第12話 勇者初日
窓から差し込む優しい日光が俺を静かに揺り起こす。目を覚ました俺は窓辺に近付き町を見渡した。物売りの男の大声。おしゃべりに夢中な奥様方の笑い声。その間を駆け抜ける子供たちの歓声。青い空に包み込まれた平和な日常。危険な魔物たちから、この光景を俺が守らなければならない。なぜなら俺は勇者なのだから……
などと格好をつけてみたが、ここはいつもの宿屋の部屋で、窓も裏路地に面しているためほとんど街の景色なんて見えていなかった。
勇者というのはあくまでも名誉職で、爵位などを得られるわけではない。城に部屋をもらうとすれば下士官用の部屋に住ませてもらえるということだったのだが、六畳一間くらいの居心地の悪そうな部屋だった。一般兵用は四畳くらいでそれよりはマシなのだが、それだったら慣れた宿屋の方がいいということで俺はまたいつもの宿屋にお世話になっている。
ちなみに「要らぬ不安を国民に与えないように」とのことで、国民や一般兵には魔王軍のことやスノーデンのこと、俺が勇者になったことなどは機密になっている。なので宿では相変わらず駆け出し冒険者として扱われている。
俺は支度金として金貨10枚を王様からもらっていた。また月金貨3枚の給金をもらえるらしい。一般兵の給料が月金貨1枚なのだとか。う、う~ん、多いのか少ないのか……
また、採取していた食材関連を売って合計で金貨1枚ほどの収入を得ていた。いまの有り金は金貨12枚ちょっと。まあこの間まで銀貨1枚の収入で喜んでいたんだから、だいぶ財布は楽になった。
とりあえず勇者としての活動はまだなかった。王様としてはスノーデンの様子が気になるらしいが、偵察を出そうにも騎士団が壊滅したばかりで兵がおらず、現在軍の再編と兵士の募集を行っているらしい。
そういうわけで俺は良くも悪くもいつもの日常を過ごしている。やってみたいことがあるので冒険者ギルドにでも行くか。
冒険者ギルドに入ると、俺の顔を見た美人の受付嬢がすっ飛んできた。
「これはこれはコジマ様。このたびは御出世されたそうで、おめでとうございます」
初日に来た時と同様、ニコニコ営業スマイルで俺を迎えてくれた。俺とバイパーズのリーダー、ジルベルトが決闘することが決まった場所が冒険者ギルドであることもあり、ギルド員の間では俺が勇者になったことはバレているようだ。とはいっても窓口での対応が若干、丁寧になったくらいで特に変わったことはないのだが。
「そう言えばコジマ様。採取クエストで一定の功績をお上げになられましたので、コジマ様の冒険者ランクがEとなりました。どうぞこちらと現在のタグをお付け替えください」
俺は受付嬢からEランクの冒険者タグを受け取り、首にかけていたFランクのタグを返却した。勇者なのにやっとEランクか……だがこれで戦闘の恐れがあるクエストも受けられるようになった。レベルも上がったし、徐々に力試ししてみてもいいかな……
装備を買うために俺は奥へと進む。途中でセクシーマッサージ店の前を通った。壁には「本日のオススメ!」と書かれたチラシが貼られている。ほう、どれどれ……「ぽっちゃりミノタウロスの暴れん坊逆ロデオ」……う~ん、今日じゃないな。
俺が違うオススメの日に出直そうとしたその時……
ドンッ!
「いてぇ、てめぇ! どこに目を……」
セクシーマッサージ店の入り口の暖簾をくぐって出て来たジルベルトと肩がぶつかった。ジルベルトは威勢よく俺に掴みかかろうとしてきたが、相手が俺だとわかると急停止した。
「コ、コジマさんじゃないですか。先日はどうも……」
ジルベルトはペコペコし出す。
「……なんか用?」
俺は出来るだけ凄んで言って見せた。全然迫力はなかったが、俺の強さを身に染みて知っているジルベルトは青ざめた。
「い、いえ! それじゃあ、ごきげんよう!」
ジルベルトはそう言うと駆け足で逃げ出した。
「情けないねぇ。自分より強い相手にはアレだよ。コジマさん、どうだい? 安くしておくよ」
背後で声がした。振り向くと、店から出て来たらしい「ぽっちゃりミノタウロス」と思われる巨体が立っていた。
「い、いえ、自分には使命がありますので、今日のところは!」
俺は逃げるようにその場を去った。な、なにあれ? 魔王軍四天王のジャバックよりよっぽど強そうなんですけど! ジルベルトあれとヤったの? 俺よりよっぽど勇者だよ!
武具屋に行くと親父が満面の笑みで俺を出迎えた。
「これはこれはコジマ様! ようこそおいでくださいました!」
俺が金がないとわかったときとは全然態度が違う……さすが商売人だ。どうしよう、少しは勇者らしく鎧もいいやつにしようか。
「手ごろな鎧ある?」
「もちろんですとも! こちら最高級モデルになっておりまして、魔法が込められた鎧になっております!」
「おお、なんかすごそう!」
「こちらの鎧はパワーバイザーになっており、ボタンを押すだけでヘルメットのバイザーが自動的に上げ下げできます。さらにこの自動演奏ボタンを押していただくと、背中に背負った各種楽器が勝手に好きな曲を演奏……」
「いや、そういうのが欲しいわけではなくて……」
魔法の鎧って言うからどんなのかと思ったら、昔の車のオプションみたいなのが付いてるだけだった。まあしかし戦闘してない時間の方が圧倒的に長いわけだから、鎧にそういう機能があったら便利なのかもしれないが……
結局俺は革鎧を薄い金属板で補強したブレストプレート一式を金貨2枚で購入した。やはり金属鎧になると格好良さが全然違う。それと俺は残った金で目当ての物をできるだけ買った。この前、買えなかった傷薬も3本ほど買ってみた。こうなるとアレもあると便利だよな……でもあんなの個人で買えないし……まあ本格的に勇者として実績を上げたら王様にお願いしてみよう。
ちなみに金属鎧保険というのがあって、入ると購入後一年間はサイズの調整や歪んだ金属板の補修などのサービスが無料で受けられるらしい。眼鏡屋のサービスみたいだ。この調子だとポイントカードまでありそうだな。
「ところでお客様、当店のポイントカードはお持ちですか?」
あんのかい! ていうかなんで前回聞かなかったんだよ! 俺が二度と来なそうって思ったのか、失礼な!
装備を整えた俺はクエストの掲示板を見てみた。何か弱そうな敵が相手のクエストはないだろうか。ゴブリン退治……あいつら結構、怖い顔してるんだよなぁ。スライム退治……ドラクエタイプならいいんだけど、リアルタイプだと嫌だなぁ。牧場を襲う野獣退治……これ狼かな? それなら勝手もしっているしどうになかりそうだ。上手く捌けば毛皮もけっこうな値段になる。これにしよう。「推奨・Eランク3~4人」と書かれてるけどなんとかなるだろう。
俺は窓口でこのクエストを受けることを告げた。
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