第3話 侵入

 すっかり日は傾いてしまった。野宿も覚悟したところでちょうど森が途切れる。闇に飲まれそうな赤い夕焼けの中に巨大な影があった。


 ――町だ! 重厚な石造りの城壁に囲まれた町が見える! その中心にはいかにもファンタジーな荘厳な城が建っているのも見えた。町まではここから1時間もかからないだろう。頑張って日が落ち切る前に辿り着こう。歩き疲れて萎えそうになる気力を奮い立たせ、俺は町へと歩き出した。


 町の入り口には両脇にかがり火が置かれ、数人の衛兵の姿が見えた。金属板で補強された革鎧と、長い槍で武装している。良かった、ちゃんと人間だ。異世界なら獣人とか魔族の町とかってこともありえる。人間の町なら受け入れてくれるという確証もないが、少なくとも異種族よりはマシだろう。


 と思ったのも束の間……


「え?」


 俺は間抜けな声を出してしまった。衛兵たちは簡素な木の柵などを片付け、町の中に入っていった。もしかして日が沈んだら入れないタイプ?


 俺の不安は的中し、重そうな城門が俺に絶望を運ぶかのように耳障りな音を立てながら閉まっていく。


「ま、待ってくれ!」


 叫んでみたが届かず、無情にも門は閉まってしまった。へとへとの体に暗闇が染みる。待て、落ち着け。意外と頼めば開けてくれるかもしれない。俺は希望を捨てず、疲れた体を引きずって城門に辿り着いた。


 門の上には見張り台もあり、明かりがついていて人がいる気配もあるが、サボっているのか俺が城門に近づいても何にも反応はなかった。危険な魔物とかが来たらどうするんだろう。


 門扉は木製だが大きく、とても俺の力では開きそうにない。それに当然、閂(かんぬき)がされていることだろう。通用口みたいなものがないかと見まわしたが、それらしい物はない。


「すいませーん!」


 大声で呼びかけてみる。すると見張り台から男が一人顔を出した。


「なんだ兄ちゃん? 今日はもう入れないぞ。また明日来い」


 そっけなく言われてしまった。


「そこをなんとか……道に迷ってしまって、ようやく辿り着いたんです」


 俺は精一杯、弱り切った表情で同情を買おうとした。


「駄目だ。緊急の早馬以外で夜間に門を開けることはない。そういう決まりなんだ。町の周りまでは魔物が来ないから、その辺で寝な」


 男は顔を引っ込めてしまった。くそ、現代日本なら、会社にクレームの電話を入れてやるのに!


 しかしあきらめきれずに、俺は城壁に沿って町の外を歩いてみた。何かあるかもしれない。何しろ俺は現代っ子なのだ。地面に寝るなんて嫌だ。


 当たり前だがどこまで行っても分厚い城壁が立ち塞がる。入れるところなどないのであろう。途中であきらめて、何か中に入る方法を考え出した。


「トンネルは?」


 攻城兵器などがない大昔、城を攻め落とすにはシンプルに城壁の下に穴を掘ったりしたそうだ。だがこれだけの城壁、土の中も深いところまで埋まっていることだろう。


「それならばいっそ……」


 おれは呟いて、城壁を構成する石の一つに手を当てる。


「収納!」


 するとその石のあった部分にぽっかりと穴が開いた。おお、いけるぞ! 俺は城壁全体が崩れてしまわないように、慎重に石を収納していき、ついに中まで穴を開通させることができた。出たところは裏路地のようだ。ほとんど暗闇なのは俺には好都合。


 よし、中に入れたし、穴を塞ぐか。収納した石を呼び出して、と。


 ゴトンと重い音を立て、出現した石が地面に落ちる。これを元の位置に……お、重い……! 大きな石は俺には持ち上げることすらできなかった。考えてみたらこれを持ち上げられたとしても、上の城壁の重みで穴はゆがんでいるため、スッポリ元通りになんてできるはずがない。これは困った。


 仕方がないので、残りの石を穴の中に出現させた。当然、隙間だらけだが、人が通れるスペースは無いのでよしとしよう。中に入れてくれなかった衛兵が悪いんだ、うん。


 さて、宿屋でも探すか。と思ったが、俺はお金なんて持っていない。この世界に来た時にあったのは俺の着ていた服だけで、ポケットに入っていた財布やスマホはなかった。どうしたものか……悩みながらとりあえず明るいほうに向かって歩き出す。


「なんだてめぇ?」


 路地を曲がった瞬間、乱暴な声が耳を襲った。焚火を中心に、とってもバイオレンスなお顔をなさった男たちが5人たむろしていた。それぞれが粗末な革鎧をまとい、短剣を腰に差している。短剣といってもナイフではなく80cmくらいのショートソードってやつだ。言うまでもなく俺を殺すのに十分な凶器である。


「な、なんでもないんです、失礼しました……」


「待て!」


 そそくさと退散しようとしたが許されなかった。男たちが立ち上がり俺に近づく。


「ここは俺たち、盗賊団『闇猫』のアジトだぜ。どこから来やがった?」


 盗賊たちの一人が威圧するように顔を近づけてくる。さ、酒臭い……


「み、道を間違えちゃって。ボクってドジだなぁ。あはは……」


「そんなわけねぇだろ。ここは一般人や衛兵が来ないように道は塞いでカモフラージュしてる。間違えて入ってくる奴がいねぇようにな!」


 オーマイガ……どうやら運悪く、入ってはいけない所だったようだ……


「こいつ格好も変だ。俺たちをやりにきた冒険者かもしれないぜ」


 別の盗賊が俺をジロジロ見ながら言った。


「めんどくせぇからやっちまうか。どうせここなら目撃者もいねぇし」


 恐れていた一言を聞いてしまった。盗賊たちは下品な笑みを浮かべながら短剣を抜き放つ。こうなったら……


「待て。バレちまったら仕方ない。俺はお前たちを殺しに来た魔術師だ。依頼を受けたんだよ。ここにデカいゴミが5つあるから掃除してくれってな。だがお前たちが大人しく立ち去るなら、見逃してやってもいいぞ」


 俺はハッタリをかました。小学五年生の時、今のようにいじめっ子に囲まれたが、空手を習ってるとウソをついて難を逃れたことがある。きっと今回も……


「奇遇だな。俺たちもちょうど、片付けなきゃいけないゴミがひとつできたところだ。デカいゴミだから、いくつかに解体しないといけないな」


 残念ながら盗賊は小学五年生より賢かった。


「こ、後悔するぞ! 俺の必殺魔法が炸裂したら、お前らなんてあっという間に……」


「面白そうだ、見せてくれよ」


「ひぃっ!」


 虚勢を張る俺の首元に、盗賊が短剣を突き付けた。俺は情けなく、小さな悲鳴を上げる。お、落ち着け、俺! 相手は至近距離で動きを止めてくれている。アレが使えるはずだ!


「収納!」


 俺は突き付けられた短剣に手を向けた。一瞬でそこにあったはずの短剣は消え失せた。


「あ?」


 盗賊は何もなくなった自分の手を不思議そうに見つめる。


「収納!」


 俺は続けざまに盗賊の体に手をかざす。パンツ一枚残して、男が身に着けていた鎧と服はアイテムボックスに収納された。


「な、なんだこれ!?」


 裸にさせられた盗賊は腰を抜かして後ろに倒れた。他の盗賊たちにも動揺の輪が広がる。よ、よし!


「忠告しただろう。さっさと俺の前から失せないと……」


「こ、こいつ!」


 さらにハッタリをかまそうとしたところ、別の盗賊が短剣を振りかぶって突進してきた。人が話してる途中で!


「しゅ、収納!」


 俺は恐怖に目をつむり、とにかく男の方に手を向けて収納スキルを使った。次の瞬間、体に衝撃を感じた。体の前面に熱いヌルっとした液体が飛び散る。ダメだったか……


 どさっと鈍い音を立てて体が地面に倒れる音がした。しかし……それは俺の体ではない。


「え?」


 俺は恐る恐る目を開けて状況を確認した。目の前には男が一人倒れている。先ほど俺に切りかかってきた男だ。俺の体は血で染まっていた。こんな血が出るほど斬られたのか……あれ? でも痛くない……?


 倒れている男の様子を確認する。男は起き上がるのも忘れて、自分の右腕を不思議そうに見つめていた。そこに持っていたはずの短剣は無くなっている。──それを持っていた右手も含めて。


「う、うぎゃぁ~っ!」


 男は状況をようやく理解したのか、痛みに耐えかねたのか、叫び声をあげた。


「こ、こいつやばいぞ!」


「本当に魔術師だ、逃げろ!」


 盗賊たちは手を失った男を引きずりながら逃げて行った。俺は茫然とその背中を見送った。


 状況を整理してみる。俺は切りかかってきた盗賊に向かって収納スキルを使った。いままでは収納する物を意識していたが、無意識に収納スキルを使うと範囲内にあるものが全て収納されるのかもしれない。


 俺はアイテムボックスを確認する。短剣、右手が増えていた……もっとあの男が近くにいたら、ゲロゲロピーな光景になるところだったかもしれない。


 俺はまだ恐怖に震える体に、深呼吸して新鮮な空気を送り込んだ。生きていることを確かめるように、何度も、何度も……

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