第20話 真綿で絞められるよう

「みーくん、朝だよー」


 あっという間に週末は終わっていた。


 和葉と明け方までキスをしていたせいか、起こされた時に唇がひりひりする。

 

「あ、おはよう和葉」

「えへへ、昨日はいっぱいしちゃったね」

「そう、だね」

「今日もいっぱいしようね。和葉、早くママになりたいなあ」


 和葉は、おなかのあたりをさすりながら微笑む。

 ただ、和葉の方法では決して母になることは叶わないと俺は知っている。


 知っているが、言わない。

 和葉がそれを知れば、多分毎夜俺は和葉を抱いて、抱かされて、抱かれて、しまいにはパパになる。


 それは嫌だ。

 ちゃんと高校を卒業したいし、ちゃんとした人と付き合いたいし、ていうか諸々ちゃんとしたい。


 別に若くして子供を授かることを全否定しないけど、俺はそうなりたくないってだけ。

 和葉とは違うのだ。


「和葉、学校行こっか」

「うん」


 ただ、いまだに和葉から逃れる方法は思いついていない。

 週末は優しい和葉の言動に惑わされて逃げる機会をふいにしてしまったが、あの時脱走していたところで待っていたのは捕獲された後の惨劇だっただろう。


 だから確実に逃げられるという計画が立てられるまで、まずは和葉が暴走しないようにだけ心がける。


 あと、子供ほしいモードになってしまった和葉に、余計な知恵を与えないようにも気を配らないと。

 友達との接触は極力させたくない。

 皆、女子高生ともなればエッチな会話もしたがるだろうし、それを聞いた和葉が覚醒したら終わりだ。


 ……ゆかちゃんって子は、特に要注意だな。


「あ、ゆかちゃんだ」


 学校に向かう途中、そのゆかちゃんが前を歩くのを和葉が見つける。


「あ、和葉ちゃん。おはよう」


 こっちを振り返るゆかちゃんとやらは、前に見た時にも思ったけどかなりの美人だ。

 ただ、なんだろう、どこか知ったような空気をまとっている。

 和葉と似た、重くじっとりした空気。

 いや、俺の考えすぎだろうか。


「おはよーゆかちゃん。えへへ、みーくんだよ」

「いいわね、素敵。和葉ちゃん、昨日はいっぱいした?」

「うん。たくさん、朝までだよー」

「そ。いいわね、私も早くそうしたいものね」


 女子の会話にあまり割り込めず、俺は横で聞いているだけだが、内容はなんとなく伝わってくる。


 つまり、やったかどうかって話。

 で、和葉はしっかり俺と子作りしたと思い込んでいる。

 ……和葉の変化はやっぱりゆかちゃんが原因か?


「じゃあ和葉ちゃん、お相手さんと末永くね」

「うん、ゆかちゃんも頑張ってね」


 優雅に先を行くゆかちゃんに手を振る和葉は、彼女が遠くなるとくるっと振り返って俺を見る。


「ゆかちゃん、かわいいよね」

「え、いや、まあ、どうかな」

「えへへ、和葉の方がかわいい?」

「そ、それはもちろんだよ。和葉以外、別に」

「よかった。ね、でもゆかちゃんってね、今まで見てきた女の子とは全然違うの。なんかね、和葉のこと全部肯定してくれるんだ」

「へ、へえ」

「だから仲良くできそうなの。もあるし」

「そ、それはよかったな。仲良く、したらいいと思うよ」

「うん。みーくんのおかげだね、ありがと」


 共通の趣味とはいったいなんなのか。

 そもそも和葉の趣味ってなんだろう。

 ゲームは、まあ趣味と言えなくもないけど一人では決してやらないそうだし、それは趣味と言い難い気もする。

 彼氏をいじめることが趣味、というのも多分正解だが本人にそんな自覚はないように思えるし。


 うーん、気にはなるけど。

 でも、やっぱりあの子と和葉をあまり近づけないほうがよさそうだ。


 ゆかちゃんが和葉を完全究極体に育てかねない。

 俺は、和葉が友人を作って皆のまともな思考に触れることで少しでもメンヘラが和らいでくれたらなんて思っていたが大間違いだったようだ。


 むしろ類は友を呼び。

 そして友を得たメンヘラは強くなる。


 和葉が外部と接触することは俺にとってあまり望ましいことではないようだ。

 そうなれば、あまり気乗りしないが俺が和葉を引き付けるしかない。

 遠ざけたい相手を懐に招くなんて、いったいどういうわけかと思うが今は考えても

仕方あるまい。


「和葉、お昼は二人で中庭行こうよ」

「うん、いいよ」

「あと、放課後はどこか買い物いこう。俺、週末家にいたからお菓子とか買いたい」

「いいよー。みーくんはそんなに和葉と一緒にいたいんだあ」

「あ、当たり前だろ。和葉と一緒じゃなきゃ、嫌だよ」

「えへへ、嬉しいなあ。なんか、願った通りになってるなあ」

「ね、願った?」

「みーくんとずっと一緒って。みーくんの方から和葉とずっと一緒にいようとしてくれるなんて、もう夢がかなったみたいだなあ」

「そ、それはよかったよ」

「やっと和葉の想いが通じたのかなあ。えへへ、和葉のことずっと好きでいてね」

「……うん」


 和葉をゆかちゃんと接触させまいと思っての発言が、ここまで飛躍してしまったのは想定外というほどではない。

 ただ、自分で自分の首をまた絞めているような感覚にはなる。


 そして矛盾を抱える。


 和葉を遠ざけたら友人との接触機会を与えてしまい、ただ暴力的な和葉から知恵をつけた周到ヤンデレになってしまう可能性がある。

 でも、和葉を外部と接触させまいと俺が気を引けば、和葉はこうして俺への愛情を深めていき、ますます逃げる隙がなくなる。


 どっちに転んでも俺にいいことなんてない。


 そして、どう転んでも和葉にとっていい方向にしか行かない。


 果たしてこれは偶然なんだろうか。

 和葉が優しくなったタイミングも、どこか偶然な気がしてならない。


 ……俺は何か選択を間違えたのだろうか。


 隣で笑う和葉を見ながら、制服の内側に冷汗がつつっと流れた。

 


 


 

 

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