第6話 森での遭遇

 次の日、俺は町から出て川の流れる森へと向かった。ちなみに宿の看板娘に聞いたところ、この町はルングーザ王国の王都、テリブという町だそうだ。


 森に来たのはいくつか無限収納スキルの検証をしたいからだ。まずは血まみれの服。アイテムボックス内で血などの汚れと服に分けれないかと思ったが、これは無理だった。仕方がないので川で服を洗い、干しておく。天日乾燥では時間がかかりすぎるので、焚火を用意することにした。慣れない火つけ作業に四苦八苦しながらもどうにか火をつけることに成功した。


 服を洗うついでに川の水を収納し続けてみた。水はどこでも必要になるし、持っておいて損はないだろう。「無限」と名前はついているが、実際どのくらい入るのかも気になるところである。川の流れの中からゴボゴボと水が収納されているが、しばらく経ってもアイテムボックスが満杯になる気配はない。


 いったん水の収納を止め、アイテムボックス内を覗いてみたが、アイテム「水」が入っているだけだった。これって、取り出したときにいま収納した分が一気に噴き出すのだろうか。街中でそんなことしたら大惨事だが……


 俺はコップ一杯くらいの水を想像して水を取り出してみた。コップ一杯くらいの水が出た。アイテム欄には「水」がまだ残っている。 俺はバケツ一杯くらいの水を想像して水を取り出してみた。バケツ一杯くらいの水が出た。どうやら量を調整して取り出すことはできるようだ。


 今度は昨日町で買った、パンに焼いた狼の肉を挟んだ食べ物「ホットウルフ」で実験をしてみる。アイテムボックス内で半分になるイメージをしてみる。2つの半分になったホットウルフがアイテムボックス内に出現した。これは狼を二つに分けたときと同じだ。


 ホットウルフのひとつを今度は分解するイメージで二つに分けてみる。今度は「パン」と「焼き狼肉」に別れた。血まみれの服を血と服に分けることはできなかったが、手で分けられるようなものであれば分けることができるのだろうか。初日に木の枝が刺さった狼も「木の枝」と「狼」に分けて収納できたことから、ある程度はイメージすることによって融通が利くようだ。


 今度はホットウルフを取り出してみる。買ったとき同様、温かいままであった。なるほど、状態は維持されるのか……ん、待てよ? ある可能性に気づき、俺は冷や汗を垂らす。俺のアイテムボックスには短剣が一本入っている。これは俺に切りかかってきた盗賊のものだ。もしその時の勢いが維持されているのであれば、取り出すと同時に俺に短剣が刺さるかもしれない……


 俺は木の裏に隠れながら、恐る恐るアイテムボックスから短剣を取り出した。短剣はその場にポトリと落ちた……ふぅ、どうやら運動エネルギーは維持されないようだ。


 さて、あとは……アイテムボックス内で二つに分けてしまった狼に手を付ける時が来た。果たして生きているのだろうか……


 俺は狼を取り出してみた。狼は一瞬、俺を睨んだが、上半身だけではうまくバランスが取れず倒れた。狼は頭を持ち上げて不思議そうに自分の体を見つめると、少し唸り声をあげたが、すぐに力が抜けたかのようにその頭も地面に落ちた。目は虚空を見つめ、体がぴくぴくと痙攣している。


 なるほど、生きたままアイテムボックスに収納したら生きているし、窒息もしないらしい。俺は狼の上半身が完全に動きを止めるのを待ってから、狼の下半身も取り出してみる。取り出した瞬間、血と内臓を噴き出しながら倒れ、ぴくぴくと痙攣していた。うぅ、グロぃ……


 しかし上半身は先ほど死んだにもかかわらず、アイテムボックス内に入っていた下半身は取り出した瞬間に死んだようだ。まるでアイテムボックスに入っている間は時間が止まっているようだ。そう考えるとホットウルフが温かいままだったことにも説明がつく。とりあえず狼の死体はまた収納した。


 よし、またスキルに関して色々わかったぞ。俺が唯一使えるスキルだから、どうにか使いこなして生きていかないとな。服も乾いていたので収納しておく。火も付けるのが面倒なので収納して置けるならそうしたいが……焚火の火を収納してみた。アイテム欄に「火」が追加されたが、取り出すと一瞬で消えてしまった。燃やすものがないんだからそりゃ消えるか。今度は火のついた枝ごと収納してみる。今度は取り出しても火のついたままだった。これで次から火打石をガンガンやらなくても済むぞ。


 洗濯もスキルの検証も済んだし、あとは狼の死体を売って金を稼ぐか。そう思い焚火を収納していると、にわかに森が騒がしくなった。なんだ?


「ギャギャ!」


 森の奥から何かの叫び声が聞こえる。その声はだんだん大きくなっていた。なにか危ないものが近づいているのは間違いないようだ。これはマズい。さっさと逃げよう。そう思ったとき、森から白い何かが飛び出してきた。


「な、何者だ……!?」


 それは俺のセリフだ。森から飛び出してきたのは一人の美女。金髪碧眼に白い美しい鎧。絵に描いたような女騎士だ。険しい顔で俺のことを睨んでいた。


「早く逃げろ……」


 俺が返事をする前に女騎士はそれだけ言うと、前のめりに倒れた。


「え?」


 前からは気付かなかったが、倒れた女騎士の背中には矢が3本も刺さっている。険しい顔をしていたのは痛みに耐えていたのか……ど、どうしよう……


「ギャギャ!」


 何かの叫び声はすぐそこまで迫っていた。この女騎士を追いかけていたのか、俺の焚火の煙に集まってきたのかわからないが、とにかく逃げないと……だがこの美人を放っておくわけには……そうだ!


「収納!」


 俺は倒れた女騎士を収納した。アイテムボックス内では体が真っ二つになろうが生き続けることは確認済みだ。アイテムボックス内には「アストミア」という名前の女騎士が収納されている。そうか、アイテムボックスに入れることによって名前がわかるんだった。


 あとは逃げるだけ……と思った矢先、森から複数の影が飛び出してきた。緑色の肌をした人型の魔物――いわゆるゴブリンだ。やばい、回り込まれた……! 絶望する俺に追い打ちをかけるように、さらに森の奥から大きな影が姿を現す。


「ん? どうした、メス人間はどこへ行った?」


 2m以上ありそうな巨体。発達した犬歯が牙のように口から飛び出ている。雑に曲げた分厚い鉄板を

鎧として体に巻きつけていた。腰には黒い鞘に収まった禍々しい剣をさしている。明らかに大将格のゴブリンだった。後ろには何十匹もゴブリンを従えていた。弓を構えているゴブリンも何匹かいる。先ほどの女騎士を撃ったのはコイツらだろう。


「そこの人間。ちと尋ねるが、鎧姿のメス人間が通らなかったか?」


 デカゴブリンが流暢に尋ねてくる。ゴブリンと言えば野蛮なイメージがあったが、このゴブリンは洗練された武人のような雰囲気をまとっていた。


「正直に答えたら見逃してもらえるか?」


 俺は冷や汗でびっしょりになりながら聞いてみる。


「申し訳ないが、そういうわけにはいかないな」


 なんだ、じゃあ答えるだけ損じゃないか。どうせ見逃してもらえないなら、俺も覚悟を決めるしかない。


「じゃあ俺と一騎打ちをしろ。お前が勝ったら教えてやる」


 俺はデカゴブリンに提案した。それを聞いたデカゴブリンは面白そうに笑った。


「ほほう、この私を見ても怖気づかないとはな。いいだろう、勇敢な人間よ。私はジャバック。魔王軍最強の戦士だ」


 魔王軍? そんな危なそうなやつらがこの辺をうろついていたのか? しかも最強の戦士って……自称かもしれないが、見た目からしてまともに戦っても勝てる気がしない。俺は策を弄することにした。


「俺はコジマだ。魔王軍最強の戦士と言ったな。じゃあハンデをくれ。俺に先に一発殴らせろ。それでお前を倒せなかったら、後は俺を好きにしていい」


「ふはは、その細腕で殴る? 構わん、一発と言わず好きなだけ殴れ」


 ジャバックは腕を広げて余裕の表情で俺の攻撃を待っている。その余裕が命取りになるぜ! 俺は腕を突き出してジャバックに当てた。


「収納!」


 ジャバックの姿が一瞬で消えた。周りのゴブリンたちは何が起きたのかわからず呆けてた顔をしている。


「取り出し!」


 今度はジャバックを元の位置に出現させる。五つほどに輪切りに分割した姿で……


「なっ!?」


 ジャバックは一言だけ発したが、すぐに緑色の血をまき散らしながら絶命した。うまくいった!


「ギャギャギャッ!?」


 周りのゴブリンがパニックになって騒ぎ出す。今だ! 俺は脱兎のごとくその場から逃げ出した。火事場の何とかと言うやつか、俺はすさまじいスピードで森を抜ける。すると目の前に数人の冒険者が見えた。


 あの顔はジルベルトとアイザック……! 色っぽい女魔術師も見えた。あれがバイパーズか。


「お前ら逃げろ! ゴブリンが森にいるぞ!」


「は?」


 忠告してやる義理はなかったが、危険を知らせてやる。俺はそのまま走り抜けた。バイパーズの面々はわけがわからぬと言った感じで俺を見送っている。これはラッキー。ゴブリンが追いかけてきても、あいつらが囮になってくれるだろう。ちゃんと忠告はしたからな!




 俺はどうにか無事、町に辿り着いた。しかしこの女騎士はどうすればいいだろう。待て待て、ここはファンタジー世界。治療魔法とかもあるはずだ。俺は門番に聞いてみた。


「すいません、怪我を治してもらうにはどこへ行けばいいですか?」


「怪我? 冒険者ギルドでも教会でも治癒魔法を使える者がいるぞ」


「ありがとうございます」


 冒険者ギルドにはそう言えば医者がいたな。ただギルド内でアイテムボックスから取り出すのは目立ちすぎる。どうしたものか……


 考えながら歩いていると、教会があった。脇は路地になっており、あまり人目につかなそうだ。こっちの方が都合がいいな……


 俺は路地に入り、アイテムボックスを見る。ホットウルフのパンとソーセージを分けたように、女騎士、「アストミア」から「矢」を分ける。うまくいった。アイテムボックスに矢が3本増えた。さらにジャバックが持っていた剣「デュランダル」もアイテムボックスに入っていた。なんだか強そうな剣だ。


 俺は路地にアストミアを取り出した。矢が刺さっていた背中から血が溢れだす。早く手当てしてもらわないと!


「た、大変です! 路地に血まみれの女性が倒れています!」


 俺は通りに出ると教会に向かって叫んだ。


「それは大変だ! どこですか!?」


「こっちです! そこの路地です!」


 中から出て来た僧侶に場所を指示する。そしてアストミアが運ばれるのを見届けると、俺はこそこそとその場を離れた。どうやってここまで運んだかを聞かれると面倒だからだ。それに俺の有り金では治療費を払えるかもわからない。美人の女騎士に命の恩人であることをアピールできないのは残念だが仕方がない。


 狼を売るのはまた明日にしよう……

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