第13話 死

 次の日、俺はクエストの目的地である村に向かっていた。そこは数件ほどの集落で、牧畜を生業としているらしい。そこで飼っていた牛が最近襲われてたため、その犯人を退治するのが今回のクエストである。途中にある森で俺はまた何か収納しておいた方がいいものがないか探してみた。


 ちなみに空気を収納できるか試してみたが、出来なかった……本当のことを言うと、宿の部屋でオナラをしたら臭かったので収納で臭いを消せないかと試したのだが、できなかった。気体やウィルス、花粉、ホコリといった実体がない物や小さすぎる物は収納できないらしい。なので酸素を収納し続けて辺りの生物を酸欠にする、とかはできない。まあそんなことしたら自分も酸欠になるのだが。


 確かにそういうものが収納出来たら、収納するたびに巻き込まれてしまうのでキリがない。俺のやり方が悪いだけで、実際は出来るのかもしれないが……でも溺れそうなときに空気とか出せたらいいよなぁ。まあ、そんな状況にならないか。収納したものが真空状態になっているわけでもないので、何かに取り込まれていたり、包まれていれば収納できるのだろうか。そのうち試してみるか。


 俺はまた木材を作るために木を収納する。そしてまた取り出した後、無差別収納で枝を取り皮を剝ぎ……こっからが難しいんだよなぁ……俺は腰に差したデュランダルを見つめる。これでスパスパ切れたりしないだろうか……俺は試しに切ってみる。おお、なんだ、切れるじゃん! デュランダルの前では大木もゴボウくらいの硬さに過ぎなかった。


 出来た木材を組み合わせてと……ふむ。不格好だが、まあいいだろう。俺は作ったものを収納した。さらに木を収納して行って、何個か同じものを作る。これくらいあればいいか。あればあるだけいいんだけど……


 途中で一回野宿を挟み、さらに村へと向かって歩く。昼頃には着くと聞いていたが、周りに村らしきものは見えなかった。まだ先なのか、道を間違えたのか、どっちだ……? レベルアップしたこともあり、俺は体力が一般人よりあるはずだ。となると歩くスピードは速いはずだから、あるとすれば道を間違えたか……


 しばらく戻ってそれっぽい分かれ道を違う方へ進む。すっかり日が暮れてしまった。まだ遠くの山が裏側から太陽に赤く照らされており、その光がぼんやりと辺りを照らしてはいるものの、空には星が瞬き始めている。急がないともう一晩野宿だぞ。そう思っていると、暗闇の中に家々の屋根らしき影が見えた。あれか!


 風に乗って異臭も漂っている。家畜の糞の匂いか、それとも殺された家畜が腐っているんだろうか。俺は鼻を押さえながら村へ近づいた。それにしても田舎の村は夜になるとこんなに暗いのだろうか。家からもまったく明かりが漏れてないのは気になるが……


 村に足を踏み入れる。異臭は強くなり、相変わらず明かりはない。もしかして家畜を放ってみんな逃げたのか?


 そんなことを考えたが、暗闇の中、村の中心の空き地でしゃがんでいる人々を見つけた。人々は何かを囲むようにしゃがんでいる。人々の真ん中には虫の息で、苦しげにうめく牛が倒れていた。なるほど、獣に襲われた牛をみんなで看病しているのか。


「あの~、冒険者ギルドから依頼を見てきた者なんですけど……」


 俺は村人たちに話しかけた。その直後、俺は己の迂闊さを呪った。もう少し慎重に考え、様子を見ていればこんなことは防げたはずだった。


「グゥゥゥ……ッ!」


「え?」


 振りむいた村人の顔。それはすでに生者のものではなかった。目は濁り、青ざめた肌はすでに血が通っていないことを表している。首筋の肉はごっそりと無くなって、黒く固まった血が傷口周りに付着していた。


 ゾ、ゾンビだ! 俺の声に反応し、一斉に村人……いや、元村人たちが俺に飛び掛かってきた。


「ぐっ!」


 咄嗟に後ろに飛び、押し倒されることは免れたものの、一匹のゾンビの歯が俺の手の甲をかすめ、少し肉を持っていかれてしまった。


 ゾンビたちはさらに飢えを満たそうと俺に向かってくる。その口の周りは先ほどの牛の血で汚れていた。村人たちは牛の看病をしていたのではなく、牛を食べていたのだ。


 落ち着け、数は多いが動きはそこまで早くない。囲まれなければ大丈夫だ……


 俺は一体一体ゾンビを収納して行く。ほどなくして村には静寂が戻った。これはいったい……俺はアイテムボックスを確認する。アイテム欄にはゾンビではなく「リビングデッドスレイブ」と書かれている。スレイブって何だ……? まあいいや、今後ともこいつらのことはゾンビと呼ぼう。


 それにしても……俺は手にできた傷口を見て途方に暮れる。ゾンビと言えば、噛まれたら感染するよなぁ……掠っただけなら大丈夫だろうか。念のため、傷口を炙ったり、手を切り落とすか……いやいや、そんなの怖すぎる! 無理だ……


 ひとしきり悩んだが、この世界には治療魔法もある。もしかしたら簡単に治せるかもしれない。まず村人がゾンビになっていたことを報告し、俺が噛まれたのは伏せたまま、それとなく治療が可能なのか聞いてみよう。よし、そうしよう!




 次の日の夕方、俺はテリブへと戻っていた。道さえ迷わなければ、俺のいまの脚力であれば早かった。町の手前でゾンビの一匹を取り出し、麻袋に詰めてある。まだ生きている(?)ため、動いて気持ち悪い。門番には特に何も言われなかった。動物を生け捕りにするクエストもあるので、それほど珍しいことではないのだろう。


「な、なんと! そんなことが……」


 俺の報告を聞いた王様は唖然とした。ただちに緊急会議が開かれる。アストミアや俺もそこに出席していた。さらに伝令が神殿へ派遣され、治療魔法に精通した神官を呼んでくることになっている。


 俺はまず連れてきたゾンビを貴族たちに披露する。ロープで動けないように縛ってあるが、ゾンビは誰かに噛みつこうと唸り声をあげていた。


「なんだこの禍々しい生き物は!」


「お、恐ろしい……」


 周囲から悲鳴にも似た驚きの声が上がる。


「間違いありません。これは魔王四軍のひとつ死者の軍団の仕業でしょう」


 アストミアの言葉に室内にざわめきが広がる。


「なんということだ……」


「おしまいだ!」


 貴族たちは絶望しているようだった。


「その……死者の軍団って?」


 俺は場の空気を遮っておそるおそる尋ねた。


「死者の軍団は魔王四天王の一人、不死の王に率いられた軍勢です。私も伝承だけで、実際に目にするのは初めてですが……彼らは文字通り死者の軍団。倒した敵をも自分たちの軍勢に加え、放っておけば世界中を埋め尽くすほどの大軍になってしまうと言われています」


 アストミアの説明に俺は冷や汗を流す。ゾンビだけでも厄介なのに、それが誰かに率いられて軍になってるだなんて……


 その時、息を切らせて会議の場に入ってくるものがいた。伝令に呼びに行かせていた神官のようだ。その中年の男性神官は部屋の真ん中で悶えているゾンビを見てぎょっとした。


「おお、神官殿! ご覧の通り、不浄の者が領内で暴れているようなのです。どうか知恵をお借りした」


 王様が神官に話しかける。神官は汗を拭きながらゾンビを見つめた。


「いやはや、これはなんとも……どうやら負の魔力で動いているようですな」


「負の魔力ですと?」


「はい。何者かから体に負の魔力を送り込まれ、それが徐々に体内の正の魔力を負の魔力に置き換えて支配してしまうのでしょう。伝承通りであれば、負の魔力に支配されたものが他者に負の魔力を送り込めば、そのものもまた負の魔力に支配される……そうして死者の軍団はその数を増やすのでしょう」


「な、何か対策は?」


「う~む……増える前に潰していくしか……あるいは、負の魔力を送り込んでいる根源があるのであれば、それを破壊すれば……」


「あ、あの、ちょっといいですか?」


 俺は王様と神官の会話に割り込んだ。無礼かもしれないが、急いで確認しなければならないことがある。


「ゾンビになった者を治療する方法は何かないのですか?」


 そう、俺は噛まれている。その負の魔力とやらを送り込まれているのだ。


「この者は肉体的にも死に至るダメージを受けております。治療はできません」


「いや、もしまだ生きている状態で、ちょっとだけ噛まれてまだ負の魔力に支配されていない状態だったら?」


 俺はやたら具体的に尋ねた。


「そういう者を多数集めて研究してみなければわかりませんが……いや、しかし研究している間に支配されてしまうでしょうし、情けをかければその者が人を襲い、被害が拡大してしまう。人間であるうちにトドメをさしてあげるのがせめてもの情けでしょう」


「そ、そうですか……」


 俺は肩を落とした。このまま俺もゾンビになるしかないのか……


「急いで周囲の村に遣いを出し、避難させなければなりません。もしスノーデンが死者の軍団に襲われ壊滅したのであれば、大量の死者の軍団が我が王国に向かっているかもしれません。もしかするとスノーデン側の村々が他にも襲われている可能性もあります」


 アストミアが地図を指さしながらテキパキと指示を出す。にわかに城内があわただしくなった。その時――


「た、大変です! 大量の死者が町を囲んでいます!」


 飛び込んできた伝令が会議室の喧騒を打ち破るほどの大声で叫んだ。その声が岩壁に染み入るのを待つかのように会議室が静寂に包まれる。


 事態は予想を遥かに上回っていたのだ。悪い方向に。

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