第14話 狙い

 すでに外は夜のとばりに包まれている。俺とアストミアは城壁を駆けのぼった。


「おお、アストミア様!」


「アストミア様だ!」


 不安げな表情だった兵士たちがアストミアの顔を見てにわかに活気だった。人気があるだけではなく、頼りにもされているのであろう。


「状況はどうなっているのですか?」


「わ、わかりません。とにかくあいつら、ウジャウジャと……」


 兵士が城壁の外を松明で照らす。俺とアストミアが下を覗くと、闇の中で確かに人影がうごめいていた。


「松明を」


 アストミアの言葉に従い、兵士が持っていたたいまつを差し出す。アストミアはそれを城壁の外に落とした。


「うわっ……」


 城壁にそってどこまでもゾンビが張り付いている。青白い顔と濁った瞳がこちらを見上げていた。落とした松明が一匹にぶつかり火が衣服に燃え移ったが、気にする様子もない。痛覚がないようだ。矢が体に刺さっている奴もいた。守備兵が撃ってみたのだろう。


「倒すことはできないのですか?」


「いえ、頭に矢が命中すれば倒せるようです。しかし矢がもう尽きたので、今は投石に切り替えたのですが、頭に当てるのは難しいうえに数が多すぎて……」


 アストミアの問いに兵士が答えた。


「とにかく続けてください。我々は他のところの様子も見てきます」


 アストミアと俺は城壁を走り、各所の様子を確認する。どこまで行ってもゾンビが張り付いている。う~ん……これはいったい……?


「アストミア……様?」


「どうされました、コジマ様」


「ええと、ゾンビ……死者の軍団なんですけど、壁を叩いてるだけで全然脅威ではないような気が……」


「そうですね。今のところ被害もないようですし……いったい何が目的なんでしょうか……」


 俺の疑問にアストミアも頭をひねった。ゾンビは素手だし、能力としては人間以下だ。素手で石壁をペチペチしても損害があるとは思えない。


「壊される危険性があるとしたら……町の城門ですかね」


「そうですね、行ってみましょう」


 俺とアストミアは町の入り口である城門目指して走る。


「それとコジマ様……私のことは呼び捨てでかまいませんよ」


「そ、そうですか。わかりました、アストミア……さん」


 アストミアは俺に向かってほほ笑んだ。カワイイ。


 城門のひとつに辿り着くが、ここも同じような状況だった。非番や予備の兵士も万が一に備え、町の東西南北にある城門に全て集められている。兵士が多い分、倒されたゾンビの死体が多い。しかしそれでもまだ十匹以上が城門を叩いていた。町をぐるりとゾンビが囲んでいるとしたら数千匹では足りないだろう。しかしそれだけ数を集めても、ただ壁を叩いているだけでは意味などない。こいつらは知能がないのか?


「コジマ様、これは一体なんなんでしょうか?」


 アストミアが尋ねてくる。俺もさっぱりわからない。


「最初は驚きましたが、これなら時間をかければ全部倒せますよ」


 近くにいた兵士が笑顔で言った。ゾンビに石を投げるのはもはやゲーム感覚になっているようで、他の兵士たちからは「よし、当たった!」というような歓声も聞こえてきた。


「もしかすると……囲むことが目的なんですかね」


 俺は頭をひねって考えを絞り出す。


「囲むことが?」


 アストミアが聞き返してくる。


「なるほど……確かに兵糧攻めという戦法もあります。外部との連絡や輸送を断つのが目的なのかもしれませんね」


 俺はそこまで考えてはいなかったが、アストミアは確かに納得できそうな答えに辿り着いた。被害がないにしても気持ち悪いし、とにかく早く倒しておいた方がいいだろう。それにもしこのゾンビを作った元凶がいたら、そいつを倒してしまえば俺のゾンビ化も防げるかもしれない。


「アストミアさん、城壁にいる兵士もすべて城門の守備に回してもらえませんか?」


 俺はアストミアに提案する。


「え? それはどういうことでしょうか?」


「城壁に取りついてる死者の軍団は俺が倒します。兵士の皆さんは城門が突破されないように守りを固めてください」


 実際は俺の戦い方を見られたくないだけなのだが……


「承知しました。お願いします、コジマ様」


 アストミアは疑うことなく俺の提案に従ってくれた。




 そして俺はアストミアと離れ、城壁の上に立っていた。城門にいる兵たちからは見えない位置だ。俺はロープを垂らし、下に降りる準備をする。俺に気付いたゾンビが徐々に集まりだした。


 俺はロープを掴み、滑り降りる。しかし途中で思いっきり城壁を蹴った。その反動で俺は城壁から遠く離れた場所、ゾンビの包囲の裏へ着地する。ゾンビが振り向いて俺の方へ向かってきた。


「槍!」


 俺は以前に練習した、2mほどの棒状の無差別収納範囲を作り出す。


「えい!」


 俺はもっとも近くにいたゾンビの頭に向かって「槍」を突き出した。ゾンビの頭にがぼっと穴が開く。すると操り糸が切れた人形のように、そのゾンビは地面に崩れ落ちた。よしよし、間違いなく頭を潰せば動かなくなる系のゾンビだ。


 しかしゾンビは数が多い。俺は必死に「槍」を突き出すが、徐々に囲まれそうになっていった。そもそも、普通の槍は貫通力が長所の武器だ。当たれば問答無用でその部分がえぐれる収納スキルとは長所が重複している気がしないでもない。それなら……


 俺は「槍」を横に薙ぎ払った。周囲のゾンビは「槍」が当たった部分が収納され、真っ二つになっていく。おお、数が多い相手にはこれだ! 体を半分にされてジタバタしているゾンビたちを一体一体収納するのは面倒なので、俺は板状の無差別収納範囲である「壁」でどんどん収納して行く。これで一帯のゾンビは殲滅された。


 その他の部分にいるゾンビもどんどん収納して行く。ゾンビの密度の薄い部分は指定収納でゾンビを丸ごと収納して行った。アイテムボックスがゾンビの「パーツ」だらけになるのは避けたかったからだ。すでにだいぶ収納しちゃってるけど……


 そんな心配ができるくらいに俺は楽勝モードだった。城門までたどり着くと、城門の周りのゾンビはほとんど倒れていた。数匹だけまだ辺りを徘徊している。よーし、あれを片付けてまた進むか……


 ドンッ!


「うわっ!」


 俺のすぐ近くに重い音を立てて石が落ちた。


「ちっ、外したか」


「よし、次は俺に任せろ!」


 城門の上から賑やかな声が聞こえる。どうやら兵士が俺をゾンビと勘違いして投げたようだ。


「おい! 俺は人間だ! 気を付けろ!」


「は? なんでそんなとこほっつき歩いてんだ! 周りの死者の軍団が見えねぇのか!」


「俺はアストミア様から許可を得てこいつらを倒してるんだ!」


 俺は悪びれない兵士たちに向かって怒鳴った。予備の兵に加え、城壁に配置されていた兵士まで来ているから兵が多すぎて暇になったようだ。残ったゾンビに石を投げるのを順番待ちしている様子だった。


 それを見た時、俺は背筋が凍った。おい、待てよ……これが目的だったとしたら……!?


 ゾンビに街を囲ませれば、防衛のために兵士は城壁に集められる。そんな状態で敵が町中に現れたら……!? 例えば俺のようにちょっとだけ嚙まれたものが町に潜り込んでいたとしたら……!?


「急いで城門を開けて俺を中に入れろ! 手が空いてる兵は町に敵がいないか捜索しろ!」


 俺は上にいる兵士に向かって怒鳴った。


「はぁ? なんでお前にそんなこと……」


「俺は王様から任命された勇者だ! 言うこと聞かないならあとで打ち首だぞ!」


 間違っていたらそれでいい。今は緊急事態だ。俺は機密にするように言われていたが、自分が勇者であることをばらした。


「えぇっ!? そ、そんなこと急に言われても……」


 兵士はためらっている。くそ、待ってられねぇ! 俺は城門の前に立つとデュランダルを抜いた。分厚い門は木製で、両開きの扉をかんぬきで閉じるタイプだ。門を収納したり壊したりしたら防御力が落ちてしまう。となれば……


「おりゃっ!」


 俺は閉じた両開きの扉のど真ん中を縦に切り裂いた。少し門も傷ついてしまったが、俺の狙い通りかんぬきが真っ二つになった。これならかんぬきだけ取り換えれば元通りだ。そして俺は兵士が数人がかりで開け閉めする扉を蹴り開けると、町に向かって駆け出した。

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