第32話 戦帝

 フローゼンの協力を得た俺は一路、魔王城に向かって歩いていた。たった三人でというのは不安だったが、


「普通の人間では、ここに来るまでに野生生物に食べられて終わりです」


 というリッチの言葉で、引き返し応援を呼ぶのはあきらめた。確かに最初はあのジルベルト程度の冒険者でも勇者様候補とか言われてたくらいだ。あまりルングーザ王国の兵の強さには期待できないだろう。


「しかしたった三人で魔王に勝てるかなぁ……」


 俺は弱気につぶやく。


「今さら何を言っておりますの。そう思うのでしたら最初から歯向かわなければよかったではありませんか。もうやるしかありませんのよ。そうですわ、やってやりますわ……うふふふふ……」


 若干、狂気のこもった笑みを浮かべるフローゼン。だ、大丈夫かな? ちょっと追い込み過ぎたか……


「そう言えばコジマ様、マーナレードの実はお持ちですか? できれば少し頂きたいんですが……」


「マーナレード?」


 リッチに聞かれ、俺は記憶をほじくり返す。そう言えばギルドで買い取ってくれる物の中に魔力を回復するマーナレードの実ってのがあったな……アイテムボックスを見るとマーナレードの実は大量にあった。


「はい。レイブンイレブンを呼び出して魔力を使ってしまったので、余裕があるうちに回復しておけたらと」


「ああ、いいよ。それより、倒されちゃったレイブンたちは大丈夫なの?」


「ご心配はいりません。召喚獣はアストラル界から呼び寄せ私の魔力で実体化させたもので、倒されれてもアストラル界に戻るだけです。魔力さえあればまた呼び出すことが可能です」


「へぇ、そうなんだ」


 よくわからなかったが、大丈夫ならいいや。


「わたくしにもいただけますこと? 魔力が減っておりますの」


「もちろん」


 適当な岩に腰を下ろして、少し休憩をとることにした。


 俺はポロポロとマーナレードの実を取り出す。見た目は青りんごに似ていた。二人がシャリシャリ食べるのを見て、俺も暇なのでひとつかじってみる。食べれなくはないが、酸味と若干の苦みがあってあまりおいしくなかった。


「あんまり美味しくないね……」


「そうですか? 魔力が減ってるときに食べるとなかなか美味しく感じるんですよ」


 なるほど、夏場の塩分みたいなものか……。


「ところでリッチ、君の呼び出せる中で一番強い召喚獣ってどんなの?」


「強いとなると……戦帝バトレギオンですね」


 な、なにその強そうな名前! そんなのがいるなら早く使ってよ!


「そ、それって呼んでみてもらえる? 魔王城での戦いが始まる前に見ておきたいんだけど」


「承知しました、コジマ様」


 リッチは座っていた岩から立ち上がると、ポンポンとお尻の砂を払って集中を始めた。


「……血に紛れし原始の恐怖……破壊と殺戮を体現する者よ……我が呼びかけに応じ給え……」


「おおっ!」


 俺は思わず驚きの声を上げた。リッチの前に黒い柱が現れたかと思うと、みるみる高層ビルのような大きさまで膨張する。その後、黒い柱は映像を巻き戻したかのように収束し消滅したが、後には巨大な存在が残された。


「こ、これが戦帝なんちゃら……」


 俺は絶句した。20mはあろうかという巨体。それが分厚い黒い鉄板鎧に包まれている。肩にはその巨体よりもさらに大きなバトルアックスを担いでいた。あれが振り下ろされれば城だろうが一撃で破壊されてしまいそうだ。


 しかし異質なのはその体……目元の覆いがついたヘルメットを被っており、その顔は口元しか見えないが、中身はどうやら骸骨のようだった。目の覆いの奥には二つの青白い光が見える。これからその手で破壊する者たちへの同情なのだろうか、その存在の恐ろしさからは想像もできない哀愁に満ちた光に感じた。


「ふぅ……」


 リッチは脂汗を流しながら膝をついた。どうやらこれを呼ぶにはかなりの魔力を消費するらしい。


「す、すごいよ、リッチ!」


「ありがとうございます」


「こいつなら魔王とも戦えそうだ……」


 俺は興奮してしゃべった。こんな強そうな味方がいれば心強い。


「無理です」


 しかしリッチの言葉は俺に冷水を浴びせかけた。


「えっ? そ、そうか……でも魔王に辿り着くまでの雑魚なら簡単に……」


「無理です」


「……なんで?」


 俺はわけがわからずリッチに尋ねた。


「私の魔力では戦帝バトレギオンを呼び出すのが精一杯で、動かす事が出来ません」


「……」


 いや、確かに一番強い召喚獣を呼んでとは言ったけれども……


「えっと……他に戦闘で役に立ちそうなやつは?」


「私が操れる召喚獣は、どちらかというとサポート系が多いもので……」


「いや、でも……ほら! 前に魔グモとか呼んでたじゃん? あれはどう?」


「それなんですが……魔グモはあの時逃げたままアストラル界に帰っていないみたいで……もしかすると、この世界で伴侶を見つけて幸せに暮らしているのかもしれません」


「あ、そう……それは……良かったね。ははは……」


 俺の口からは乾いた笑いしか出てこなかった。リッチは再びマーナレードの実をかじり魔力を回復させる。そして俺たちはいよいよ魔王城に到着するのであった。

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