第27話 そして指を切られる

「ふんふんふーん」


 家に強制的に連れ戻された夜。

 和葉は不思議と上機嫌だった。


 鼻歌交じりに夕食を作っていて、俺はずっとそんな彼女の様子を真横で見せられている。


「みーくん、今日はあっつあつのビーフシチューだよ。あはは、楽しみにしててね」

「か、和葉、あのさ」

「みーくん、私ね、決めたんだ。みーくんは学校に行ってもいいよ」

「……え?」

「でもね、こうやって、つないじゃえばいいんだって、わかったの」


 意外な一言にあっけにとられていると、カシャンと音を立てて、手に何かが取り付けられた。


「て、手錠?」

「うん、これをしてたらね、和葉とずっと離れられないよね? みーくん、すぐどっか行っちゃうから、こうしておかないと」

「こ、これじゃ学校には」

「行けるよ? 席も隣だし、別に問題ないよね?」

「で、でもトイレは」

「職員用のを使えばいいよ? あそこ、男女共用だから」

「……だ、だけど」

「みーくんがいけないんだよ? 和葉との約束を破るから、和葉が不安になってこんなことまでしなきゃならなくなるんだよ? あの時和葉が初音さんのおうちにいなかったら、どうしてたのかな? 初音さんと一緒にどこかに逃げたのかな? それとも彼女の部屋に泊まって、浮気してたのかな?」

「そ、そんなつもりじゃ……」

「じゃあどんなつもりだったのかな? 和葉、今でもすっごく傷ついてるの。みーくんが和葉にいっぱいエッチなことして、用が済んだら逃げたのかなっておもったらショックなの。ねえ、なんで?」

「……ご、ごめん」

「謝るってことはみーくんが悪かったって認めるってこと?」

「……そ、それは、まあ、逃げたから」

「ふーん。それじゃ二度と逃げないって、和葉に誓える?」

「……う、うん」


 震える声で、しかしそう返事するしかなかった。

 手錠でつながれた上に、和葉の右手にはナイフが。

 そして台所にはなぜか、包丁が何本もおかれている。

 あんなに包丁なかっただろ。

 絶対俺を刺すために買い足したんだとわかると、もう頭の中が真っ白になった。


「えへへ、それじゃ和葉と指切りだね」

「あ、ああ」

「今度破ったら指飛ばすから」

「う、うん……」

「あはは、針千本っていうけど、その針でみーくんの瞼を祭り縫いしちゃおうかなあ」

「い、いや、それは」

「冗談じゃないよ? みーくん、もう次はないからね」


 壁に、ナイフを力強く投げる。 

 そして見事に刺さったナイフが振動しているのを見て、「あはは、人に刺さったらどうなるんだろうね」と。


 和葉は笑う。

 ただ楽しそうに、笑う。


 俺はその場に崩れ落ちた。

 

 もう、逃げることは無理なんだと、悟った。



「じゃあ、出かけてくるから」


 みーくんを手錠でベッドにつないで、和葉はお出かけ。


 今日は、ゆかちゃんの恋のお手伝い。


 それに、みーくんが早く和葉に帰ってきてほしいって、心からそう思ってもらえるためのステップ。


 えへへ、みーくんったらまだ気づいてないみたいだけど。


 その手錠の長さだと、トイレいけないんだあ。


「ふふっ」


 そんな笑いが漏れながら待ち合わせ場所のファミレスに。

 

 先に席に座って待っていたゆかちゃんは、今日も変わらず嬉しそうにこっちに手を振ってくれる。


「和葉ちゃん、機嫌よさそうね」

「うん、ちょうどみーくんを繋いできたの」

「そう、それはよかった。で、話っていうのはね、今から幼馴染に告白しようと思ってる件なんだけど」

「え、すごーい。ついに告白しちゃうんだあ」

「そうなの。初音さんはあれ以来すっかり人間不信になったみたいでね。だから私の彼にもちょっかい出さなくなったし」

「よかったねえ。でも初音さん、みーくんにはまだちょっかい出してきたんだよ? だからこの後、初音さんにもめってしに行くの」

「あら、それは楽しそう。今度感想聞かせてくれる?」

「うん。和葉興味があるんだあ。どれくらい心が傷ついたら人って壊れるのかなあって。初音さんみたいな人、和葉大っ嫌いなの」

「私もよ。でも、男の子ってああいうのが好きなのよね。不思議ね」

「ねー。それでゆかちゃんの幼馴染君は今どこにいるの?」

「あー、部屋にいるわよ。私の部屋」

「えー、もうそういう仲なんだ」

「違うわよ、部屋にいてもらってるだけ」

「ふーん。そういえば、学校って来てる? 和葉、見たことあるのかなあ」

「ああ、高校には一度も行ってないから面識ないと思うわよ。彼、この春休みからずっと、部屋にいるから」

「そうなんだあ。いいなー」

「でも、ずっと私の気持ちに気づいてくれなかったのよ。おかしいなって思ってたんだけど、昨日ようやく彼の方から付き合わないかって。でね、私もすぐに返事したかったんだけどじらしちゃった」

「ゆかちゃんってすっごく乙女だね。和葉もみーくんを焦らさないとだ」

「あら、今頃和葉ちゃんが帰ってこないって、焦れ焦れしてるんじゃないの?」

「そうかなあ。そうなっててほしいなあ。みーくんが漏らしてたら、和葉がちゃあんと掃除してあげるのになあ」

「ね。私も、彼のおむつの世話とかが随分慣れたわ。そういう献身的なところがようやく彼に伝わったのかも」

「えへへ、愛だねー」

「そうよ、愛よ」


 ゆかちゃんの彼、ずっとゆかちゃんの部屋にいたんだ。

 いいなあ。

 みーくんもやっぱり、ずっと部屋にいてほしいなあ。


 もう、このまま何日か放置して、和葉なしでは生きていけないってこと、わかってもらいたいなあ。


 なんかこういうのって純愛だよねえ。

 みーくんも、一途に和葉だけ見てほしいなあ。


 だって。


「もう、逃げ場はどこにもないんだから」


 

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