第25話 また、その笑顔に戻る

「……あ、おはよう和葉」

「おはようみーくん。ぐっすり寝てたね」

「う、うん」


 朝。

 目が覚めると和葉は服を着て朝食の支度を整えていた。

 でも、和葉を見ると昨日のことを思い出してしまい、朝から俺の体は熱を帯びる。


「みーくんどうしたの? もしかして和葉を見てエッチなこと考えてる?」

「え、いや、まあ……」

「えへへ、嬉しいなあ。和葉、みーくんにそういう目で見られるとすっごく興奮するの。ね、みーくん、エッチなことしよ?」

「い、いや、もう学校の時間が」

「嫌なの? 和葉とは一回きりなの? ねえ、どうなの?」

「い、いや……」


 時計を見ると、家を出るまでに二十分くらい時間がある。

 でも、今から始めたらさすがに遅刻……


「みーくん、やなの?」

「そ、そうじゃない、けど」

「けど? みーくんはどうしてやなの? 和葉と一回したらもう満足なの?」

「……和葉、いいの?」

「うん。きて」


 体に胸を押し当てられて、俺は昨日の快感が頭を駆け巡り、衝動が抑えられなくなる。


 制服姿の和葉をそのまま、ベッドに押し倒すとそこからは夢中だった。


 盛りのついた獣。

 

 そんな表現が正しいくらいに、俺は和葉を求めた。


「ん……みーくん、いいよ、そのまま」

「和葉……い、いくよ」

「うん」


 もう、理性を取り戻す方法は俺自身がすっきりすることだけだった。


 そしてようやく我に返った時、すでに時計の針は一周していた。

 

 完全な遅刻だった。


 ただ、それも仕方ないかと思うくらい、すっきりしてしまっていた。



「すみませんでした」


 まず、遅刻したところを正門で待つ先生に見つかって職員室に連れていかれた。

 そして謝罪。

 まあ、今回はそれで済むというのだから優しいもので。


「あまりひどいと親に言うぞ」


 と、脅されたところでお開きとなった。


「みーくん、怒られちゃったね」

「うん、今度からはやっぱり控えないと」

「そうなの? 和葉としても気持ちよくないの?」

「そ、そういうわけじゃないよ……でも」

「和葉はみーくんとしてると、ずっとそうしていたいって思うよ? ね、今からもう一回しない?」

「さ、さすがにそれはまずいって。授業行かないと」

「授業? どうして? 誰か教室で会いたい女の子でもいるの? 初音さん? それじゃ初音さんを呼んで彼女の前でいっぱいする?」

「な、何言ってるんだよ和葉。俺は」

「みーくんが和葉以外の子と一緒の空気吸うの、ヤダ。もう、このままずっと二人がいいの。みーくんは、和葉がみーくん以外の男子と同じ空間で過ごしてて平気? やだよね? 絶対やだよね?」


 目が、濁った。

 ここ最近見ていなかった和葉の、濁った目がこっちを見る。


 そして、


「みーくん、もしかして和葉が怒らないと思った? みーくんが浮気したら和葉、みーくんと一緒に死ぬから」

「な、なんでそんな話になるんだよ……俺はただ授業に」

「今日くらいいいよね? みーくんは今日の授業と和葉、どっちが大切? 和葉を抱いても冷静でいられるのって、和葉に興味がない証拠だよね?」

「ち、ちが」

「違わない。もし授業いくなら和葉、昨日みーくんと何したかをクラスのみんなにいっぱいお話するの。先生にもお話するの。それで一緒にみーくんと学校辞めるの。どうするみーくん?」

「……帰るよ。うん、帰ろう」


 もう、こうなった和葉は誰にも止められない。

 久しく見ていなかったいつもの和葉に戻ったことで、俺は押し切られる形で和葉と一緒にこの日、学校を休むこととなった。



「えへへ、みーくん見て見て、新しいエプロン届いたんだよ」


 家に戻ると和葉の機嫌は一変した。

 それもいつものことと言えばそうなんだけど、俺はあの濁った和葉の目を再び見てしまったことで、昨日までの浮かれた気分がすっかり冷めていた。


「う、うんいいんじゃないかな」

「あれ、なんか元気ないよみーくん? もしかしてそんなに学校行きたかったの?」

「そ、そんなわけ、ないだろ。ええと、昼間から家にいると落ち着かないなって」

「だね。でも、これからはずーっとお昼も一緒になれるかなあ」

「ど、どうだろうな。でも、学校は行かないと」

「学校? なんで行くの?」

「い、いやそれは……卒業して、ちゃんと就職しないと生きてなんて」

「いけるよ? さっきね、ママに相談したの。みーくんの子供ができたらー、ママの会社にみーくんを入れてくれないかなって。もちろんオッケーだったよ。知ってるよね、化粧品販売の会社してるの。でね、テレワークでいいんだって。ずっとみーくんと和葉が一緒にいるには一番の方法だよって。それなら問題ないよね。みーくんもお仕事できて、和葉と離れることもなくて、それでいて家から出る必要もないなんて最高だね」


 和葉は笑う。

 そして、俺が顔を引きつらせていると玄関のチャイムが鳴る。


「はーい」


 元気よく和葉が玄関を開けると、大きな段ボールを持った宅配のお兄さんがいた。


「あ、それ電子機器なんでゆっくりおいてくださーい」


 すぐに玄関先に運び込まれた段ボールを見て、俺は一体何が入ってるのかと。

 のぞき込むとくるりと振り返った和葉が、「テレワーク用のパソコンだよ」と。


「え、も、もう届いたの?」

「うん、善は急げだよ。これからテレワークの準備進めないと」

「い、いや待ってよ和葉。学校で勉強くらいはさすがにしないとパソコンだって」

「和葉と一緒におうちで勉強しよ? あとね、大検っていうの取れば高校は卒業したことになるし、大学は和葉の子育てが落ち着いた時に一緒に通ったらいいじゃん。ね、いいよね。いいよね? いいよねえ?」


 和葉は、久しぶりに暴力的になった。

 壁をドンと叩いて、そのあと玄関を強く蹴る。


 そして俺の方を見ると、以前のどろっとした目つきの和葉がそこにいた。


 和葉は、笑った。


「もうね、みーくんは一生ここで和葉と暮らすんだ」

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