第26話 なぜかそこにいる

「みーくん、ご飯できたよー」


 あれから三日が経った。


 軟禁、というかもはや今回のは監禁に近い状況である。


 部屋から出るには和葉の許可が必要で、それもトイレと風呂の時だけ。

 囚人のような生活である。

 囚人との違いは手錠がかけられていないこととご飯がたくさん、しかも手作りのおいしいものがリクエスト通り届けられること。


 あと、彼女がそばにいることだ。


「えへへ、なんかいっぱいしちゃったからそろそろ赤ちゃんできるかなあ」


 お腹をさすりながら微笑む和葉。

 その存在だけがこの監獄の中のオアシスである。


「和葉、学校は……」

「みーくんは今日も体調不良ですって伝えておいたの。大丈夫だよ、ゆかちゃんが先生にうまく言ってくれてるみたいだから」

「……あの、買い物とか」

「和葉が行ってくるから大丈夫だよ。あと、最近はお野菜とかも配達してくれたりするから便利だよね」

「ええと、たまには外の空気を」

「窓開けたら涼しいよ? えへへ、これからパソコン触る? それとも和葉を触る?」

「……」


 もう、何を言っても話を聞いてくれなかった。


 そして、パソコンを触ろうとすると「和葉を触ってくれないと、めっだよ?」と言われて、そのままベッドになだれ込む。


 爛れた生活が続く。


 そんな生活が一週間ほど続いたある日、和葉は俺に提案をしてきた。


「みーくん、どうしても学校行きたい?」

「う、うん、まあ……さすがに高校くらいは、卒業しておきたい、かな」

「それじゃ、条件付きでなら言ってもいいよー?」

「え、条件って?」

「みーくんがね、絶対に絶対に女の子と目を合わせたらダメなの。あとね、男の子ともね、絶対にしゃべったらダメなの。もし破ったらね、いっぱいいっぱいめっってするの」

「……あの、それはさすがに」

「無理なの? じゃあダメー」

「も、もうすこし緩和してもらえない、かな? 別に誰かと仲良くなんてしない、から」

「うーん、でもねー、和葉がダメなの。みーくんが和葉以外の人と話してたらね、もうその人を殺したくなっちゃうんだ。だからね、ダメなの。みーくんはね、私だけのものなの」


 えへへ、と和葉は笑う。


 そして、「ちょっとお買い物行ってくるから部屋にいてね」と。


 和葉が出て行ったところで俺は絶望する。


 どうしてこうなった。


 和葉は、最近落ち着いていたはずなのに。

 和葉を抱いてから、また様子がおかしくなった。


 ……いや、もしかして。

 俺が和葉に気を許すまで、あいつは我慢していただけなのか?


 だ、だとしたら俺はなんてミスを犯してしまったんだ。


 もう、和葉とやってしまった事実は消せない。

 それに、こうなってから別れようなんて言えば、それこそ今まで以上に和葉は俺を本気で殺しにくるに違いない……。


「に、逃げよう」


 和葉が買い物に行った今しか、もうチャンスはない。


 俺は、荷物もそのままに部屋を飛び出した。


 逃げるといってもいったいどこにって話だけど、いったん有り金全部もって、できるだけ遠くに……いや、それもそれでいつか捕まって今より酷い状況になるだけだ。


 誰か、誰か俺をかくまってくれる人はいないのか。


 家を出て、しばらく和葉に見つからないようにスーパーと反対側に向かいながらあてもなくさまよう。


 そして、しばらく離れたところで一度、足が疲れて座り込む。


 不安と絶望が、俺を包む。


「いったい、どうなるんだろ……」


 そんなことをつぶやいて、路上で泣きそうになっているところに人影が見える。


「……悠木君?」

「は、初音さん?」


 初音さんだ。

 四人でご飯を食べたあの日以来、会うこともなかった初音さん。 

 ていうかここ一週間は学校に行けてないので、誰かとこうして会うのは本当に久々だ。


「どうしたのこんなとこで。最近学校も来てなかったみたいだし」

「……初音さん、俺、ちょっと色々あって」

「なんか大変そうだね。えと、よかったら私、相談に乗ろっか?」

「え? い、いや、嬉しいけどそれだと初音さんにも迷惑が」

「大丈夫だよ。よかったらうち、そこだから寄っていって」


 初音さんのやさしさに、俺は涙が出そうだった。

 で、そのまま彼女についていく。


 このまま、彼女にかくまってもらうのは無理だとしても。

 初音さんの親にでも相談して、あとでこっそり駅にでも送ってもらおう。


 そして和葉から離れる。

 逃げる。

 一度実家に帰る選択肢もあるが、うちの親と和葉は通通だ。


 だからやっぱり逃げるしかない。

 あてがなくても、この先が真っ暗でも、逃げるしかない。

 そうしないと俺は、一生あの狭い部屋の中で過ごすことになる。


「ここだよ。さっ、あがって」


 住宅街のなんでもない一軒家。

 その中に案内されると、「ただいまー」と初音さんが奥に声をかける。


「あら、さゆり。お友達?」

「う、うん。同級生の悠木君」


 奥から現れたのは初音さんによく似た、美人なお母さん。

 なんか、こうして他人と会うたびに心が安らぐ。


「お母さん、ちょっと悠木君と話があるからリビング借りるね」

「ええ、いいけど。さゆり、お友達が待ってるわよ?」

「友達?」


 一体誰だろうと、初音さんはリビングへ。

 俺も玄関で立ち呆けるわけにもいかずついていくと。


「あ、遅かったねみーくん」

「……な、なん、で」


 和葉が、そこにいた。


 広いリビングのソファにちょこんと座って、こっちを見ている。


「あはは、それをいうならどうしてみーくんがここにいるのかなあ? あ、それは初音さんに聞いた方がいいのかな?」

「わ、私は、た、ただ彼が困ってるようだったから」

「だから人の幼馴染を連れ込むの? 悪い子なんだ、初音さんって。あはは、明日は学校行こうかなあ。初音さんといっぱい話したいこと、できちゃった」

「い、いや……」


 恐怖で、その場にしゃがみこむ初音さん。

 そして、同じく和葉がそこにいる衝撃で動けなくなった俺に、そっと和葉は近づいてくる。


「ね、幼馴染からは逃げられないって、言ったよね?」


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る