第31話 策略
ケルベロスを倒されたことで獣人たちは逃げ去り、俺たちは無事毒ガス地帯を抜けた。肩に乗っていたキケンムシは戦っているうちに逃げてしまったようだ。新しいキケンムシを呼び出して肩に乗せておく。
問題は……俺はリッチと歩いているフローゼンを見つめた。
「ど、どうしてわたくしがこんなことに……」
フローゼンはさっきからずっとブツブツと文句を言っている。しかしフローゼンの氷霞や、手で触れた相手を凍らせる能力は強力だ。なんとか仲間にできないものだろうか。
「まあ、獣人たちにケロべロスを倒すところを見られちゃったからね。すぐに魔王様とやらに報告が行っちゃうでしょ。諦めて俺たちと組もうよ。力を合わせれば魔王だって倒せるさ」
俺はフローゼンの説得を試みる。だが返ってきたのは侮蔑と落胆のため息だった。
「これですからおバカは困りますわ。魔王様は混沌の存在、千変万化の能力をお持ちになる至高の存在。それを倒そうなんて、おバカにおバカを混ぜておバカを塗って焼いたものにおバカをふりかけたような発想ですわ」
よくわからないが、とにかく俺はバカげたことを言ったらしい。
「せんぺんばんか?」
俺は聞きなれぬ単語を漢字すらわからず聞き返した。
「つまり状況に応じて自らの体を変化させる能力ですわ。物理攻撃だろうと魔法攻撃だろうと、魔王様は肉体を変化させることで無効化してしまいますの。そして仮に肉体のほとんどを失うような攻撃を受けたとしても、わずかに残った部分から再生することが可能ですわ。エレガントでゴージャスでセンセーショナルなお力、魔王様にふさわしい能力ですわ」
「な、なるほど……でも昔、魔王を倒した勇者もいるんだよね?」
「わたくしが魔王軍に入る前の話なのでよく存じませんが、精神支配系の能力を持った勇者だったようですわ。肉体を自在に変化させられる魔王様も、さすがに精神は変化させられなかったようですわ」
フローゼンは眉間にしわを寄せて小さく首を振った。
「精神支配……例えばリッチなら魔王をリビングデッドマスターにして支配できる?」
「無理ですね。リビングデッドマスターにするには相手を私の魔力で支配しなければいけません。私より魔力が勝っている魔王様を支配することはできません」
「そうなのか……」
覚悟はしていたものの、改めて魔王の強さに俺は唸る。
「おわかりになりましたでしょ? あなた方がそれだけ足掻こうが、魔王様に勝てるわけがありませんわ。今からでも魔王様に服従を誓うのなら、わたくしが話をしてあげないこともないですわよ? オーッホッホッホッ!」
フローゼンが勝ち誇って笑う。
「そんなことはありません。コジマ様のお力は一撃必殺。魔王様が肉体を変化させて対応する間もなく倒せるはずです」
リッチはそんなフローゼンに反論する。
「ケルベロス程度に苦戦しているようでは魔王様に一撃加えることすらできませんわ。あなたとリッチ、二人で力を合わせようとも無駄ですわよ」
「じゃあ、三人なら?」
俺はフローゼンに尋ねる。
「じょ、冗談じゃありませんわ! どうしてこのわたくしがあなた方に協力しなければ……」
「だって、四天王のケルベロスを倒した上に、魔王の能力、それに弱点までベラベラと教えてくれたんだからさ。もう君は完全にこっち側でしょ」
「へ?」
フローゼンの目が点になる。
「お、おバカなことをおっしゃらないで!」
「ではこうしましょう、フローゼン様。魔王軍の中で劣等感を感じていたあなたが、今回の戦いを利用して邪魔者を排除し、魔王軍の中でのし上がろうとした。我々二人はその協力者です」
「な、何をデタラメを……!?」
「……そうですね、私も話を持ち掛けられた時は驚きましたが、こんなにうまく行くとは思いませんでした」
リッチも俺の意図を察したのか話を合わせてくれた。賢いなぁ……
「はぁっ!? そんな嘘をどこのどなたが信じますの!?」
「信じるでしょ。君が守っていたテトラ城は大量の兵に守られていたにもかかわらずたった数十人の兵に奪われ、君がケルベロスを倒したところも獣人に目撃されている。魔王軍内ではどうしてそんなことが起きたのか不思議がっているはずだ。君が裏切っていたとすれば納得できるストーリーが出来上がる。それが事実じゃなかったとしてもね」
「なっ……ばっ……がっ……」
フローゼンは何かを言おうとするが言葉にならず、口をパクパクさせているだけだった。いいぞ、もう一押しだ……!
「もちろん、魔王を倒せた暁には悪いようにはしないよ。新たに魔王領を統治する者も必要になるだろう。君になら任せられると思うんだけどなぁ……」
「わたくしが……魔王領を統治……?」
フローゼンの目の色が変わった。フローゼンはもともとそんなに強くなかったが努力によって四天王まで成り上がった。向上心があるに違いないし、話し方からしてプライドも高いに決まっている。高い地位を提示すれば喰いついてくるに違いないと思ったが、予想通りだ。
……もっとも、魔王領の統治者を任命する権限が俺に与えられるかどうかはわからないのだが。まあ功績を上げてるのだから王様に頼めばどうにかなるだろう。
「まあそれでも断るならしょうがないけど……でももし俺が魔王に勝っちゃったら大変だよ。せっかく四天王になったのに、一転して捕虜に転落……いや、下手すれば奴隷かなぁ」
「そ、それだけは絶対に嫌ですわ!」
フローゼンは悲鳴にも似た声を上げる。
「じゃあ、決まりね。一緒に頑張ろう」
俺は右手を差し出す。できるだけさわやかな笑みを浮かべたつもりだが、フローゼンからは悪魔の微笑みに見えただろう。
「うぐぬぬぬぬぬっ……」
フローゼンはしばらく唸ったあと、諦めたように俺の手を握った。
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