第28話 そして繋がれる
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「……か、和葉はまだ、かな」
手錠でベッドに繋がれて、和葉が出て行ってから数時間が経過した。
そして、尿意と共に今の状況がやばいことに気づいた。
手錠のせいで、部屋から出られない。
どころか、冷蔵庫にも手が届かず、テレビのリモコンも届かない位置に置かれていた。
あるのはスマホだけ。
そして、コンセントも届かない。
この充電が切れたらもう、何もなくなる。
まるで俺が動ける半径を計算しつくされたように、俺の手の届く範囲には何もない。
すぐ目の前にお菓子の袋があって、テレビがあって、冷蔵庫があって。
なのにどれも届かない。
目の前にぶら下がったニンジンが食べられないようなもどかしさと、こみ上げてくる尿意によって俺は焦りからか、大粒の汗をかく。
「……このまま和葉が戻ってこなかったら、どうしよう」
部屋で漏らして、それの掃除もできない。
糞尿にまみれたまま、ここで放置されてしまう。
そんな近い未来を想像すると、恐怖で今度は体が震える。
そして、もう我慢が限界に近づいていた。
「和葉……お願いだよ、和葉、戻ってきてくれ……」
こんなに和葉のことを切望したのは初めてだ。
頼むからいなくなってくれと願っていた俺が、今や和葉の帰りを必死になって神に祈っている。
もう、和葉がいないと……。
「ただいまー」
そんな時、声がした。
俺にとって、待ち遠しくて、待ち焦がれた声だ。
「和葉!」
「みーくん、いい子してたあ? あれ、顔色悪いけどもしかして具合悪い?」
「あ、あの、トイレに行きたくて」
「あーそうなんだあ。じゃあ、今手錠外すから待っててね」
そう言って、なぜか和葉は俺の手錠がついていない左手にも、手錠をはめる。
「え?」
「あはは、こっちは和葉とつながる方だよ。でね、そっちのは外してあげるー」
そして、右手の手錠は解錠される。
「え、ええと、和葉、あの」
「うん、トイレだよね。和葉と一緒に行こ?」
「う、うん」
なんで、という疑問より今は漏らさないために我慢で必死だった。
なのでそのまま和葉と一緒にトイレへ。
恥ずかしいけどなりふり構っていられず、ズボンを脱いで便座に座ると。
和葉は俺の隣でじーっとその様子を見てくる。
「あ、あの……見られるとちょっと、しにくいんだけど」
「和葉は気にしないよ? 早くして?」
「……うん」
どんな辱めだよと、顔を反らしながらそろそろと用を足す。
そして終わった後すぐにズボンをあげようとすると、俺の手を掴んで和葉はそのまま俺を外に引っ張り出した。
「い、痛いって。どうしたんだよ和葉」
「みーくんの見てたら、興奮してきたの。えへへ、みーくん、ここでしよ?」
「い、いやまだ手も洗ってない、し」
「みーくんがたとえ泥にまみれてても和葉は平気だよ? どんなみーくんでも好きだよ?」
「か、和葉、や、やめ」
「やめない。みーくんは和葉が帰ってくるの、待っててくれたんだよね? ねえ、和葉もみーくんがいるから早く帰りたかったよ? みーくんは和葉が帰ってこなかった方がよかった?」
そう言ってから、和葉とつながった手錠を和葉が外して、その片方を風呂場の扉の取っ手につなぐ。
「な、なにするんだよ」
「和葉、また出て行っちゃおうかな。ね、和葉がみーくんから逃げたら、何日くらいもつかな? 携帯、ベッドの上だよね? ここだと、ちょうど玄関にもトイレにも行けないよね? あはは、お風呂はギリギリ入れるかな? でも、何日くらい和葉が逃げたらみーくんは死んじゃうのかなあ」
そういって、俺と距離をとる。
和葉はそのまま玄関に向かい、靴を履き始める。
「ま、待ってくれ! お、俺を餓死させるつもりか?」
「えー、だってみーくん悪い子だもん。すぐ和葉から逃げようとするんだもん。和葉、そんなみーくんにはお仕置きしないとだもん。ちょっと、旅行にでも行ってこようかなあ」
「う、うそ、だよな」
何度も手錠を引っ張ってみてもびくともしない。
体をのけぞっても背伸びしても、やっぱり玄関先に立つ和葉には手が届かない。
このまま和葉がいなくなったら、死ぬ。
その絶望感は、今まで凶器を向けられて味わったそれの比じゃなく。
俺は泣いて、頭を下げた。
「和葉……もう、どこにも行かないでくれ……俺もどこにも、行かないから」
心からにじみ出た声だった。
本音も本音、理由なんてどうでもよくて、とにかく和葉がどこかに行ってしまうのが嫌だった。
「……みーくん、もう絶対どこにも行かない?」
「う、うん……だから、置いていかないで……」
「……うん、行かないよ? みーくんが大好きだから、和葉、ずっとここにいるよ? みーくんと一緒だよ?」
「か、和葉……」
なぜか。
和葉のそんな言葉が嬉しかった。
和葉が靴を脱いで戻ってくる姿が愛おしかった。
もう、和葉から逃げようとか、和葉がどっかに行ってくれたらなんて思わない。
ずっとここにいてほしいと。
震えながら和葉をぎゅっと抱きしめていた。
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