第4話 冒険者ギルド

「サイズはちょうどだな」


 盗賊たちとの戦いの後、俺はアイテムボックスに入っていた盗賊から奪った服を着た。元の服はこの世界の服とは違って目立つうえに、返り血で汚れてしまった。知らないおっさんの服は臭かったが、贅沢は言っていられない。さらに革鎧と短剣も装備する。これなら冒険者と言っても通用する格好になっただろう。……冒険者がいる世界なのかどうかはわからないが。


 ありがたいことにあいつの財布も収納できていた。どうせ悪いことで集めたお金だろうから、ありがたく頂戴することにする。財布には何種類かの硬貨が入っていた。まったく価値はわからないが、銀貨があれば一晩くらいは泊まれるだろう。


 ついでに焚火の近くに置かれていた麻袋を取り、盗賊たちが置いてった使えそうなものを放り込み持っていくことにした。この世界で収納スキルがどの程度メジャーなものかわからない。もしレアなスキルであるのなら、手ぶらで歩いて疑われることは避けなければならない。


 大通りに出るころにはすっかり暗くなっていたが、大通りは街灯が一定間隔で設置されていて明るく、人通りがそれなりにあった。街灯は火の明かりではなく、青白い光がゆらゆらと揺れている。おそらく何か魔法的なものなのだろう。


 ファンタジー世界といえば酒場と宿屋は一緒になっているはずだ。そして酒場と言えば一番明るくてうるさい店がそうだろう。俺は酒場を探して大通りを歩き始めた。


 するとすぐに目的の店は見つかった。看板にはジョッキの絵が描かれており、ご丁寧に「酒場」とはっきり書かれていた。日本でも見慣れた漢字である。


「道理で話が通じると思ったら……日本語なのか」


 考えてみれば俺は翻訳スキルとか持ってないわけだから、話が通じた衛兵や盗賊たちも日本語でしゃべっていたことになる。なんてユーザーフレンドリーな世界なんだ。


 店に入ると俺のように鎧姿の客はおらず、客の物珍しそうな視線が俺に刺さった。あれ、思ってた感じと違う……荒くれ者って感じの客もいないし、この世界に冒険者はいないのか……?


「いらっしゃいませ、冒険者の方ですか?」


 俺が戸惑っていると、かわいらしい女の子が俺に話しかけてきた。エプロンをしているところから見ると、この店の看板娘と言ったところか。この世界に冒険者がいるのは間違いないようだ。


「ああ、そうなんだが……他の店に行った方がいいかい?」


「いえ、そんなことないですよ。ただ冒険者の方は冒険者ギルド直営の店に行かれることが多いので……」


 なるほど、そういうところがあるのか。ただ俺はなんちゃって冒険者だから、バレないようにそういう店ではないほうがいい気がする。


「静かなとこが好みなんでね。迷惑でなければ一晩泊めて欲しいんだが」


「もちろんかまいませんよ。一晩、大銅貨三枚です」


 大銅貨3枚……俺は銀貨を一枚渡してみた。五百円玉ほどの大きさの銅貨が7枚、おつりとして帰ってきた。なるほど、一銀貨は大銅貨十枚と同じ値段なんだな。財布には銀貨がもう2枚と、他の硬貨もいくつか入っているから一週間くらいは生きていけそうだ。


 ついでに食事と酒も頂くことにする。食事は不味くはないのだが、調味料が色々足りない気がする。酒もぬるい。店の問題ではなくて、この世界の文明レベルでは仕方のないことなのだろう。ここは慣れていくしかない。


 疲労がたまっていたこともあり、部屋に入ると俺は泥のように眠った。




 翌朝、俺は市場を見ながらこの世界の物価を頭に入れた。ついでにロープやナイフなど旅に必要になりそうなものを調達する。もしかしたら何かの拍子に元の世界に戻れるかもしれないが、しばらくは……もしくは一生、この世界で暮らすことも覚悟しなければならないかもしれない。


 キョロキョロしながら市場を歩いていると、おいしそうな匂いが漂ってきた。匂いを辿ってみると、一件の屋台で串焼きにした何かの肉をパンに挟んで売っていた。うまそうだ。そういえば、よく見る収納スキルでは収納した物の状態が維持されていた。検証も兼ねて買ってみよう。


「これを2つくれ」


 俺は店主に話しかけた。


「ひとつ銅貨二枚だよ」


 いろいろ見た結果、銅貨数枚あれば屋台でお腹いっぱい食べられることがわかった。銅貨一枚が百円ちょっとくらいの感覚でいいかもしれない。俺は銅貨四枚を店主に手渡し、パンを2つもらう。


 ひとつは歩きながら食べ、もうひとつはアイテムボックスに入れた。


 そして俺は冒険者ギルドへ向かった。この世界が俺の異世界転生知識と同じであるならば、冒険者ギルドに登録することで俺の身分になるはずだ。と言うか、なってくれないと困る。


 冒険者ギルドは大きくて小綺麗な建物だった。扉を開けて中に入ると、役所のような造りになっていた。壁に貼られた大量の張り紙を見ている者、手続きの順番待ちで椅子に座っている者、何かを申請するために筆記台で悪戦苦闘している者……完全に日本で見た役所の光景だ。冒険者ギルドは相当大きな組織なのであろう。


「いらっしゃいませ、本日はどのようなご用件ですか?」


 美人の受付嬢がキョロキョロしている俺を見て声をかけてくれた。一分の隙も無い営業スマイルだ。事務員とメイド服を足して二で割ったような制服を着ているのもまたそそる。


「ええと、冒険者として登録したいんですが……」


「他の町で冒険者登録はなさっていますか?」


 ニコニコ。


「いえ、完全に初めてで……」


「居住地はこちらの町ですか?」


 ニコニコ。


「いえ、旅の者なんですが……」


「犯罪行為等のご経験や、今現在、個人もしくは組織から追われていたり、懸賞金がかけられてるといったことはございますか?」


 ニコニコ。流石だ。明らかに不審者かどうかを確かめながらも、その営業スマイルはまったく崩れない。逆に威圧感を感じるほどだ。


「そ、そういうのはないですけど……」


「承知いたしました。それでは3番の窓口の方でお手続きをしてください」


 美人とのおしゃべりは楽しいものだが、受付嬢との会話から解放され、俺はなぜかほっとした。言われた通り「3」と書かれた窓口に行くと、一人のおじさんがなにやら書類を作成している。


「あの、すいま……」


「お名前は?」


「え? ……コジマです」


「順番で呼ぶので座ってお待ちください」


 口調は丁寧だが、態度は不愛想そのものだ。まさしくお役所仕事……俺は仕方なく呼ばれるまで窓口の前に置かれたベンチに座る。俺以外にも三人ほどの男が暇そうに座っていた。


 一時間ほどしてようやく俺の名前が呼ばれた。おじさんが水晶のようなものを取り出して俺の目の前に置く。


「これの上に手を置いてください。そして私が質問をしますので、正直に答えてください」


 なるほど、ウソ発見器のようなものか。名前や住所(と言っても宿の名前だが)、犯罪歴等を正直に答えると、どうにか手続きが終了したようだった。


「では冒険者カードを作成してお渡ししますので、5番窓口の前で一時間ほどお待ちください」


 ……これだから役所は嫌いだ。

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