第15話 そして禁止される

 どういうわけか、突然軟禁された。


 監禁でないだけマシだと思うことにするには、まだ突然のことすぎて気持ちが整理できていない。


「えへへ、とりあえずお肉焼いちゃおう。あと、夜食にはピザでも作ろうかなあ。コーラと合うもんねえ」


 キッチンで料理を始める和葉の背中を見つめながら、俺は状況を整理する。

 どうして週末は眠ることと外出を禁止されたのか。


 まあ、理由はどう考えても相手が和葉だからという一言で終わるんだけど。


「みーくん、今のうちにお風呂入ってていいよ? 和葉、今日の夜のためにいっぱいいっぱいごはん作ってるから」

「う、うん。でも、和葉は寝なくても平気、なのか?」

「みーくんと一緒だから、興奮して眠気なんてどこかいっちゃうの」

「……」


 確かに和葉はあまり寝ない。

 でも、さすがに徹夜すればその影響で翌日は眠そうにしてたりするし、和葉だって不死身じゃない。


 どこかでほころびは出るはず。

 最悪軟禁はいいとして、不眠だけは避けたい。


 眠たいのに寝れないあの状況は、マジで発狂しそうになる。

 

「おいしくなあれ、おいしくなあれ」


 俺の不安など知ったこっちゃないって様子で料理を続ける和葉から逃げるように、とりあえず風呂場へ。


 お湯が溜まりきる前に浴槽に浸かる。

 そして目をつぶる。


 風呂で寝るなんて、危ないからあまりやりたくないけど。

 でも、これからのことを考えると少しだけでも仮眠をとっておかねば。


 だんだんと体がお湯に浸かっていくのを感じながら、そのあたたかさもあって気持ちよくなってくる。


 ああ、こうして一人で目を閉じている時が最高だ。

 もう少しで眠れそう。

 頼む、風呂場にだけは来ないでくれ……。


 湯気が立ち込めて、やがて頭もぼーっとしてくる。

 のぼせないようにぬるめに設定したお湯が心地よい。

 

 そのまま俺はまどろみに落ち……。


「みーくん」


 落ちることは叶わず。

 和葉が脱衣所から声をかけてきた。


「え、ああどうした?」

「あのね、和葉うっかりしてて塩を切らせちゃったみたいなの。そこのコンビニまで買いに行ってくるから」

「う、うん。わかった」

「じゃあ、のぼせないようにしてね」


 そのまま和葉の影は消える。

 ……え、まじで?

 これは僥倖、またとないチャンスだ。


 和葉の方が俺から離れてくれるなんて、こんなの奇跡だ。


「……だったら、悠長に風呂なんか入っていられないな」


 急いで風呂から飛び出して。

 体を拭いてそのまま部屋に行き、ベッドへ。


 ちょっとだけ、ほんのちょっとだけの仮眠だ。

 今から一切寝れない地獄の週末が待ってるのだから、今くらいいいだろうと。

 布団までかけて眠ると熟睡してしまいそうなのでそのまま目を閉じて。


 大丈夫、俺は和葉が帰ってきた気配で起きれるはずだ。


 自分を信じて、今は安らかに眠れ……。



「……はっ」


 目が覚めたら、部屋の明かりはついたまま。

 慌てて飛び起きて辺りを見渡すが、部屋には誰もいない。

 

「和葉……まだ帰ってない、のか?」


 スマホの時計を見ると、風呂から出て二十分くらい経っていた。

 コンビニで調味料を買うだけだというなら少し遅いけど。


 いや、そんなことより和葉が帰ってくる前に睡眠をとることができてよかった。

 ほっと胸をなでおろしながらベッドから降りる。


 そして顔を洗おうと部屋をでると、


「あ、おはようみーくん」

「わっ……か、和葉、帰ってたのか」


 和葉がキッチンでリンゴの皮をむいでいた。


「うん、なんかぐっすり寝てたね。もう少し寝ててもよかったんだよ?」

「い、いや。目が覚めた、から」

「そっか。寝起きにりんご、さっぱりするよ。あーん?」

「あ、あーん」


 りんごを一切れ口に放り込まれ、眼が冴える。

 甘くみずみずしい味と、そのあとで笑う和葉の笑顔によって夢から覚める。


 和葉のやつ、怒っていないのか?

 

「ね、もうすぐごはんできるから一緒に食べようね。お肉たくさん焼いたから」

「う、うん」

「えへへ、今日はなんか気分がいいなあ。和葉、みーくんが素直だからすっごく嬉しいの」

「す、素直?」

「うん。だって、今日からずっと和葉と寝ないでこの部屋で語り明かすために、わざわざ仮眠とってくれてたんだよね?」

「あ……い、いや、それは」

「和葉のしたいこと、みーくんがぜんぶ付き合ってくれるから幸せなの。えへへー、今日も明日も、ずっと寝たらめっ、だよー」


 笑顔のまま、和葉はフライパンを火にかける。

 そしてその上に肉を置くと、じゅっといい音がして、おいしそうな匂いが充満する。


「部屋で待っててね」


 そう言われて、俺は部屋に戻る。

 そして、ベッドに腰かけてうなだれる。


 知らず知らずのうちに、和葉の思い通りに事が運んでいる事実に気づいて、絶望する。


 さっき和葉がわざわざ出て行った間に、どうして俺は逃げなかった?

 もちろん、逃げたところで結果は同じかもしれないが、逃げるという選択肢は確かにそこにあったはず。

 でも、俺は寝ることしか考えてなかった。


 施錠もされていない、和葉もいない部屋で俺は仮眠をとるのに必死だった。

 和葉は俺がきっとそういう行動をとると確信して、泳がせていたんだ。


 ……すべては大魔王の掌の中、か。


「みーくん、ご飯できたよー」


 嬉しそうに食事を運んでくる和葉は、あどけない表情で「食べたらゲームだね」と。


 無垢な、屈託ないまぶしい笑顔だ。 

 でも、この笑顔の裏側で一体どれだけのことを考えているのだろうか。


 そう思うと、胃が痛くなる。

 ただ、今日はいつにも増してボリュームたっぷりな焼肉だ。


「……いただきます」


 塩コショウで味付けされた肉は、うまかった。

 ごはんがよくすすむ。

 空腹がすぐに満たされていく。


 でも、食べながらずっと吐き気がしていた。

 食べたいのに、食べたくない。

 そんな矛盾が俺の体を蝕みながらも、必死にそれを呑み込んで。


 やがて食事が終わった頃には、不思議と吐き気はおさまっていた。

 

 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る