第15話 絶望

 ゾンビに囲まれたテリブの町の暗い通りを俺は駆け抜ける。城壁の上には赤い点がいくつも動いている。兵士たちの持つ松明だろう。しかし通りはところどころ魔法の光を灯す街灯があるものの、辛うじて周囲に何があるかわかる程度の明るさしかなく、それ以外には何事かと様子を伺っている住民の開けた窓や扉から漏れる明かりしかない。


「みんな家から出るな! 戸や窓を閉めて騒ぎが収まるまで隠れろ!」


 俺はそういった人々に大声で呼びかけながら先へ進む。すれ違うものは誰もいなかった。町は不気味に静まり返っている。しかし町の中心近くまで来たとき、鳥の鳴き声のようなものが聞こえた。こんな時間に鳥?


 アァァァッ……!


 また聞こえた。もしかしてこれって悲鳴? 何かが倒れたり壊れるような音も聞こえてくる。


「助けてくれ!」


 男が一人、青ざめた顔でこちらへ走ってくる。


「おい、どうした?」


 おれはその男を捕まえて話しかけた。


「わ、わからねぇ! でもあちこちで悲鳴や物を壊す音が聞こえて……反乱かもしれねぇ!」


 どうやら何が起きているのかはわからないまま、とりあえず逃げているようだ。だが何かが起きていることは確かである。


「とにかく兵士を呼んできてくれ!」


 俺は男に言うと先へと進む。すると、明かりが漏れている家があった。入り口の扉が壊され、半開きになっていたのだ。その前に座り込んでいる人影が見えた。髪の長い女性のようだ。


「君、大丈夫……」


 俺はその女性の肩をゆすろうとして、直前で思いとどまる。


 その女性の衣服が血で赤く濡れていた。


 その女性……だったものは俺に気づくと顔を上げ、うめき声をあげながら立ち上がる。その首の肉は大きくえぐられ、赤い肉が露わになっていた。ゾンビだ! やっぱり町の中にいやがった! ゾンビの厄介なところは数がどんどん増えていくところだ。兵士が壁の防衛に集中している間に、町中でどれだけ増えているんだろう……


 俺はそのゾンビを収納すると辺りの様子を探るために耳を澄ます。ガンガンと音がしているのはゾンビが扉を壊そうとしているのか、それとも追われた人間が助けを求めて扉を叩いているのか。断続的に悲鳴も聞こえる。どうやら周囲一帯がゾンビに襲撃されているようだ。


 どうしよう。被害が拡大する前にゾンビを倒すべきか。不意打ちさえされなければ動きの遅いゾンビは簡単に収納できる。しかし暗くて人間かゾンビかの判別がつきづらい。それに色んな方向から同時に襲われれば対処しきれない。果たしてどれほどのゾンビが生まれているのかもわからない。ゾンビを倒すのは後回しにして先に兵士を呼びに行った方が安全だろうし、結果として被害は少なく済むだろう。俺は踵を返し、来た道を戻ろうとした。


「ぎゃああっ!」


 どこかで悲鳴が聞こえる。俺の足が一瞬止まった。今、助けに行けば悲鳴の主は助けられるかもしれない。俺は逡巡(しゅんじゅん)したが、再び兵士を呼びに駆け出そうとする。俺一人でゾンビを全滅させられるのならばいいが、俺が一人でちまちまやっているうちにどんどん被害が拡大してしまう恐れもある。


 そんなことを考えていると、前方の闇の中から人影がこちらへ走ってくるのが見えた。走れるということはゾンビではなく人間、方向からして兵士が駆けつけてくれたのだろう。


「お~い! こっちだ!」


 味方だと確信した俺は思わず笑みをこぼしながら人影に手を振る。しかし次の瞬間、その笑みが凍り付いた。


 その人影は人の身の丈ほどの高さを跳躍し、俺に襲い掛かってきたのだ。振り下ろされた何かを俺はデュランダルで受け止める。その攻撃はバイパーズのジルベルトの攻撃よりも早く、力強かった。その人影は空中でくるっと一回転すると、俺の背後に降り立つ。俺は振り向きながらデュランダルを振り回したが、人影は体操選手のように側転してそれをかわした。


 なんなんだこいつは!? 目を凝らして人影を観察する。服装は一般市民のような、麻で作られた簡素なシャツとズボンだ。しかし肌は青白く、やせ細りシワだらけになっている。このやせ細った体のどこにあんなパワーが秘められているのだろうか。瞳だけが赤く不気味に輝き、俺を睨んでいた。その手にはナイフ……いや、よく見ると拳から骨が30cmほど突き出していた。


 この風体と強さ……こいつがゾンビの親玉か!? いきなり襲われて心臓が止まるかと思ったが、向こうからやって来てくれたのなら探す手間が省けた。なんとかこいつを倒して俺のゾンビ化が止まることを願うしかない。


 ここはアレを使うか……!


 俺はデュランダルを鞘に戻し、戦いの構えを解いた。ゾンビの親玉が不思議そうに俺を見つめた……気がした。俺は両腕を肩の高さまで上げ、アイテムボックスから先日、武具屋で購入した新兵器を取り出した。それはクロスボウ――しかもすでに矢が装填された物だ。突然現れたクロスボウにゾンビの親玉の目が驚愕に見開かれた……気がした。しかし反応するよりも早く、俺はクロスボウの矢を解き放つ。その刹那、ゾンビの親玉の額に深々と矢が突き刺さった。クロスボウの威力に、ゾンビの親玉の体がのけぞる。


 ふふふ、やったぜ。作戦通りだ。俺は思わず笑みを浮かべた。しかしまたもや俺の笑みは凍り付いた。ゾンビの親玉はのけぞった体を戻すと、額に突き刺さった矢など意に返さず、再び俺に襲い掛かってきた。おいおい、ゾンビは頭を攻撃したら死んでくれないと!


 俺は咄嗟に無差別収納を発動した。クロスボウとゾンビの親玉が突き出した手が収納される。その断面から黒い血がどろりと流れ出した。だがゾンビの親玉はかまわずそのまま突進し、大口を開けて俺に噛みつこうとしてきた。ええい、また収納! 俺は無差別収納を発動する。ゾンビの親玉の頭が消えた。頭も腕も無くしたゾンビの親玉はそのまま走り続け、壁に激突して倒れる。しかし足でもがきながらなんとかして立ち上がろうとしていた。マジか、頭が無くなっても動き続けるのか!?


 俺はもがいているゾンビの親玉の体に近づき、収納した。俺は安堵のため息をつく。アイテムボックスを確認すると、「リビングデッドマスター」の胴体や頭が収納されていた。


 手強い敵だった。こいつが魔王軍四天王の一角、死者の軍団を率いる不死の王ってやつだろう。これでゾンビになった人たちもいくらかは元に戻るのだろうか。俺は自分の手の傷を見つめた。元々深い傷ではなかったため、傷はもう塞がっている。こんな傷でも本当にゾンビになってしまうんだろうか。


 気付けば周囲の悲鳴や騒音はほとんどなくなっていた。そして俺の周囲にゆっくりと近づいてくる人影がいくつもあった。生存者か? それともゾンビ? 俺は闇に目を凝らす。しかし俺の予想はどちらも外れていた。


 俺の周囲にある複数の人影。それは全てリビングデッドマスターだった……

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る