第28話 食物連鎖

「またこんな展開に……」


 俺は眼前に広がる光景を見て呟いた。黒くただれた一面の荒野。汗ばむほど暑いにも関わらず、風が吹くと身が凍るほど寒い。空には黒い雲に覆われ、俺たちにのしかかるような圧を感じた。


 ここは北に広がる魔王領。本来であれば雪に閉ざされるほど寒い地域なのだが、火山地帯にあるようで、地熱で雪が溶かされ生物が生きられる環境になっている。地表と空の温度差からか常に厚い雲に覆われ、強い風が吹いている。この世のものとは思えない異常な土地、それが魔王領であった。


「すごいところだなぁ……」


 俺はその光景を見て言葉を失っていた。


「全土がこうというわけではありません。地熱の弱い場所や外周部は過ごしやすく、多くの魔物はそこに住んでいます」


 リッチが俺に説明してくれた。


 ゴロゴロ……


 その時、空に閃光が走り、重い不穏な音が聞こえ始めた。


「またか……」


 俺は近くにある岩陰に腰掛ける。不通に座るとお尻が熱くなるのでマントを下に敷いた。


「おいで、リッチ」


「はい」


 リッチは俺の隣にちょこんと腰掛ける。そして俺は上に手を掲げ、薄く広範囲の収納空間「壁」を頭の上に作り出す。すぐに大粒の雨が雷の閃光を伴って降り始めた。ここは大気が不安定なせいか、頻繁にこのような雷雨が発生する。


 俺の作り出した「壁」は屋根となり、雨粒は収納され俺とリッチの体を濡らすことはない。俺とリッチはぼんやりと地面を打つ雨粒を眺めて天気が回復するのを待った。


 どうして俺とリッチが二人だけで魔王領にいるのか。それはただでさえ少ないルングーザの兵力がスノーデンを占領し続けるために使われているためだ。百人でスノーデンを落とすのも頭を悩ませたが、今回はもはや俺とリッチの二人だけなのだ。死者の軍団はルングーザ戦、スノーデン戦と囮として使われていたことでほぼほぼ使い物にならないくらい損傷していた。なのでリッチに魔力を戻したほうがいいだろうということで死者の軍団は解散となっている。リッチのことも俺はすでに信用していたので、魔力を返してあげても問題ないだろう。


 リビングデッドマスターとして働いていたガドランは前回頑張ったので、人間に戻してあげた。もう少し頑張ってもらおうかとも思ったが、人間に戻せる期間を過ぎてしまう恐れもあったので早めに開放してやったのだ。


 ただこれが予想外に功を奏した。ガドランはリビングデッドマスターにされたのが相当堪えたようで、なんならリビングデッドマスターの時よりも俺たちに忠実な下部しもべとなった。彼自身の戦闘力は落ちてしまったが、指揮官として降伏したスノーデン兵を取りまとめてくれている。降伏したとはいえ圧倒的に数で勝るスノーデン兵が大人しくしているのは彼の力によるところも大きい。


「ゲコゲコ……」


 どこからともなく何匹も巨大なカエルが現れた。雨が降ると現れ、空を見上げ大口を開けて水分を補給する。リッチが教えてくれたのだが、猫くらいの大きさのこのカエルは「甘ガエル」という名前らしくて、お尻から甘い分泌液を出す。これが甘いほどオスはメスにモテるらしい。甘ガエルの身も甘く、魔王領に住む者はおやつにする者もいるのだとか。


「シャギャ~~ッ!」


 突如、猛スピードで突進してきた長い影が甘カエルの一体を吞み込んだ。他の甘カエルは慌てて逃げ出す。長い影の正体はスクーターほどの大きさがある赤い蛇だった。「赤魔ムシ」という名のこの蛇には強い毒があり、魔王領に住む者にとっても危険な生物らしい。


「ピィィッ!」


 また巨大な影が空から舞い降り、クチバシで赤マムシを掴むと、一飲みにしてしまった。その体はフカフカな白い羽毛に覆われており、触り心地がよさそうだ。乗用車ほどの大きさのその白いまん丸の鳥は「シマエナーガ」という鳥だそうで、鳥にもかかわらず尻尾は蛇のようになっている。鳥に見えるがドラゴンの一種なのだそうだ。可愛い見た目に反して、北の空の支配者と恐れられるほど強い存在らしい。


 その食物連鎖の様子を俺とリッチは静かに眺めていた。最初は俺も慌てたが、リッチによるとこの地の生物は自分より強者に襲い掛かることはまずないそうだ。その強者が俺なのかリッチなのかはわからないが、やばそうな魔物がいても俺たちを襲ってくることはいまのところなかった。


 満足げな顔をしてシマエナーガが飛び去って行く。雨はいつのまにか止んでいた。


「さて、行こうか」


「はい」


 俺たちは立ち上がり、俺は下に敷いていたマントの土を払うと小さく巻いて収納した。


「ところでコジマ様、キケンムシはお持ちですか?」


「キケンムシ?」


 聞き覚えのあるワードだな。冒険者ギルドで買い取ってくれる品目の中にそんな虫がいたような……俺はアイテムボックスを確認する。大量のキケンムシが入っていた。森で無差別収納しているときに入ったのであろう。鈴虫のような姿をした虫だった。


 一匹取り出してみる。大人しい虫で、俺の手のひらで触覚を動かしてじっとしていた。


「これだよね?」


「はい。キケンムシは有害な気体を感知すると鳴いて仲間に知らせる習性があります。人間は鉱山などに連れていくそうです。魔王領にもこの先、毒ガスが発生する場所がありますので、その虫を取り出しておいたほうがよろしいかと。私には無害ですが、コジマ様には危険かもしれませんので」


「へぇ、そんな虫だったんだ……ありがとう、教えてくれて」


「いえいえ。コジマ様は私のご主人様ですから……」


 う~ん、いい子だな、リッチは。でもいつまでも俺の部下っていうのもかわいそうだ。魔王軍に勝ったら王様から褒美をもらってお別れかな。ちょっと寂しいけど……


 俺は肩にキケンムシを乗せてみる。元々大人しい虫なのか、急にわけのわからない土地に連れて来られて困惑しているのかわからないが、逃げたりせず俺の肩でじっとしていた。


「じゃあ、改めて……行こうか」


「はい」


 俺たちは魔王の城を目指して再び歩み始めた。

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