第22話 そして知ってしまう

「し、失礼します!」


 初音さんが慌てて席を立って走り去っていくと、ゆかちゃんは少し不服そうな顔をしていた。


「なんだ、つまんない。もっと二人のイチャイチャを見ていけばいいのに」


 そう言って、ゆかちゃんも席を立つ。


「和葉ちゃん、これでうるさいハエが飛び回ることもなくなったと思うわよ。よかったね」

「うん、ありがとねゆかちゃん。ご飯食べていかないの?」

「お二人の邪魔しちゃ悪いし。私、これから彼に会いに行ってくる。じゃあね」


 そのままゆかちゃんも出て行って。


 和葉と二人っきりになった。


「……なんだったんだ、いったい」

「あのねみーくん、初音さんはみーくんのことが好きだったんだって」

「え、そ、そう、なの?」

「ね、困るよねそんなの。みーくんはこんなに和葉のことが大好きなのに、勝手に好きになられたら困っちゃうよね。だからね、みーくんは和葉のことが大好きだよって教えてあげたの。和葉とみーくんは一生一緒だから好きになられても迷惑なんだよって、ちゃんと教えてあげたの? ね、和葉優しい? 優しいよね?」


 どうして初音さんが俺のことを好きになったかについては今考えることではないし、和葉が誰かを敵視するのは今に始まった話じゃないけど。


 あのゆかちゃんって子は一体何がしたかったのだろうか。

 初音さんを、ただ苦しめたかっただけ、なのだろうか。


 ……なんにせよ、あの子は危険だ。

 あまり和葉と近づけさせない方がいいのかもしれない。


「なあ和葉、ゆかちゃんとはもう、会うな。あんまり、さっきみたいなのは好きじゃない」

「……それって、みーくんが和葉ともっと一緒にいたいからってこと?」

「ま、まあそうだな。和葉が友達にとられるのは寂しいんだ」

「えへへ、嬉しいなあ。ね、パフェ食べたら早く帰ろ? 和葉ね、今日もいっぱいみーくんとちゅっちゅしたいの」

「あ、ああ。そうしよう」

「わーい。みーくん大好き」


 俺は、この時に少しばかりあきらめの気持ちを抱え始めていた。

 

 逃げることにも失敗したし、和葉に友人を作るという逃げ道を模索したことだって結局マイナスにしか作用しなかった。


 もう、この状況を回避する方法なんてないのではないかと。

 いわゆる詰みなんじゃないかと。


 思うほどに絶望が俺の心を包んでいく。

 もうすぐ日が暮れるけど、外と同じように俺の気持ちもだんだんと真っ暗に沈んでいく。


 和葉からは。

 

 もう、逃げられない……。



「みーくん、ゲームしよー」

「あ、ああ」


 夜、いつものようにゲーム大会が始まった。


 でも、和葉が起動したのはRPGではなくアクションゲームだ。

 横スクロールの王道系だが、こういうゲームを和葉がやっているところを俺は初めて見る。


「へえ、買ったのか?」

「うん、最近はね、新しいことに挑戦中なの。みーくんと新しいこと、したいから」

「そ、そっか。どうしたんだよ急に」

「だってね、みーくんの子供ができたらしばらくは自由に動けないかもしれないから。今のうちにたくさん、みーくんと新しいことやっておきたいの」


 ニコニコと笑う和葉は、おなかのあたりをなでながら「早く赤ちゃんできないかなあ」と。


 もちろん、それはありえないのだけど。

 でも、穏やかに笑う和葉を見ると、いずれ本当にそんな未来がやってくるんじゃないかと不安になる。

 

 それも近い未来に。

 そう思うと、もうどうすればいいのかがわからなくなる。


 いっそのこと、和葉を押し倒して楽になるか。

 ただ、それは一時の快楽に身を任せて破滅へと突き進んでいくだけだ。


 でも、だったらどうすればいいのか。


 このままだらだらと和葉と過ごしていても、いずれ呑み込まれる。


「……」

「どうしたのみーくん?」

「い、いや。今日はもう、寝たいかなって」

「それじゃ、今日もいっぱいちゅうする?」

「う、うん。もちろんだよ」

「えへへ、みーくんも早く子供ほしいんだ。えへへ、和葉頑張るね」


 電気を消して一緒に布団へ入る。

 

 そして和葉と唇を重ね、ずっと抱き合ってはキスをしての繰り返しを何時間も。


 そうしていると、勝手に手が和葉の胸や下半身にのびそうになる。

 段々と、自分の理性が限界を迎えようとしている。


 ただ、我慢だ。

 いくら和葉が可愛くても、既成事実を作ってしまったらもうおしまいだ。

 それに子供ができたなんて、和葉の思うつぼでしかない。


 我慢だ。

 とりあえず今晩を乗り切って、明日また……。


「みーくん」


 飛びそうな理性をなんとか保とうと必死になっていると、和葉がキスをやめて耳元で俺を呼ぶ。


「な、なんだ?」

「みーくん、苦しそうだね。楽になってもいいんだよ?」

「な、なんの話だ?」

「えへへ、和葉知ってるの。みーくんのここ、和葉に挿れると気持ちいいって」


 ぬるっとした手つきで、固くなった俺の下半身をそっと撫でる。

 

「え……いや、それは」

「えへへ、みーくんのカチカチ。ね、してもいいんだよ? みーくんがしたいなら、いいんだよ?」


 俺の下半身を触る手つきが、だんだんといやらしくなってくる。

 そして、俺の理性もだんだんと限界に近づいてくる。

 

 もう、勝手に腰が動き出しそうだ。

 勝手に素っ裸になって、和葉に馬乗りしてしまいそうだ。


「……和葉、それは」

「しないの? みーくんがしたいなら、いっぱいしていいんだよ?」

「……き、今日は……し、しない」


 このまま何かが出てしまいそうなほどに興奮しているが、俺はそれでも踏ん張った。

 長年耐え続けてきた忍耐力の成果だろうか。

 もう、とっくに限界を超えてもおかしくないこの状況で、なんとかとどまった俺はそれでも興奮のあまり血が上ったのか、頭がくらくらし始める。


「……今日は、ちょっと眠いかも」

「そっか。みーくん、初音さんに言い寄られてて疲れたんだね。うん、今日は和葉の胸の中でねむねむしていいよ」

「うん……おやすみ、和葉」


 そのままぼんやりと意識が飛んでいく。

 和葉の体温と柔らかい体は、俺を気持ちよく夢の中へいざなってくれる。


 そして、和葉が何かを言った気がしたけど。


 もう、関係なく俺は眠りに落ちて行った。




「いつまで耐えられるかなあ、みーくん」

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