第5話 誓い
無事に冒険者ギルドでの手続きを終え、俺は晴れて冒険者となった。冒険者の証としてドッグタグのようなものを渡された。鎖が付いた小さなプレートに俺の名前と冒険者番号、それに「F」という文字が彫られている。このアルファベットは冒険者のランクを示すもので、自分のランク以上の依頼は受けられない仕組みだそうだ。
Fランクは見習いみたいなもので、モンスター退治のような確実に戦闘が想定される依頼はEランク以上からでないと受けられないんだとか。Cランクまで行くと一流冒険者であり、名指しの依頼などを受けられて報酬も破格になると聞かされた。他にもランクごとの違いなどを事務員が説明してくれたはずだが、半分寝ていたので全く覚えていない。
冒険者ギルドには酒場や宿屋、武具屋や雑貨屋、医者やセクシーマッサージ店など、冒険者に必要なサービスが一通り受けられる施設がある。俺は物価や武器の種類などを確認するためにギルド内をぶらついた。特にセクシーマッサージ店の前に置かれた看板は何度も往復し、横目で値段やオプション料金を確認する。いつかまとまった金が手に入ったら絶対に来よう。
店の中の雰囲気も見てみたい。入り口にはドアはないものの、暖簾のようなものがかかっていて中は見れない。ん、待て、なんだそれ?――
ドンッ!
「痛ぇな!」
俺が入り口わきに貼られた『魚介系スキュラ娘ぬるぬる全身マッサージコース』という張り紙の文字に目を奪われたとき、店の中から出てきた人物が俺にぶつかった。年は三十手前くらい、オールバックの髪型と釣り目はヤンキー感があるが、悔しいけれどイケメンだ。だらしなく胸元が開いた服からは逞しい肉体が覗いている。俺が一方的に悪いわけじゃないが、ここは穏便に済ますために謝っておくか。
「すまな――」
ゴツッ!
俺は頬に衝撃を受けた。視界が自分の意思に反して目まぐるしく動き、気が付けば床に倒れていた。口の中に鉄の味が広がる。殴られたのか? そう気付くと途端に殴られた頬に痛みと熱さを感じた。首まで痛くなるくらい思いっきり殴られたようだ。
「ふん」
男はベルトを直しながらゴミでも見るように俺を見下していた。
「どうした、ジルベルト?」
続いて店内から出て来た男が俺を殴った男――ジルベルトに尋ねる。体はジルベルトよりも分厚く、いかにも戦士といった感じの男だった。その男の腕には半裸の美女が抱きついている。
「あら、こわーい」
美女が体をしならせながら色っぽい声を上げる。その腰から下はイカやタコにそっくりな足がウネウネと動いていた。こ、これがさっきの魚介系スキュラ娘ってやつか!
「なんでもねぇよ、アイザック。ザコが俺の邪魔したからお勉強させてやっただけだ、行くぞ」
ジルベルトは俺に唾をはきかけるとアイザックと呼ばれた戦士の男とともに去っていった。くそう、覚えてろよ……!
「あんた大丈夫かい?」
スキュラがさっきまでと全く違う低い声で話しかけてきた。どうやら先ほどの色っぽい声は営業用らしい。
「あぁ、ありがとう」
「あいつらはCランクの冒険者パーティー、バイパーズだよ。ここじゃ我が物顔に振舞ってるからね。あんまり関わらないほうがいいよ」
そう言うとスキュラは店の中に戻っていった。バイパーズか。絶対仕返ししてやる……! 俺は痛む頬を押さえながら心に誓った。
しかしまずは地に足を付けて出来ることを一歩一歩やっていくしかない。俺は冒険者ギルドの素材買い取り窓口が見えるベンチに座ってぼーっと時間をつぶしていた。いや、断じて仕事をする気が起きないとかそういうわけではない。収納スキルというのがこの世界でどの程度一般的なのかを調べているのだ。みんなが収納スキルを使えるのであれば、みな買い取り窓口で素材を取り出すはずだ。そうでなければ担いで獲物を持ってくるはず。なので素材を持ち込む冒険者たちの様子をここから見ようという魂胆だ。
……というわけでだいぶ地道な調査を行った結果、どうやら収納スキルを使える者は滅多にいないようだ。重い獲物を担いで持ってきたり、もしくは全部を持ってくるのをあきらめて一部だけ持ち込む者ばかりであった。もし知らずに人前で収納スキルを使っていたら大騒ぎになっていたかもしれない。
中には狼を持ち込んでいる冒険者もいた。俺のアイテムボックスに入っている狼が売れることがわかってホッとする。いろいろ苦労したんだから売れてもらわないと困る。それほど高価ではないが、毛皮も肉も売れるようだ。毛皮はわかるけど、肉はどうするんだろう。食べるのか? 狼って犬だよな? 若干抵抗があるけど……そう言えば……
俺は気になってアイテムボックスの中を確かめる。朝に買った何かの肉を挟んだパン。アイテム名は「ホットウルフ」になっていた。いや、ホットドッグのドッグって犬って意味じゃないはずだけど……でもこの「ホットウルフ」のウルフはウルフなんだろうなぁ……う~む……あまり深く考えるのはやめよう……
冒険者ギルドを出ることには夕方前になっていた。だいぶ一日を無駄に使ってしまった気がするが仕方がない。また昨日と同じ宿に泊まるか。幸い、まだまだ金はある。また店や屋台でも見ながらゆっくり帰ろう。
ぶらぶら歩いていると城の前の広場に人だかりができていた。城の前には木の柱が何本も建てられており、十人ほどの男たちがそれぞれの柱に縛り付けられていた。俺の野次馬根性が働き、その人だかりに近づいてみる。
……あれ? 縛られた男たちの何人かはどこかで見たことがある顔だった。そのうち一人は腕が片方無くなっており、巻きつけた包帯が痛々しく赤く染まっていた。
「……すいません、あの男たちは?」
俺は近くにいた野次馬の一人に尋ねた。
「あれかい? あれは盗賊団『闇猫』の一味だよ。強盗や殺しはもちろんだが、城壁を壊した罪で死刑になるらしい」
「し、死刑……!?」
「あぁ。あいつらもバカだよなぁ。いままであいつらのアジトがどこにあるかわからなかったのに、城壁を壊して抜け道を作ったせいで、アジトの場所がバレて捕まったらしいよ」
「へ、へぇ~……」
あの夜は5人しかいなかったが、他にもお仕事中のメンバーがいたようだ。悪人が捕まったことを喜ぶべきなんだろうか。なんとなく悪いことをしてしまった気もする。
「俺たちはやってねぇ、無実だー!」
盗賊の一人が叫ぶのを聞きながら、俺は逃げるようにその場を立ち去った。
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