「は、話? いや、歌ってたから、そんなに話は」
「へー。ま、そうだよね。カラオケは歌を歌うとこだもんね」
ニコニコしながら、和葉の意味深な発言は続く。
これはカマをかけているだけなのか、それともわかっててこういう言い方をしてるのか。
プレッシャーで胃に穴が開きそうだ。
しかし、自らこの重圧に負けてゲロってもダメだ。
和葉が単純に疑心暗鬼でこういう探りを入れてきてるだけかもだし。
耐えろ、耐えるんだ。
「あ、見て見て。このワープを使ったらすぐにラスボスまで飛べるみたい」
「へ、へえ。なら早く終わりそうだな」
「早く終わりたいの?」
「そ、そうじゃない、けど」
「けど?」
「……和葉と、早く一緒の布団で寝たいなあって」
時計を見るととっくに日を跨いでいた。
眠い。
そして、あまりいい状況でもない。
だから心にもないことを言う。
「そんなに和葉と一緒に寝たい?」
「う、うん。和葉を抱きしめてると、すごく落ち着くからさ」
「今、抱きついてくれていいよ?」
「げ、ゲームの邪魔したら、悪いじゃん。それに、布団の中で向かい合っての方が、いいかな」
「うん。じゃあサクッとこのボス倒して終わりにするね」
「ああ」
ほっと胸を撫で下ろす。
よかった、今日はどうやらもうすぐ寝れるようだ。
寝て、今日の話題は忘れてもらおう。
そして明日はなんとか和葉を初音さんに近づけさせないように頑張って。
機運が高まるのを待つのみだ。
急いては事をし損じるというが、まさにそう。
焦らずじっくり、体制を整えるところからだ。
「……あ、倒せたよ! やっぱり強い状態からだと楽ちんだったね」
「お、よかったじゃん。それじゃ今日は」
「うん、寝よ」
エンディングを見るでもなく、パチンとゲームの電源を切る和葉を見て、ようやく今日という日が無事終わることを実感する。
長い一日だった。
もう、いい夢を見れることだけ考えよう。
「じゃあ、電気消すよ」
「うん。ぎゅっとしてね」
「ああ、おやすみ和葉」
「おやすみ、みーくん」
キスをして。
布団に潜り込んで俺たちは向かい合って目を閉じる。
精神的な疲労からか、すぐに眠気が襲ってくる。
ぼんやりと、頭が働かなくなったところで和葉が何かを言っていた。
でも、何を言ってたのかまでは聞き取れず。
そのまま微睡の中に落ちていった。
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