第4話 そして逃げられないと悟る

 バラ色の高校生活。

 そんなものを期待した日が、俺にもあった。


 でも、もう華は枯れた。

 バラの花は真っ黒に。

 枯れ果てた。


「みーくん、ゲームしない?」


 俺の部屋で、当たり前のようにシャワーを浴びて髪を拭きながらゲームを準備する幼馴染。


 彼女から逃れるために俺は、わざわざ県外に飛び出して一人暮らしを始めたというのに。


 何もかも。


 初日で終わった。


 夢の一人暮らしも。

 メンヘラな幼馴染がいない自由な日々も。

 友人たちと過ごすはずだった時間も。


 瞬殺された。


「……うん」

「あれ、どうしたの? もしかして疲れてる?」

「あ、ああ」

「嘘」

「え?」

「出かけてる時と、全然違う」


 出かけてる時とは。

 多分さっき俺が土屋たちと遊んでいた時のことだろう。


 和葉は、俺をストーカーしていることを隠したりはしない。

 問いただしたところで「見られて問題あることしてるの?」と逆ギレされる。

 だから惜しげもなく。

 俺がさっきどんな感じで楽しんでいたかをベラベラと喋る。


「まだまだ元気だよーって、さっき言ってたよね? 時間が許すならもっと遊びたいって、そんなことも言ってたよね? ねえ、どうして和葉といると嫌な顔するのかな? お嫁さんだよね和葉は? ねえ、ねえ」


 お嫁さん。

 自分のことをそう話す彼女だが、俺は別に彼女と許婚になった覚えはない。

 強いて言えば幼稚園の頃。

 彼女に「和葉をみーくんのお嫁さんにしてくれる?」と聞かれて、「もちろん」と答えたことが一度だけあったけど。


 そんな物の分別もついていない幼少期の発言にどれだけの効力があるというのだと言いたいのだが。

 和葉曰く、口約束は立派な契約とのことだ。

 彼女の中ではもう、婚姻契約は済んでいる、らしい。


「ねえ、きいてる?」

「……ああ、きいてるよ。ごめん、俺が悪い」


 機嫌を損ねたらどうなるのかは、彼女と過ごした日々で頭にも身体にも刻み込まれているので、基本的に俺は謝ることを躊躇わない。


 何が悪かったとか、どうやって改善するとかそういう具体的な話は逸らしつつ、しかしちゃんと謝って、非を認める。

 これが彼女を怒らせない秘訣。

 のはずだったが。


「ねえ、何が悪かったの? みーくん、いつも謝るけど反省してないよね? してたらこんなところにいないよね? ねえ」


 ここ最近、通用しなくなってきた。

 彼女も日々成長している。

 メンヘラも日々進化するのだ。


 だから以前にも増して扱いにくくなったというか。

 手に負えなくなったので俺は逃げたわけで。


 一応、何かの間違いであっさり許してくれないかと期待したがダメ。

 むしろ火をつけた。



「ねえ、何が悪いか和葉が納得いく説明してくれるまで、今日は寝ちゃダメだから」


 眠ることを禁じられた。

 ちなみに以前は食べることを禁じられて三日ほど断食したこともある。


 人間の三大欲求を封じられるのだからもうお手上げだ。


 ちなみに寝たらどうなるか。

 それはここでは言えない。


「ねえ、早く説明して?」

「……和葉に黙って勝手にこんなところに来てはしゃいでてすみませんでした」


 早々に土下座。

 もう踏んでくださいと言わんばかりに頭を地面に擦り付けて彼女の方へ差し出すと。

 

 踏まれた。


「がっ」

「みーくんがちゃんと反省してるなら許してあげなくもないけど。でも、今日はどっちみち眠れないから」

「ど、どうして?」

「だって」


 頭を踏まれたあと、そっと足を退けられて顔を起こすと。

 彼女は上着を脱ぎながら艶かしい表情を浮かべて。

 俺を見て笑う。


「昨日話してない分を今から埋めなきゃ、だもんね」



「……」

「でね、明日発売の新しいゲーム買っちゃったんだ。届いたら一緒にやろうね。あとねあとね」

「……」

「みーくん? まさか寝て」

「はっ!? ね、寝てない寝てない! ははっ、うんうんそれで?」


 和葉とゲームを始めて数時間。

 とっくに日も跨いでいるのに彼女はずっと俺の横で喋り続けている。

 ずっと、休むことなく。

 俺はそれを聞き続ける。

 睡魔との闘い。


 寝たら死ぬ。

 いや、雪山のように眠りにつきながら死ぬこともできない。

 苦痛に顔を歪めながら、それでもなお死なせてさえもらえず、死ぬより苦しい思いをするかもしれない。

 

 でも、もう限界だ。

 チラリと時計を見ると朝の四時過ぎ。

 今から寝ても、もう二時間くらいしか寝れないじゃないか……。


「ねえねえ、ラスボスきたよ」

「あ、ああ」

「これクリアしたら今日はおねんねかなあ。いーっぱいお話ができたから」

「そ、そうしよう。明日も早いし」


 ちなみに彼女がやっているのはRPGゲーム。

 アクションゲームやパズルゲーム、格闘ゲームなんかも苦手という彼女は、いつも俺の部屋に来てはロープレばかりやっていた。

 まあそれは勝手にどうぞなんだけど、彼女は俺がそれを横で見ていないと怒るのだ。


 怒る、なんて表現はちょっと可愛いか。

 

 発狂する、だな。


 少しでも席を外すと「誰と電話?」って言いながら机を蹴る。

 話を聞いてないと「誰のこと考えてたの?」とか言って髪をわしゃわしゃした後、窓ガラスをぶち割る。

 もうそろそろやめないかなんて言った日には「この後誰がくるの?」と呟いた後、「一緒に死ぬ」と言い出して懐からナイフがシャキンと。


 彼女がゲームを始めたら最後、満足するまでこの場を動けないのである。

 逃げたら殺されるかもしれなくて。

 でも逃げなかったら死ぬほど辛い。

 だから悩んだ挙句、俺は逃げる選択をしたんだが。


「あー、このラスボスってつよーい」

「ま、まだレベルが足りないんじゃない、のか?」

「そうだね。これは明日かな」


 和葉が、ゲームのクリアを諦めかけた。

 もう一息、もう少しの我慢だと自分に言い聞かせながら、「そうだな、明日またやろう」とか、自分の首を絞めかねない発言をしてしまう。

 が、それでも今はただ、目の前の苦難を乗り切るのに必死ということだ。

 明日なんかどうなるか知ったことか。 

 頼むから今、寝させてほしい。


「んー、でもしばらくはかかるかなあ」

「え、なんで? 別にここで消したら」

「セーブ消えちゃうと怖いし」

「ど、どうにかならないのか?」


 見ていると、ラスボスからの攻撃はあまりダメージを食らっていないのだけど、代わりにこちらからの攻撃もあまり効いていない。


 見る限り最悪の状態。

 一番戦闘が長引くパターンである。


「……逃げて、明日やり直せばいいじゃん」


 極度の眠気とストレスによって俺の思考能力も低下していた。

 焦りと憔悴で、今すぐにでもゲームが終わることを望んだ俺は不覚にもそう呟いてしまう。


 すぐにまずいことを言ったと後悔したが、和葉はなぜか嬉しそうに笑った。

 

「あはは、何言ってるのー。無理だって」

 

 無理無理。

 絶対に無理。

 なんどもそう呟きながら彼女は最後に。

 俺の意識が飛ぶ前に、にっこりと愛らしい笑顔を見せてはっきり俺に告げた。


「ラスボスと幼馴染からは逃げられないって、知ってた?」

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