第30話 助っ人
俺は地面から有毒な煙が噴き出す荒野で四天王の最後の一角、ケルベロスと対峙していた。周囲ではリッチが呼び出してくれたレイブンイレブンとケルベロスの部下である獣人が戦っている。レイブンイレブンはその多きは羽で有毒な煙を散らしてくれているが、獣人の攻撃で徐々にその数を減らしていた。リッチは召喚魔法や相手を死者の軍団にする使役魔法は得意だが、直接攻撃するような魔法は苦手だ。レイブンイレブンがやられてしまう前に俺がケルベロスを倒さないと、俺は毒の煙で死んでしまう。
ケルベロスは確かに強いが、一撃当てられれば俺の勝ちだ。俺は集中して「壁」を作り、ケルベロスが突撃してくるのを待った。
「何をしている。攻撃してこないつもりか?」
ケルベロスは訝しむ表情で言った。
「ふん、来てみろよ。お前なんか一撃で倒してやる」
俺は挑発し、ケルベロスを睨みつける。
……そして、しばし時が流れた。
「……なんで来ないんだよ!」
俺はしびれを切らして叫ぶ。さらに数匹のレイブンイレブンが倒され、すでにベンチメンバーはいなくなっていた。
「あのカラスが死ねばどうせお前は死ぬんだ。別にこちらから攻めてやる義理は無かろう」
ケルベロスが鼻をひくつかせながら言う。く、くそう、この野郎……強者のくせに、戦い方に流儀とか誇りとかそんなものない。ひたすら勝つことにこだわった厄介なやつだぜ……
このまま待っていても奴の言う通り負けるだけだ。こっちから攻めるしかない。
俺は「壁」をやめて、2mほどの棒状の無差別収納空間である「槍」を作り出した。透明だから見えないし、臭いもないのであいつの鼻が犬みたいに聞いたとしても察知することは不可能なはずだ。
「くらえ!」
俺は「槍」でケルベロスを薙ぎ払おうとする。
「おっと」
しかしケルベロスはひょいっとかわした。
「な、なんで……!?」
あっさりかわされてしまったことに俺は驚きの声を上げる。
「ふん、遅いな」
ケルベロスが鼻で笑う。くそ、もう一回!
しかし俺の「槍」は空を切った。
「なんでわかるんだ?」
「ふん、そんな大きなモーションで攻撃すればそりゃわかるさ。なるほどな、見えない武器を使っているのか。そんな卑怯な武器でジャバックを倒したということか……」
実際はもっと卑怯な勝ち方をしているのだが、いまはそんなことどうでもいい。薙ぎ払いではモーションが大きすぎるようだ。俺は「槍」でケルベロスを突いてみたが、小さく身を捻るだけでかわされてしまった。
俺は戦い方なんて習っていない素人だ。レベルが上がってもケルベロスのような強者の前では元の強さが如実に表れてしまう。
「つまらんな……ジャバックを倒したという強者を狡猾に倒してみたかったのに……おまえもこっち側だったか」
勝手に卑怯なお仲間認定されてしまった。お前の願望なんかしらねーつーの。
しかしどうやら俺の攻撃はそのモーションを読まれ、かわされてしまうようだ。だが武器自体が知覚できているわけではないらしい。ということはやつが想像もできないような形の収納空間を作れれば……?
俺は手を突き出し、収納空間を思い浮かべる……しかし、想像もできないような形ってなんだ? そもそも「壁」や「槍」みたいに単純な形でも練習が必要だったのに、そんな複雑な形が作れるのだろうか。
ザッ!
そのとき、大量の砂や小石が俺に降りかかった。目にも少し砂が入ってしまう。
「うわっ!」
「レイブン!」
視界を奪われた俺の耳にリッチの声が聞こえる。直後、衝撃が俺の体を襲った。俺は吹っ飛ばされ、転がりながらもなんとか体制を整える。
「ちっ、邪魔するなリッチ!」
痛む目をなんとか開くと、滲む視界にケルベロスがいた。周囲には黒い何かが舞い散っている。どうやら俺が攻撃される瞬間にリッチがレイブンで邪魔をしてくれたようだ。
「コジマ様、大丈夫ですか!」
「な、なんとか……」
なるほど、俺が見えない防御壁を張っているのではないかと思い、それを確かめるために足で砂をかけて来たのか。目潰しもかねて。これをやられると「壁」を作っていてもバレてしまう……
「やれやれ、弱いうえに引き出しも少ねぇな。多少、頑丈なようだが……」
ケルベロスが呆れたように言った。ちくしょう……収納がダメなら取り出しか? しかしリビングデッドマスターを倒した防御柵も、こいつの力の前では紙切れのように壊されてしまうだろう。しかもこいつは慎重で、迂闊には飛び込んでこない。クロスボウはどうだ? だが当たったところでこいつの分厚い毛皮を貫けるのだろうか……
俺が物を取り出せることを知られてしまったら、それも警戒されてしまう。何か一撃で倒せるものを……俺はアイテムボックスの中身を思い出しながら考えを巡らせた。
待てよ……あれなら……向きはどうだっけ……
「お遊びは終わりだ!」
ケルベロスが身構え、俺に向かって突進してくる気配を見せる。
「そいつはどうかな!」
俺はケルベロスに向かって手を突き出した。
「何度やっても同じだ!」
ケルベロスはそれが「槍」だと思い、身を捻ってかわそうとする。ケルベロスが避けたところを狙って、俺はそれを取り出した。
「バ、バカなっ!」
ケルベロスの悲鳴にも似た声が辺りに響き渡る。
「どうしておまえが……」
しかしケルベロスは最後まで言葉を発することが出来ず、全身が氷に包まれた。
「……ふぇ?」
突き出した腕が当たって氷漬けになったケルベロスを、氷の女王フローゼンは間の抜けた表情で見つめる。その目の前で、バランス取れないケルベロスの氷の体はゆっくりと倒れ、地面にぶつかると粉々になった。
「流石です、コジマ様!」
リッチが歓喜の声を上げる。
「いやぁ、助かったよ、フローゼン」
「え? な、なにがどうなっておりますの?」
フローゼンは慌てた顔で周囲を見回す。俺に収納される直前、フローゼンは俺を凍らせようと手を伸ばしていた。そして収納空間の中では時が止まっている。俺が取り出したのはその、目の前の相手を凍らせようとしているフローゼンだった。
「こ、これは一体……!?」
フローゼンは地熱で徐々に溶け出すケルベロスの破片を茫然と見つめる。
「君が味方になってくれて嬉しいよ、フローゼン」
俺は意地の悪い笑みを浮かべて話しかける。
「ケ、ケルベロス様が……」
「フローゼン様が裏切ったぞ!」
残された獣人たちがそう叫びながらパニックに陥った。
「そ、そんな……ありえませんわ……」
フローゼンはようやく自分が窮地に落とされたことに気づいたのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます