第16話 そして言い訳が通る

「んー、いっぱい食べたから元気いっぱいだねみーくん」


 ゲームをつけながら、和葉ははしゃいでいる。

 俺はそんな和葉の背中を見ながら、ここから始まる長い週末を憂う。


「みーくん、おなかすいたら言ってね? 和葉、夜食つくるから」

「う、うん。でもお腹いっぱいだよ、今は」

「あとね、今日はいっぱい時間あるから二つくらいゲームクリアしようと思うんだけど、どう思う?」

「い、いいんじゃないか? 時間は、確かにあるし」

「えへへ、それじゃ見ててね。みーくんもゲーム見るの好きだもんね」

「あ、ああ」


 そして長い旅が始まる。

 今回のRPGは王道なやつのシリーズ第四弾。


 魔王に幼馴染や家族を殺されて旅に出る主人公の悲壮感がBGMでも伝わってくる悲しい始まりだが、このゲームのエンディングだって一体何回見たことか。


 飽きないのかな。

 まあ、こういうゲームをする人って何回も同じものをやるみたいだし。


 それに俺と毎日ずっと一緒でも飽きるどころかエスカレートしていく和葉のことだから、好きなものはとことんやりつくすって感じなんだろう。


「見て、ここで先にレベル上げておいたらあとが楽なの。しばらくこの辺り周回するから」

「う、うん」


 城の周りをぐるぐると回りだして、ずっと戦闘をしている。

 その様子を俺はずっと見つめる。


 ただ、見ているだけ。

 そして一時間、二時間と経過しても和葉はずっと、そこでレベルを上げている。


 まるで修行だ。

 シナリオも進まず、真新しい敵も街も景色も出てこないのに、どうして和葉は楽しそうにゲームをしていられるのだろう。


 俺が飽きっぽいのか。

 和葉が辛抱強いのか。


 ただ、この終わりの見えない無限ループは俺のこれまでとよく似ている気がする。


 毎日毎日、隣にいる子も歩く道も帰る場所も変わらず、そして変えようとしてもそれを許してもらえず。


 現実世界で起こる無限ループ地獄に耐えかねて、俺は新しい街に来たというのに。

 またそこでループだ。

 まるでゲームの世界だ。


「ふう。みーくん、そろそろ次の街に行こうかな」

「あ、ああ。もう、十分だろ。金もいっぱいたまったし」

「だね。でも、装備を買うのは次の街で。もっと強い武器があるはずだからね」


 RPGの定石として、次の街に行けばより強い武器や防具が売っていて、大体はそれを買うために前に装備してたものを売って金にして買い替えるという作業がある。


 ただ、俺の場合は次の街にやってきても新しい装備なんて売ってなかった。

 ゲームのようにループする日常なのに、ゲームみたいに都合いいことが起きない日常。

 はっきりいって理不尽だ。

 俺は和葉のプレイするゲームを見ながら、そんなことを思ってうなだれる。


「……」

「どうしたのみーくん? もしかして眠いの?」

「い、いや、大丈夫だよ」

「だよね。さっきいっぱい寝てたもんね」

「そ、そうだな。ええと、これってクリアするまでにあと何時間くらいかかるんだ?」

「んー、十時間くらい。一瞬だね」

「……ああ」


 今はちょうど日付をまたいだところ。

 つまり、朝の十時くらいまではこのままということ、か。


 いかん、考えたら頭がおかしくなる。

 今までも似たような状況はあったが、それでも朝になったら一度家に帰ってくれて、つかの間の休息が与えられていた。


 ああ、どうして一人暮らしなんか始めたんだ。

 実家に帰りたい……。


「みーくんみーくん、あのね、ここを抜けたらボス戦だよ」

「そ、そうか」

「でね、ボスを倒したら新しい仲間が加わるよ」

「へ、へえ」

「そのあとね、伝説の装備を探しに行くの」

「ほー」


 もう、相槌がだんだん雑になっていく。

 でも、無言はダメ。

 無視したと言いがかりをつけられて、殺されそうになるから。

 ちなみにその伝説の装備を探しにいく主人公には、みおりという名前が付けられている。


「ね、亡くなった幼馴染の復讐のためにここまで頑張るみおり君って絶対一途だよねえ」

「そ、そうだな」

「みーくんも、私が魔王に殺されたら復讐の旅に出てくれる?」

「そ、そりゃもちろんだよ」


 いや、おそらくは魔王様に土下座して感謝するだろうけど。


「えへへ、よかった。じゃあ出発。今日はなんかいつもより楽しいなあ。ふんふんふーん」


 ただ、この世に魔王はいない。

 いるのは目の前で鼻歌を歌いながらニコニコとゲームをする幼馴染だけ。

 むしろこいつが魔王である。

 だから復讐もへったくれもない。

 魔王に殺されるのはむしろ俺だ。


「みーくんみーくん」


 この後も、休むことなく和葉はしゃべり続けた。

 そして俺は眠気と戦いながら、なんとか相槌を繰り返して。


 そうこうしていると、外が明るくなってきた。

 ただ、ゲームは終盤にさしかかったもののまだ終わらない。


「……」

「みーくん、寝てる?」

「い、いや起きてるよ。ええと、もうすぐクリアだな」

「でも、まだ一本目だよ? これ終わったら次のやつやらないとだし」

「そ、それは少し休んでからの方がいいんじゃ、ないか?」

「休む? どういうことー? 和葉と一緒にいたら疲れるの?」

「そ、そうじゃなくって」

「んー?」


 ゲームの手を止めてのぞき込むように和葉は俺の方を見る。

 見開かれた目は、少し濁っている。

 そしてポケットから何かを取り出そうとごそごそしている。


「ち、違うんだ、目に良くないから」

「目?」

「そ、そうだよ。ゲームのしすぎは目を悪くするっていうだろ? 適度に休ませないとさ、目が悪くなるかなあって」

「みーくん、和葉のおめめを気遣ってくれてたの?」

「そ、そりゃあそうだよ。和葉の体が、大事だから」


 苦し紛れの言い訳だったが、和葉の動きが止まった。

 そして、


「嬉しい……みーくんが和葉のことを心配してくれてるなんて、嬉しい」


 大きな目から涙がこぼれる。


「ね、みーくん。ちゅうして?」

「う、うん」

「ん……んん、ん」


 甘えるように、和葉は俺の唇を貪る。

 そしてゲームのフィールドで流れるBGMと、くちゅくちゅと湿ったキスの音だけが部屋に響く。


「……みーくん、ちゅう上手になった」

「そ、そりゃ毎日してたら」

「気持ちいい。ね、やっぱり予定変更して、ベッドでいちゃいちゃしてもいい?」

「う、うん」

「えへへ、嬉しい。じゃあゲームはセーブして消すね」


 どうやら、俺が和葉の目を気遣ったことがよかったらしい。

 早々に教会でお祈りをして、和葉はゲームの電源を落とすと俺の方へ寄ってきて、一緒に布団に入る。


「もう明るいね。起きたらお昼かな」

「ど、どうだろ。でも、休みだからゆっくりしようよ」

「うん。おめめ、いっぱい休ませないとだね」

「そう、だな」

「みーくん、ちゅっ」

「うん」


 窓から差し込む日差しをよけるように布団にもぐって、和葉とキスをする。

 少し甘い香りと、柔らかい唇の感触が俺の眠気を誘う。


「……」

「ん、んん、ん」


 もう、俺は意識が飛びかけていたがお構いなしに和葉は俺にキスをする。

 もちろん、起きようと頑張るのだけど、ゲームが終わった安心感と布団の気持ちよさもあってそのまま俺は意識を失っていく。


 起きた時にはどうなるのか。

 それは誰にも分らないけど。

 こうやって、和葉の攻略法がまた一つ見つかっただけでも今日という日は有意義だったはず。


 そんなことをぼんやり考えながら、夢の中へ落ちて行った。

 

 

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