第16話 告白

 こ、これはまずい……俺は周囲を囲むリビングデッドマスターを見回しながら必死に考えを巡らせた。こいつらは一体一体が強い。それが周囲に10体ほど。赤い瞳で俺を睨んでいる。俺をけん制するかのように俺と距離を保ちながらゆっくりと歩いている。普通のゾンビなら俺を認識すると同時に襲い掛かってきた。


 もしかすると、こいつらには知能があるのか……?


 俺は「槍」を作り出す。相手が様子を見ているうちにこちらから仕掛けてやる。俺のスキルで作られた「槍」は視認することができない。相手がわからないうちに、取り囲んでいるこいつらを全員、真っ二つにしてやる……!


 俺は「槍」を振るう。相手は俺が何かをしようとしていることを察知し、後ろに飛んで距離を取ろうとする。くそ、こいつらやっぱり賢い! 最初に狙った一体だけは「槍」が当たって真っ二つになったが、他のリビングデッドマスターにはかわされてしまった。しかも「槍」の間合いを把握したようで、近寄って来なくなってしまった。俺の一回の攻撃を見ただけで学習しやがった。


 まあ、いい。近寄って来ないなら、あいつらも攻撃できないはずだ。そのうち兵士が駆けつけて、俺もお役御免になるはず……と、思っていたら――


 バリンッ!


「いたっ!」


 俺は突然、後頭部に衝撃を受ける。次いで何かがバサッと俺の肩に振りかかった。何事かと後頭部を触るとやたらザラザラしている。これは……土? 足元を見ると割れた植木鉢とむき出しのチューリップが足元に落ちていた。これは……


「うぉっ!」


 また何かが顔をかすめる。乾いた音を立てて、俺の後ろの家の壁に石が跳ね返った。こいつら、俺に近づくのは危険と判断して、手当たり次第に物を投げてるのか!? このままじゃなぶり殺しだ……


 俺は「槍」を発動し、囲みの一角に突進した。リビングデッドマスターが俺の攻撃範囲から逃れるために囲みが解かれる。俺はその穴を駆け抜け、リビングデッドマスターの包囲から逃げ出した。しかしリビングデッドマスターの動きは俊敏ですぐに俺を追いかけてくる。半分は屋根の上を飛び移りながら俺を追いかけてきた。そ、そんなのありかよ!


 俺は脇道に入った。5人ほどが並ぶのが精一杯の広さだ。この広さなら相手にするのは敵の半分だけで済む。ここで戦うべきか……と思っていたら、屋根の上から追いかけて来た敵の半分が俺の進行方向に飛び降り、俺の行く手を阻む。挟まれた……


 リビングデッドマスターはにじり寄り、間合いを図っている。あいつらの身体能力なら俺の「槍」の範囲外から、あっという間に飛び掛かって来れるだろう。俺の収納スキルの威力を知っているコイツらは、範囲外から攻撃するか、反撃されないうちに一気に飛び掛かって倒すしかない、そう考えるはず……


 俺は覚悟を決めた。首を左右に振りながら、道幅とリビングデッドマスターたちの動きを確認する。その時、俺の頭についていた土が目に入ってしまった……という演技をした。


「シャギャアァァッ!」


 リビングデッドマスターが叫び声をあげると、一斉に飛び掛かってきた。道の両側から、ムカつくくらいキレイに同じタイミングで。俺の隙を見逃さぬ、見事な動きだった。それが奴らの仇となった。


「グギャッ!?」


 ねっとりとした黒い血しぶきが飛び、俺の顔にかかった。ざまぁみろ。リビングデッドマスターたちは一匹残らず、俺の罠にかかった。


 馬防柵。この前、俺が森で作ったものだった。騎馬隊の突撃でも防げるよう作った頑丈な柵に、研ぎ澄ました杭をこれでもかとデコレーションした逸品だ。どこに置いても安定するよう、重りまでつけている。それをリビングデッドマスターたちが突進してくる瞬間にアイテムボックスから取り出し、俺の前後に置いたのである。一斉に来てくれないと学習されてしまうので、目に土が入った演技をしてリビングデッドマスターが飛び掛かりたくなるような一瞬を作り出したのであった。馬防柵に突き刺さったリビングデッドマスターはゴキブリホイホイにでも捕まったかのようにもがくだけだ。


 頭に杭が刺さっている者もいるが、やはり動きを止めない。化け物か。化け物だけど。俺はうごめいているリビングデッドマスターを全て収納し、大通りへと戻った。町には静けさが戻っている。ゾンビどもはだいぶ片付いたのだろうか。それとも生存者がいなくなったとか……? 嫌な考えが頭をよぎるが、とりあえず通りでもがいていた真っ二つになったリビングデッドマスターも収納した。俺が見たのはこれで全部だが、他にもまだいるかもしれない。


 俺は警戒しながら周囲を見て回る。すると誰かが倒れていた。木の枝を取り出してツンツンしてみるが、動く気配はなかった。調べてみるとゾンビ化した人間のようだった。他にも同じような死体を数体見かけた。なんで倒れてるんだろう。もしかして……


「コジマ様!」


 俺を呼ぶアストミアの声が聞こえた。何人かの兵士を連れ立って、こちらへ向かってくる。


「これはいったい……?」


「街中にもゾン……死者の軍団が放たれていたんだ。町を包囲してたのはこいつらに気付かせないための囮だったんだ」


 俺は驚いているアストミアに説明した。


「そうだったのですね……しかし町を囲んでいた死者たちも、さきほど急に力を失って一斉に倒れてしまったようです。


「そうか……どうやら元凶を倒せたみたいだ」


「元凶とは?」


 アストミアに聞かれ、俺は困った。ゾンビを操っていたと思われるリビングデッドマスターは俺のアイテムボックスの中だ。しかし口だけで「元凶を倒した」と言われても安心できないだろう。おれはしばらく迷ったが、アストミアに能力を打ち明けることにした。


「ちょっと内密な話なんだけど……」


 そう言って、アストミアを人気のない路地へ連れ出す。もっと違うシチュエーションだったら胸がドキドキしているだろう。いや、正直言うと戦いの興奮も手伝って今も若干ムラムラはしている。


「実は俺は物を一瞬で異空間に仕舞ったり、取り出したりできる能力があるんだ」


「あー、そうなんですね。安心しました。てっきり、今までの勇者様と違ってコジマ様は特殊能力をお持ちでないのかと……」


 ……勇者って、みんなスキル持ってたのか。まあ、そりゃそうだよな。


「……ちなみに、今までの勇者は能力を?」


「言い伝えですと、炎を操ったり雷を操ったり、魔獣を手なずけて言いなりにしたり……」


 俺もそういうやつが欲しかったんですけど。


「まあ、いいや。とにかく、どうやらこいつが死者を操っていたみたいだ」


 俺は意気消沈しながらも、リビングデッドマスターを取り出してアストミアに見せた。途端に、離れたところから兵士の叫び声が聞こえた。


「お、おい、死者がまた動き出したぞ!」


「まずい、外に出すとゾンビが復活するのか!」


 俺は慌ててリビングデッドマスターを収納した。


「俺が異空間に閉じ込めている間は死者を操る力を失うようです。いまのうちに死者たちを火葬して弔ってください」


「わ、わかりました!」


 アストミアが俺の話を聞いて走り出す。今後どうなるかはわからない。しかしとりあえずはこの町を救えたようだ。「勇者様」としての大役を果たせた気がして、俺は疲労感と安堵感に包まれた。

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