第29話 毒ガス
「キケッー! キケーッ!」
俺の肩でキケンムシが鳴き始めた。めちゃくちゃうるさい……肩に乗せたのは失敗だったな……
キケンムシがいなくてもわかるほど、俺たちの前には危なそうな煙が立ち込めていた。地面のところどころが毒々しい色に変色し、煙が噴き出している。日本の温泉地に似ていた。火山地帯だし、実際同じような地質なのかもしれない。
「これじゃ進めないなぁ……」
「私に任せてください」
リッチは両手のひらでなにかをすくうように前に差し出す。
「闇を見通す者……漆黒の賢者よ……我が呼びかけに応じよ……!」
リッチの差し出した手のひらの上に、光を呑み込む黒い球状の空間が出現する。そこからなにかが立て続けに飛び出した。
「カラス……?」
それは見た目はカラスにソックリだったが、ワシくらい大きな鳥だった。
「レイブンイレブンです」
「レイブン……イレブン?」
そのデカガラスはニ十匹ほどいるように見える。彼らが羽ばたくと強力な風が巻き起こり、立ち込める煙を吹き飛ばした。
「……なんか半分くらいしか働いてない気がするんだけど」
レイブンたちは十匹ほどが羽ばたき、煙を吹き飛ばしているが、残りは少し外れたところの地面に降りその作業を見守っているだけだった。
「あっちはベンチメンバーですね」
「そ、そうなんだ……」
あまり深く考えるのはやめておこう。俺はレイブンのおかげで通れるようになった土地に足を踏み入れた。地面に空いた穴からは煙が噴き出しており、レイブンがいなければたちまち有毒な煙に包まれてしまうだろう。早くこんな場所は通り過ぎないと……
そう思って速足で歩いていた時だった。巨大な黒い影が飛び出し、何かが一閃する。
「ギャーーァッ!」
悲鳴が上がり、空中にレイブンの羽が舞い散る。二匹のレイブンが力なく地面に落ちた。その姿はまもなく地面に染み込むようにかき消えてしまう。
「な、なんだ!?」
俺はレイブンを襲った巨大な影を確かめた。銀色の体毛に覆われた、筋肉質な体。デカイ。3mはあるだろうか。それは二本足で立つ狼のような生物。獣人とか狼男とか呼ばれるような類のやつだ。鋭い爪が黒く塗れている。先ほどレイブンを襲った凶器なのだろう。そいつは凶悪な顔で俺を睨んでいた。口に収まり切れない犬歯から涎が垂れている。
「ケルベロス!」
リッチが叫んだ。ケルベロス……リッチを魔王軍から追い出したとか言うやつか。
「久し振りだな、リッチ。人間側についたと聞いていたが、本当だったのか。四天王の面汚しが!」
ケルベロスは俺を睨んだままリッチにしゃべりかける。
「コジマ様にお仕えしたのはあなたに魔王軍を追い出された後。私に四天王として振舞えと言うならば、追い出さなければ良かったでしょう?」
「ふん、口の減らねぇ女だ」
ケルベロスは鼻を鳴らした。
「それで、こいつがジャバックを倒した男か?」
ケルベロスは俺の腰にあるデユランダルに目をやった。
「こんなちっこいのがあの最強のジャバックを倒したとは信じられんが……おかげで俺が四天王の中で最強になれたぜ。まあ、今じゃ四天王も俺一人になっちまったがな」
こいつ、めちゃくちゃ強そうだけど、ジャバックってこいつより強かったの……? てっきりジャバックは四天王の中では最弱、みたいなポジションかと思ってたんだけど……
「俺は獣王ケルベロス。いまや魔王軍最強はこの俺だ」
ケルベロスは胸板を叩いてアピールした。
「不意打ちとは卑怯なんじゃないか? ジャバックはもっと堂々と戦っていたぜ」
俺はダメもとでケルベロスを挑発してみる。うまくジャバックの時のように、先制攻撃させてくれないだろうか。
「ジャバックに勝つような男がこの程度で騒ぐなよ。どうせ何か汚い手を使ってまぐれで勝ったんだろう?」
うっ……図星を突かれ、俺は黙り込む。
「だいたい、ジャバックは自分の強さのみを追及していた。上に立つには俺のように策略も必要なのさ。来い、お前ら!」
ケルベロスの呼びかけで、十体ほどの新しい影が現れる。それはケルベロスと同じく狼男のような獣人たちだった。ケルベロスほどではないが全員が2mほどのガタイで凶悪な顔をしている。獣人たちはレイブンに襲い掛かった。
「お前はこんな毒ガス程度で死んじまうんだろう? 早く俺を倒さないと、カラスたちが死んじまうぜ!」
こ、こいつ……脳筋キャラのくせに頭が回る……レイブンたちは煙を追い払いながら必死に抵抗しているが、数匹が獣人の爪によって倒されてしまった。倒れたレイブンの代わりに何もしていなかったベンチメンバーのレイブンが入ってくれている。なるほど、そういうシステムなのか……
とにかくレイブンたちが倒される前に、俺はケルベロスを倒さなくてはいけないようだ。相手がどれだけ強かろうが、手を近づけれさえすれば俺の勝ちだ。
「収納!」
俺はケルベロスを収納しようと手を伸ばす。
ガキッ!
「痛っ!」
しかし俺の伸ばした手はケルベロスの爪で思いっきり振り払われた。肩から腕がもげるかと思うような衝撃が俺を襲う。
「何かしようとしたようだが……そんなスピードじゃ無理だぜ」
ケルベロスが余裕の笑みを浮かべる。
やばい、反射神経も力もこいつは段違いだ……俺は冷や汗を垂らし、ケルベロスを睨みつけた。
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