第9話 どうしてこんなことに

「なぜこんなことに……」


 ラウンドシールドとデュランダルを構えながら俺は呟いた。目の前にはバイパーズのリーダー、ジルベルト。余裕の笑みを浮かべながら俺を睨んでいる。城の偉い人達に囲まれながら、なぜか俺はジルベルトと決闘することになってしまった……




 その日の朝は普通にまた森へと向かった。とりあえず薬草集めをして金を稼ごうと思っていたのだが、ひたすら草の選別を行うのもかったるいので何か方法はないかと考えた。なんとか地面をえぐらずに草だけを回収できないものだろうか。


 収納対象をはっきりとイメージしない場合、今は差し出した手のひらの前方に直径1mくらいの球形の範囲内の物が収納される。ただこの状態だといまいち使い勝手が悪い。俺は収納範囲をイメージでコントロールできないか試してみた。いままでの経験上、この無限収納スキルはイメージや工夫次第で様々な応用が利くことがわかっている。


 しばらくの試行錯誤ののち、ある程度は収納範囲を操作できることが分かった。さらにイメージを明確化して収納範囲を変える練習を積む。やはり欲しいのは全身を守れる広範囲の収納だ。俺は2m四方に薄い収納範囲を広げることに成功した。これを「壁」と呼ぼう。


 防御の次は攻撃だ。今度は2mほどの長さの棒状の収納範囲を作る練習をした。「壁」でイメージのコツをつかんだのでこちらは早く出来た。これは「槍」と呼ぼう。


 「壁」も「槍」もどちらもイメージが必要となるため、なかなかとっさには出来ない。これから暇を見て練習しなければ。


 しかし今日の目的は技の習得ではなく、あくまでも薬草集め。俺は「壁」を発動させたまま適当に歩く。草刈り機でも使ったかのように地面に生えた草が均等に無くなっていく。これはちょっと気持ちがいい。


 いらない雑草や低木もどんどんアイテムボックスに入ってしまっているがどうしよう。どこかで乾燥させて薪代わりにでもした方がいいだろうか。あとは虫も大量に……うぅ、気持ち悪い……


 ん? キケンムシ? これって採取クエストが出てたやつだよな? 日本にいるカミキリムシを黄色くしたような虫だった。こんなの何に使うんだろう? 確か生きている状態で捕獲するように指定があったはずだが……


 目的の薬草はもちろん、マーナレードやドクキエ草といったギルドで買い取ってくれるアイテムもけっこう収穫できた。あとは食べ物。高級品とされるオイシダケも何本か採れている。大量、大量。


 他に何か収納しておくものは……俺は辺りを見回した。調子に乗って草や低木を採りまくってしまったため、ところどころ生えている木が逆に違和感を感じる。木材もあったら便利に決まっているが、どう収納するべきか。


 俺がさっきまで使っていたのは、範囲内の物をすべて収納するやり方、これを「無差別収納」と呼ぼう。これだと範囲以上の大きさのものをそのまま収納することはできない。


 一方で範囲内の物をひとつとそれに付随する物だけを収納するやり方、こっちは「指定収納」とでも呼ぼうか。これは範囲からはみ出していても収納ができる。女騎士の……名前なんだっけ? あとゴブリンの戦士ジャバックとかを収納したのはこの方法だ。彼らは装備ごと収納できたが、最初の夜に盗賊から鎧や服を奪ったとき、盗賊本人は収納されなかった。あの時は人間を収納しようなんて思っていなかったからだ。「指定収納」もイメージ次第で特定の物だけ収納したりできるということだろう。問題はどのくらいの大きさまで収納可能なのかというところだが……


 俺は木の一本を見上げた。5mはありそうだ。木に手を当てて収納してみる。一瞬で木は収納され、後には根のあった穴が残った。けっこうな大きさまで収納できるんだなぁ。ただ木を丸ごと収納しても使い勝手が悪い。木材に加工できるだろうか。


 俺はアイテムボックス内で木を縦に割ってみる。うん、これはできる。狼やジャバックを分割したのと同じ要領だ。そこから板に出来たりしないだろうか。


 うぬー、むんー、ぐぬぬっ……森の中一人で変な顔しながら悪戦苦闘してみたが、木から板を取り出したりは出来なかった。そういうことが出来ないのか、俺のイメージ不足なのかはわからない。まあ加工しやすい大きさに分けて、そのあとは手作業で頑張るか……そうなるとノコギリも買わないと……いや、ノコギリも持ってないのに木材を作ってるのも不自然だから、スキルで出来たとしてもカモフラージュでどっちみち買わないとダメか。


 ん、待てよ。これなら……俺は半分に割った木を取り出した。地面にドスンと木が落ちる。そして今度は無差別収納を発動させてと……お、いけるぞ! 木の枝や木の皮がするすると消えていく。これならある程度の薄さになるまでアイテムボックスで分割して、いらない部分を無限収納で消せば板になるのではないだろうか。よし、さっそく……


 数分後、俺の前には数枚の板が出来ていた。ただし、その端はいびつに歪んでいる。まっすぐに手を動かすのが難しかったのだ。初めて日曜大工に挑戦したお父さんみたいな気持ちになってしまった。まあ薪にしてもいいし、練習になったからいいだろう。


 俺は売れるものを麻袋にしまうと、担いで街へと戻った。




「待たせたな」


 買取窓口の親父が俺の前に硬貨を置いた。たった数枚。しかしその中の1枚は輝きが違う。こ、これが金貨ってやつか!


「ちなみに……金貨って銀貨何枚分の価値でしたっけ?」


 俺は恐る恐るたずねた。


「は? 十枚に決まってるだろ」


 親父があきれ顔で教えてくれる。銀貨十枚分……これ1枚で一か月以上暮らせるぞ……俺はごくりと息をのんだ。


「おいおい、こいつ金貨の価値知らないみたいだぜ。貧乏人には縁がねぇか!」


 すると後ろであざけるような声が聞こえた。振り向くとバイパーズのリーダー、ジルベルトが俺を見ていた。くっ、ほんと嫌な奴だ……


 ジルベルトの後ろにはムキムキ戦士のアイザック、それに名前は知らないセクシーな女魔術師……いや、見た目でそう判断しただけで魔法が使えるのかどうかは知らないけど。


「どけ、貧乏人」


 ジルベルトは俺を押しのけ、買取窓口の親父と話を始めた。


「おい、この前のデカい魔石はどうなった?」


「あぁ、あれか。あれは調査中で……」


 そんな内容が聞こえてくる。周りを見ると、他の冒険者の中にもジルベルトたちを睨んでる者がいた。その時、冒険者ギルトの入り口がにわかに騒がしくなる。見ると高級そうな鎧に身を包んだ数人の騎士が受付嬢と話をしていた。その中に見覚えのある姿も見える。あの女騎士だ……! もう回復して動けるのか。さすが回復魔法。それにしてもあの時は、道に放って逃げたような形になってしまったから、恨まれているかもしれない。俺は後ろを向いて顔が見られないようにした。その直後、重い足音が複数こちらに向かってくるのを感じた。


「あなたが勇者ジルベルト様ですか?」


「え? ゆ、勇者?」


 俺の脇で女騎士とジルベルトが会話を始めた。こんな男が勇者だって? 言われたジルベルトもピンときていない様子だった。


「あなたがあのジャバックを倒し、私を救ってくださったんですよね? 名乗りもせず去ってしまわれたのでわからなかったのですが、冒険者ギルドに過去に例がないほど大きな魔石を持ち込んだ方がいると聞いて……」


 ん? それって……


「そ、そんなこともありましたね。バレてしまいましたか。ははは……」


 ジルベルトが話を合わせて愛想笑いをしている。


「ちょ、ちょっと待って! ジャバックを倒して君を助けたのは俺だ!」


 俺はたまらず声を上げた。俺の功績をジルベルトに取られるなんて冗談じゃない!


「あら、あなたは森にいた……」


 女騎士も俺を覚えていたようで、首をかしげている。カワイイ。


「ば、馬鹿を言うな! お前はFランク冒険者。強い魔物を倒せるわけがないだろう! それに実際、ドロップ品である魔石を俺が持っていたのが何よりの証拠だ!」


 ジルベルトが大声で主張する。仲間のアイザックと女魔術師は後ろめたいのか目をそらしている。


「そ、それは魔物がそんなもの出すとは知らなかったし、周りにまだゴブリンがいたから……」


「そんなことも知らない駆け出し冒険者が大物を倒せるわけがないだろ!」


 くそ、この嘘つき野郎……!


「……確かに、この方の主張には無理があるようですね」


 女騎士もジルベルトの話の方を信じているようだ。ど、どうにかして説得しなければ……


「お待ちください、アストミア様」


 その時、口を開いたのは買取窓口の親父だった。アストミア……そうだ、この女騎士はそんな名前だった。


「この男はFランクではありますが、元兵士で剣の腕は確かです。長年務めておりますが、あんなに見事に真っ二つにされた狼を見たのは初めてです」


 またややこしい誤情報が入っているな。後で問題にならないだろうか……


「……そうですか、わかりました。どちらのお話が本当なのかは私では判断がつきません。しかしそれを証明するのは簡単なこと。魔王軍の四天王にして最強の戦士ジャバックを倒したというのであれば、お二人に決闘していただき、勝った方がこの国を救う勇者様と認定させていただきましょう」


「え? け、決闘?」


「よし、承知した。我が剣の腕、謹んでご披露させていただきますよ」


 うろたえる俺とは対照的に、勝ちを確信したジルベルトは優雅に一礼した。


 ……これはまずい。人目のないところであれば収納スキルで勝ち目はあるが、決闘となると当然立会人などがつくだろう。下手すると観客もいるかもしれない。


「よろしいですね?」


 アストミアが俺を見つめて念押しをしてくる。こうなってはもう逃げ場はなかった……

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る