第18話 逆視点

 ひょんなことから魔王軍四天王の一角、不死の王のリッチを拾ってしまった俺は宿の部屋で固まっていた。俺をそうさせている張本人のリッチ――童話風の美少女が不思議そうに俺を見つめている。


「え~っと……君が死者の軍団を操ってたってこと?」


「ええ」


 リッチは当たり前といった顔でうなずいた。


「あの死者の軍団はどこから? ……というか誰から?」


「元はスノーデンの反対派の方々です」


「スノーデンの反対派? 魔王軍がスノーデンを征服したってこと?」


 俺の言葉にリッチは首をかしげる。


「……もしかしてご存じないのですか?」


「な、なにが?」


「スノーデンは共に世界征服を成し遂げようと、自ら魔王様に話を持ち掛け同盟したのです。反対派はその同盟に反対したスノーデンの人々です」


「は……?」


 俺はまたもや固まった。大国スノーデンと連絡が取れなくなっていると聞いていたが、陥落していたのではなく、敵になってたってこと……?


「そして途中の村々を襲いながらこの町を襲ったところ、なぜか失敗してしまったのです」


 リッチはしょんぼりしている。思わずヨシヨシと頭を撫でてあげたくなるが、この子が大勢の人間を殺してきたことは間違いないようだ。


「……どうして魔王軍は人間を殺すんだい?」


「どうしてって……そうしないと私たちが生きていけませんので……」


「それって……食料として人間を食べてるってこと?」


「違います。まあ、食べる者もいますが……昔から魔王領は人間の侵略に苦しんできました。スノーデン王の話では人間は増えすぎて、領土を得るために争っているらしいですね。それで共に世界を征服して争いを無くそうと、此度の同盟が成立しました」


 な、なるほど……歴史認識の違いってやつか。確かに一方的に話を聞いて魔王軍側が侵略してるって思い込んでたけど……


「君たちの言い分はわかった。ところで……この傷なんだけど」


 俺は手の甲の傷をリッチに見せた。


「死者の軍団に噛まれちゃったんだけど、負の魔力ってのを消すことはできるかい?」


「え……? 噛まれたのはいつですか?」


「数日前なんだけど」


「これは、まさか……!?」


 リッチは傷を見て驚いていた。


「負の魔力を送り込まれた者は、自身の正の魔力がどんどん負の魔力に転換されていき、個人差はあれど数時間で死者の軍団となります」


 リッチの説明を聞き、俺は安堵した。


「良かった……ということは、これはかすり傷だから負の魔力が送り込まれてなかったってことか」


「いえ、違います。微量ですが、負の魔力の痕跡が傷口から感じられます」


「えっ、じゃあなんで……?」


 俺の傷口を見つめ、しばらく考え込んだ末にリッチは口を開いた。


「考えられる理由はふたつです。コジマ様がそもそも負の魔力をお持ちであったか、もしくはコジマ様が一切の魔力をお持ちでないか……」


「あ……」


 後者の理由に関しては心当たりがある……俺はステータスを確認した。




小島修一 レベル51

HP 288

MP 102


ちから 80

素早さ 94

器用さ 67

魔力   0


スキル

無限収納(アイテムボックス)




 そう、俺はどれだけレベルが上がっても魔力がゼロだったのだ……心配して損した。ちなみに俺のステータス画面はどうやら他者に見えないようで、俺が目の前でステータスを確認していてもリッチは無反応だった。


「そういや俺、魔力ゼロだったわ。はは……」


 俺は照れ笑いをする。


「魔力がゼロ……昔、魔王様を脅かした異世界から来た者は魔力がゼロたっだと聞きます。なにやら魔法のない世界からやってきたのだとか……」


 リッチのつぶやきに俺は驚いた。そうか、魔法のない世界で生まれ育ったから魔力がゼロなのか! そして以前に魔王を倒したという勇者もまた異世界からやってきた……やっぱり異世界転移者が魔王を倒すというお約束が存在するのだろうか。


「ところで……魔力と言えば、私の魔力が戻らない原因を、コジマ様はなにかご存じですか?」


「え?」


 リッチの質問に俺は呆けた顔になる。そう言えば、そんな話してたな。


「何に魔力を使ったの?」


「何って……死者の軍団を作るのに魔力を使ったのですが……」


「なるほど……ん?」


 俺は何かが引っ掛かった。


「死者の軍団って……どうやって作るの?」


「死者の軍団は私が直接作るリビングデッドマスターと、そのマスターが作るリビングデッドスレイブに分かれます。マスターは私が多くの魔力を注ぎ込んで作る分、強力で知能も存在します。そのマスターは犠牲者に負の魔力を送り込むことで、その者をスレイブにします。スレイブはもともと犠牲者が持っている魔力を利用するため、マスターがスレイブを作るのにはほとんど魔力を消費しません。ただし犠牲者が相当な魔力をもっていない限りは動きも鈍く、知能もありません。また犠牲者の生体機能も利用するため、脳などが損傷を負えば機能を停止します。スレイブは自身を作ったマスターが操るので、マスターが倒されればそのマスターが作ったスレイブは動きを停止します」


 ふむふむ。話が見えて来たぞ……


「マスターがまだ稼働中なのであれば世界中どこにいても私が感知できるはずなのですが、まったく何も感じられません。マスターが倒されたのであればその分、私の魔力が回復するはずなのです。こんなことは初めてです」


 やっぱりそういうことか……


「ごめん、そのマスターってやつら……俺が持ってるわ」


「え? 持ってる?」


 俺はリビングデッドマスターを一匹取り出して見せた。


「きゃぁっ!」


 突然あらわれたリビングデッドマスターにリッチが驚いて悲鳴を上げた。リビングデッドマスターは一瞬、赤く光る眼でリッチを睨んだが、それが自分の主人であることに気づき、すぐに愛想笑いを浮かべた。ゾンビも愛想笑いするんだ……


「これはいったい……!?」


「実は俺、物体を瞬時にしまったり取り出したり出来るんだ。君の魔力が戻らないのは、俺がマスターを異次元にしまっているせいだね」


「そ、そんなことが!?」


 リッチは目を丸くして驚いていた。


「この子の魔力……返していただいてもいですか?」


 そしてリッチは目の前のリビングデッドマスターを指さして言った。


「あぁ、まあいいよ」


 何気なくOKすると、リッチはリビングデッドマスターに手をかざした。紫色のオーラのようなものがリビングデッドマスターから現れ、リッチの手に吸い込まれていく。


「あっ、あぁん……!」


 魔力を吸収するとき、リッチが微妙にえっちぃ声を出した。なるほど、これはなかなか俺の耳の性癖にささる……そんなことを考えていると魔力を吸いつくされたのか、リビングデッドマスターは塵と化した。


「そ、それで……君はこれからどうするの?」


 俺はその場を取り繕うようにリッチに尋ねた。


「私はコジマ様に従います。魔王軍も追放されてしまいましたし、残りの魔力も返していただきたいですし……」


「そっか……わかった。君が信用できるとわかったら、徐々に返していくよ」


 こうして俺は不死の王、リッチを従えることになったのであった。

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