第7話 買い取り

「ふわぁ、いい朝だな……」


 翌日、窓から差し込む朝日とともに俺は心地よく目覚めた。初日はベッドの硬さが気になったものだが、この世界での生活にもだいぶ慣れたのかもしれない。


 今日は町の外に出て、狼を取り出して冒険者ギルドに売ろうと思っている。その場で取り出して売るのが一番手っ取り早いが、無限収納スキルがバレたらどうなるかがわからない。なので今日狩ってきました、みたいな演技をしなければならないのだ。


 どうしよう、枝に吊り下げて持ってくるか、麻袋でも買ってそれに入れるか……俺はアイテムボックス内の狼を確認する……内臓とかはみ出てるし、麻袋にしよう。


 道具屋で大きな麻袋を買って町の外に出ようとすると、門を守る衛兵の数が昨日より多かった。


「町の外へ出るのか?」


 衛兵が話しかけてくる。


「ええ。何かあったんですか?」


「ゴブリンの群れが町はずれの森にいたらしい。一流冒険者パーティーのバイパーズが蹴散らして逃げて行ったらしいけどな」


「へ、へぇー」


 くそう、あいつらの株が上がってしまったか。さすがは一流冒険者、ゴブリンくらいは相手ではなかったらしい。


「とはいえ気を付けろよ。魔王軍が忍び込んでいるのかもしれん」


 魔王軍? そう言えば昨日倒したジャバックとかいうやつがそんなこと言ってたな……


「あの、魔王軍って言うのは……?」


「なんだ、知らないのか? 北の魔の領域に住む魔物の軍勢だぞ。まあ間には大国スノーデンがあって、ずっと魔王軍の防波堤になってくれているから、こっちの方まで来ることは稀だがな」


 ふ~ん、そんな奴らがいるのか。巻き込まれないように他の国に逃げることも考えないとな。


 俺はまた森に来た。いま森を出たばかりの男が狼を何匹も狩って戻るというのも不自然なので、しばらく時間をつぶさないと。キノコとか木の実でも採ろうか。でも採ったところで食用かどうかとか価値があるかとかわからないからなぁ。植物辞典とか買って調べるか。でもこういう世界だと本も高いんだろうなぁ。


 最初は地面を探しながら採取していたが、途中から面倒になって収納スキル発動しっぱなしで歩いてみた。地面がえぐれ、土とそこに生えていた植物がどんどんアイテムボックスに入って行く。クモやミミズなんかも取れていた。これはさすがに跡が目立ちすぎるな。変な噂が立ってしまうかもしれないからやめよう……


 しばらく歩くと悪臭が鼻を突いた。この辺は、昨日ゴブリンがいた辺りか……? 俺はアイテムボックスに入っていたデュランダルを装備することにした。きっとショートソードより強いはずだ。デュランダルを持つと不思議と力と自信がみなぎってくる気がした。まるでボーナス支給日のようだ。もっと適切な例えがあるのだろうが、残念ながら俺の人生で味わったことがある似た感覚が他になかった。


 匂いの元を辿っていくと、やはり俺が昨日ゴブリンと遭遇した地点だった。俺が倒したジャバックの他に、ゴブリンの死体が6体ほど転がっている。2体は剣で斬られ、もう2体は黒焦げになっている。魔法で殺されたんだろうか。もう2体はやや離れたところで背中から斬られていた。逃げようとしたのだろうか。昨日はもっとゴブリンがいたはずだが、逃げたのか別の場所で殺されたのか。周りをざっと見てみたが特に何もない。


 う~ん、昨日死んだばかりでこの匂い。腐ったらどうなるんだろう……あまり考えたくない。ゴブリンの死体が売れるのであれば収納してもいいのだが、俺が冒険者ギルドで見ていた限りはゴブリンを持ち込んでいる冒険者はいなかった。これは放っておこう。


 昼過ぎになったのでそろそろいいか。俺は町へ戻って冒険者ギルドへと向かった。狼の死体は麻袋を担いでいる。だんだんと麻袋から血が染み出してしまい、地面にポタポタと跡を作っている。うぅ、気持ち悪い……早く売ろう。買取窓口へ行くと、窓口のスキンヘッドの親父が顔をしかめた。


「おいおい、血が垂れてるじゃねぇか! ちゃんと血抜きして来いよ!」


 え? そんなことまでしなくちゃいけないの……? 確かに俺はギルドの床を汚してしまっていた。でも血抜きの仕方とか知らないし……とりあえずスキンヘッド親父に謝り、麻袋を差し出す。親父は中を確認するとまた顔をしかめた。


「真っ二つに穴だらけ……これじゃ毛皮の価値はほとんどねぇぜ」


「えぇ~!」


 そ、そんな……けっこう苦労して持ってきたのに……


「まあ肉は新鮮だな。狼三体、銀貨1枚ってとこかな」


 う~ん、宿台と食事代の2日分ってとこか。もうちょっと高く売れればよかったが、仕方がない。俺は銀貨を受け取った。


「それにしても……見事な切り口だな。その剣で斬ったのか?」


 スキンヘッド親父が真っ二つの狼を見て言った。うっ、ヤ、ヤバイ……


「も、もちろん! 剣の腕には自信があるんだ」


 俺は自信たっぷりのふりをして答えた。


「ほう。色んな獲物を見てきたが、こんな鮮やかな切り口は初めてだ。あんた、ランクは――」


「そ、それより! ゴブリンの死体って持ってきたら買い取ってもらえるのかい?」


 根掘り葉掘り聞かれそうなので強引に話題を変える。


「はぁ? ゴブリンの死体なんて使い道ねぇから買い取らないぜ?」


「そうなんだ……いや、冒険者初めてまだ日が浅くてね。じゃあゴブリンなんか倒しても意味ないのか」


「その腕で日が浅い? あんた、もしかして……」


 しまった、俺が素人なのがバレ……


「兵士から転職したんだな? 多いんだよ、あんたみたいに腕が立つ元兵士は。活躍しても、軍だと騎士様が手柄を取っちまうからな。歓迎するぜ」


 親父は一人で納得してニカッと笑った。よ、よかった、バレてない……


「よし、教えてやろう。ゴブリンやオークなんかの魔物の死体は買取はしねぇが、倒すと魔石を出すんだ」


「魔石?」


「あぁ。仕組みはよくわからねぇが、あいつらの体内に貯め込まれた負のエーテルが、死ぬとに体外に放出されて結晶化するんだ。これは魔道具の素材になるからそれなりの値段で買い取れる。強い魔物ほど大きくて純度の高い魔石を出すから、値段も高くなるぞ」


 なるほど。ゲームとかでもどんな魔物だろうが倒せばお金もらえるもんな。ということはあのジャバックとかいうやつも魔石を出したんだろうか。さきほど見たときはそれらしいものはなかったから、誰かが持って行ってしまったのかもしれない。まあ事前に知っていたとしても、倒したときはゴブリンだらけで拾う暇もなかったのだが……


「ちなみに植物とかで買い取ってもらえる物はある?」


「ああ。食べると魔力が回復するマーナレードの実とか、解毒作用のあるドクキエ草、あとは回復効果がある薬草とかだな」


「薬草って?」


「薬草は薬草だ」


 いや、だからどんな種類の草よ……俺は頭の中でアイテムボックスを確認する。マーナレードの実はなかったが、ドクキエ草はある。あと、薬草もあった……「薬草」っていう名前の草なのね……


 俺は買い取ってもらえる植物の確認の他にも動物の血抜きの方法も親父に教えてもらった……グロすぎて、やれるかどうかはわからないが。

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