第18話 そして指示を仰ぐ
「みーくん、ちょっとだけお出かけしてくるんだけど、いいかな?」
夜。
急に和葉がそんなことを言い出した。
「え、いいけどどうしたんだ?」
「それがね、ゆかちゃんが近くに来てるってことで、ちょっとだけ会えないかって。みーくんはもちろん来ちゃだめだよ?」
「そ、そうか。なら、行ってきたら? 俺、家で待ってるから」
「うん、ごめんね。すぐ帰ってくるからね」
「あ、ああ」
どうも和葉にとってゆかちゃんは大のお気に入りらしい。
いや、最も警戒しているのが彼女なのかもしれない。
だけど、今はどっちだっていい。
とにかく一人の時間が持てる、それだけが嬉しいのだから。
「じゃあ、行ってくるね」
「うん、気を付けて」
玄関先で和葉を見送る。
そして扉が閉まると、静まり返った部屋で一人、すさまじい解放感に襲われる。
「まじか……なんか知らんけど自由だ。ど、どうしよう、テレビでも見ようかな」
ただ、急に降ってわいた暇で何をしたらいいかわからない。
とりあえず部屋に戻るとテレビをつけてみる。
すると野球中継がやっていた。
「なんか、こうして一人でテレビ見るのって退屈だな」
慣れていないだけかもしれないが、隣に和葉がいないのはいささか寂しくもある。
逃げてきた日は、絶望からの解放に心躍っていたが、今日の和葉は少し優しくて、そんな彼女が急にいなくなって寂しいと思ってしまっている。
でも、そんなことで和葉に堕ちるわけにはいかない。
寂しいのは最初だけだ。
慣れたらきっと、この自由な空間のとりこになるはず。
「うん、寝よう」
ほら、こうして寝たい時に寝れるんだから、やっぱり自由は最高だ。
寝たいのに寝かせてくれない、出たいのに外出させてくれない彼女なんて、やっぱりおかしい。
今は英気を養って、そのうち来るだろう和葉との激戦に備えるしかない。
次、和葉の様子が豹変したらその時は……。
♥
「で、うまくやれた?」
「うん、みーくんとすっごく仲良く過ごせてるの。ゆかちゃんのアドバイスのおかげだね」
家から少し歩いたところにあるファミレスで。
先日知り合ったゆかちゃんとジュースを飲んでいる。
「圧政はいつか国を滅ぼすものよ。今まで和葉ちゃんが締め付けてきた分、優しくしてあげたら彼氏さんはコロッと行くに決まってるもの」
「えへへ、なんかね、初音さんのことで脅したときは青い顔してたけど、そのあと優しくしてあげたらだんだんみーくんの顔が穏やかになっていったんだあ」
「初音さんみたいな泥棒猫を絶望させるのは、痛みや恐怖だけじゃないわ。泳がせておいて彼氏さんのことを彼女が好きになったところで、目の前でラブラブなあなたたちを見せつけてやる。その時の苦痛にゆがむ顔なんて、腕をライターで焼いた時の非じゃないはずよ」
「へえー、ゆかちゃんってなんでも知ってるね。すごいね、もっといっぱい教えて」
数人でお出かけしたあの日、初めてお友達になったのがゆかちゃん。
そして、クラスのかわいい子たちの住所とか控えておいた方がいいよってアドバイスをくれたのも彼女。
和葉が考えてることにいっぱい共感してくれて、なんならもっとこうした方がいいって教えてくれる。
ちなみにこの前の合コンの話も嘘。
彼氏の前でああいう話をした時、どういう反応なのかを見た方がいいってゆかちゃんが提案してくれて、わざわざああいう話をしてもらっただけ。
結果として、みーくんが行きたくなさそうな顔してくれててよかった。
逆だったら……なーちゃんで太ももくらいはいってたかな?
「実際、寝るなって言った後で寝ていいよってやさしくしただけで、彼氏の反応は違ったでしょ?」
「うん。なんかね、寝る時もいつもよりすっごくいっぱい優しくしてくれたの」
「飴と鞭も使い方ってやつよ。普段なら水をぶっかけられたら怒るけど、それが砂漠の中に放り出されてる時だったらどうかって話。泣いて喜んで、水をかけてくれた人に感謝するでしょ」
「うん、そうだね。えへへ、ゆかちゃんって頭いいんだ」
「聞けば彼氏さん、一度脱走してるんでしょ? ダメよ、逃げたいと思わせるのは私たちのような病んでる女からしたらゼロ点。むしろ逃げろって言っても向こうがそこに居座るくらいにならなきゃ」
「うん、頑張るの。ねえ、ゆかちゃんはすっごく物知りだけど、そういう人、いるの?」
「ええ、幼馴染の子をね、私も好きなの。でも、偉そうなこと言ってるけど私、まだその彼と付き合えてないのよ」
「えー、ゆかちゃんかわいいのに?」
「なんでも、あの初音さんのことが気になってるみたいでね。でも、あの子はあなたの彼氏さんにちょっと惚れてるみたいだから。人の幼馴染を惚れさせておいて、他所の子の幼馴染を狙うあの女狐には絶望を味わってもらいたいの。だからあなたたちがうまくいって、ラブラブになってほしいってわけ」
「うんうん、そういうことなんだね。私も、あの初音さんは心底嫌いだから頑張るの」
「ええ、よろしくね。で、あの女を葬ってから、今度は私が幼馴染とうまくいくために応援してくれる?」
「もちろん。みーくんにはビシバシ、飴と鞭を使うの」
「ふふっ、頼もしい。これからも仲良くしましょうね、和葉ちゃん」
「うん、こちらこそよろしくね、ゆかちゃん」
あの日から毎日ラインでアドバイスをもらってその通りにしてたら、みーくんは泳がせても逃げなくなったし昔より優しくなった。
だからゆかちゃんのアドバイスは本物だって、和葉は確信した。
逃げようとするってことは、和葉といたい気持ちよりいたくない気持ちが勝っちゃった証拠だって。
だから、どうあっても和葉と離れたくないってみーくんに思わせることが、まずやるべきことで。
そうなってから、初音さんの目の前であんなことやこんなこと……えへへ、考えたらにやけちゃう。
「和葉ね、帰ったらみーくんにいっぱい飴と鞭してあげるね」
「それじゃ和葉ちゃん、もうそろそろ行く?」
「うん。みーくんが寂しがってるかもだし。和葉も、そろそろ寂しいの」
「そ。でも和葉ちゃんはいいわね。幼馴染の彼と、付き合えてるんだから」
「ゆかちゃんだって絶対大丈夫だよ。最後には絶対付き合えるから」
「そう言ってもらえると嬉しいわ。もちろん逃がす気はないけど」
「逃がす? あはは、違うよゆかちゃん」
どれだけ逃げたって。
幼馴染っていうのはずうっと、赤い糸で結ばれてるの。
どこに行っても、その糸を手繰り寄せたら絶対そこに彼がいるの。
「幼馴染からはね、絶対に逃げられないんだよ?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます