第8話 装備

 期待した金額ではなかったものの、異世界で初めて収入を得た俺は多少の希望を得ていた。なんとか生活していく術に見通しが立ったわけだ。もっと獲物を狩らないといけないな……


 冒険者と言えばパーティーを組むものなのだろうが、俺の唯一にして最強のスキル、無限収納のことを知られるのはまずい。信頼できるとわかっている相手ならともかく、そういう相手がいない以上はソロでやっていくしかない。


 ということはまず装備を整えるべきか……俺は冒険者ギルドの店がある一角へ向かった。途中、セクシーマッサージ店を確認する。中への視界を遮る入り口の暖簾が、俺を誘うようにひらひらと揺れている。だが、まだ俺の財布にこの店の暖簾をくぐる資格はない。


 俺はこの前貼られていた張り紙とはまた違う張り紙を発見した。「人妻メデューサの全方位舐め舐め天国」と書かれている。い、いったい、この暖簾の奥にはどんな世界があるんだ……!?


 未知なる世界へ思いを馳せながら、俺はまず雑貨屋に寄った。植物辞典のようなものが置かれていないか探してみる。魔導書などが置かれている一角に目的の辞典はあったが、金貨一枚と値段は高価であった。金貨の価値はわからないが、最低でも銀貨五枚以上だろう。どのみち手が出ない。もう少し稼いでからまた来るか……


 この店には傷薬も置かれていた。薬草の成分を凝縮したものらしい。俺には原理はよくわからないが、薬草には生命の精霊力が宿っており、揉んで傷口に塗ることである程度の傷はすぐに治ってしまうらしい。傷薬は効果は三倍ほどで液状のためすぐに傷口に塗れるらしい。しかし値段は銀貨一枚……う~ん……いざというときのために持っておきたい気はするが……装備を先に見るか。


 今度は武具屋をのぞく。武器はどうしよう。デュランダルがあるからいいか。どのみち、俺の最強の武器は無限収納スキルだ。となると、優先すべきは防具か。いかにも強そうな金属鎧は重そうな上に値段がべらぼうに高かった。冒険者用に、ある程度の動きやすさが確保されていたり無駄な装飾は施されてはいない。騎士用の豪華なやつだったらどれほどの値段がするのだろうか。


 ちなみに俺が着ているのは盗賊からもらった肩と胸部を守るレザーアーマーだ。同じようなものを新品で買うと銀貨二枚ほどするようだ。汚れているし、買い換えられるなら買い換えたいところだが……


「何かお探しですか?」


 武具屋の親父がニコニコと笑顔を張り付けて近寄ってきた。


「手ごろな防具があったらと……」


「鎧でしたらこの辺が最新モデルとなっておりますよ。防御力はもちろん、内綿にハーブを染み込ませることで、抗菌、防臭などの機能が……」


 やばい、セールストークが始まった! こっちの世界にもこういう店員がいるのか……


「そ、そんなお金ないんで! 銀貨一枚くらいでなんかあればと見てただけなんで!」


 俺が予算を告げると、親父の顔から笑みが消え、舌打ちが聞こえた。そ、それが客への態度か!


「そうなると鎧一式は買えないよ。特定部位だけも売れるが割高だ。盾なんかどうだい? もっとも、木製のバックラーかラウンドシールドになっちまうだろうが」


 口調まで変わって、親父が盾コーナーを指した。態度は悪いが、言っている内容は納得できる。そうか、盾か。お盆くらいの面積のバックラーという小型の盾なら大銅貨数枚で買える。だがこんな小さい盾でうまく受け止められるだろうか……一回り大きいラウンドシールドは銀貨一枚だった。


 う~ん、傷薬も欲しいけど、ラウンドシールドで怪我することを防げるんだったらこっちか……俺はしばらく悩んだが、結局ラウンドシールドを購入した。


 帰りがけにギルドの掲示板に貼られたFランク向けの依頼を確認する。Fランクの依頼は比較的安全で簡単で緊急度の低いものばかりだ。Fランク冒険者はFランクの依頼しか受けることができない。逆にEランク以上の冒険者はFランクの依頼を受けることができない。ではぬくぬくとFランクでずっと簡単な依頼をこなせればいいのだが、Fランクの仕事を何回かこなすと強制的にEランクに上げられてしまう。冒険者ギルドとして新人の保護、育成のために考えられたシステムであるらしい。


 依頼は薬草五十株採取して報酬銀貨一枚、月光石採取五キロ銀貨二枚、キケンムシ採取一匹大銅貨一枚……いまあるFランク依頼は採取系ばかりだ。ちなみに複数人数で受けた場合は報酬は頭割にすることになる。月光石とかキケンムシは何か知らないので、できるとすれば薬草くらいか……


 いま俺のアイテムボックスには薬草が二十株ほど入っている。森でまた適当に収納しまくれば五十いくだろうか。普通であれば草の種類を確かめながら採取するわけで、そうなるとすごい時間がかかるだろう。流石に金額的にはFランク依頼は効率は良くないのかもしれない。


 そう考えると、最初に盗賊団に出会って財布を奪えたのはラッキーだったなぁ。あれのおかげでしばらく生活できるお金が手に入ったわけだし。


 依頼の受け方がわからなかったので受付嬢に尋ねると、Fランクの採取系依頼は基本的に常時受け付けているもので、特に手続きしなくても品物をもってくればいいのだとか。ちなみにFランクでなくても薬草等をもってくれば買取窓口で買い取ってもらえるのだが、Fランクの依頼で納品した方がちょっとだけ金額が上がるらしい。しばらくは地味に稼ぐか。


 宿に戻ると、夕飯時の仕込みをする時間らしく良い匂いが漂っていた。


「お帰りなさい!」


 すっかり馴染みになった看板娘が迎えてくれる。


「そう言えば……今度、森に薬草取りに行くんだけど、ついでに採ってきて欲しいものある?」


 俺のアイテムボックスには冒険者ギルドで買い取ってもらえない、訳の分からない植物がまだいっぱい入っている。食用として食べられるものがあるかもしれない。


 彼女は山菜や果物、キノコ類の名前を色々教えてくれた。採ってきたら安く譲ってあげると約束をする。特に初日に採ったオイシダケは高級品らしい。あまりこの酒場で注文する客はいないそうだから、高いものは別の場所で売った方がいいかもしれない。


 やることもないので少し早いが夕食と酒を注文する。ささやかながら初収入祝いだ。この時、世界は大変なことになりつつあったのだが、そんなことを知らない俺は料理に舌鼓を打ちながら、薬草をいくつとればセクシーマッサージを受けられるか計算していた。

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