第21話 偵察
「こりゃすごい人数だ……」
スノーデンの国境に近い町、スワンの町を見下ろしながら俺は唸った。国境で捕まえたスノーデン兵に情報を吐かせたところ、このスワンには千人ほどのスノーデン兵が配備されているそうだ。破城槌や攻城塔、投石機と言った城攻め用の兵器が集められているらしい。ルングーザ王国の兵は二百程と聞いているので、攻められればひとたまりもないだろう。
しかもこれはスノーデンの兵の一部だけで、王都の本軍三千をはじめ、合計で一万程の兵力があるらしい。さすがいままで一国で魔王軍を抑えていた大国なだけある。しかし捕まえた兵によるとスノーデンはいままで自分の国だけが魔王軍と戦っているのが不満であり、それが今回の方針転換のきかっけとなったらしい。
ちなみに情報を聞いた後、捕まえたスノーデン兵は収納している。ぜったいに逃げられない最強の牢だ。門番も食事もいらない。怪我をしている者もいたし、彼らとしてもこの方がありがたいはずだ。とはいっても俺のスキルの力がバレてしまうので、解放するタイミングが難しくなってしまうが……
「そうはいっても、魔王軍もスノーデンも死者の軍団だけで人間と戦えると思っていたので、まだ体制が整っておりません。相手の機先を制するならいまかと思います」
隣でリッチがつぶやく。そりゃ普通の軍隊は戦えば数が減るけど、ゾンビはむしろ増えるんだもんな……しかもリビングデッドマスターにいたっては真っ二つになろうが頭がとれようが戦い続ける。普通に戦えば絶望的な相手だ。
「でも、そんなに死者の軍団が強いんだったら、スノーデンも簡単に落とせたんじゃないの?」
俺は疑問を口にする。
「それはその……兵士を作る素材がそんなになくて……」
「あぁ……」
そうか、人間があってこそのゾンビ軍団か。ちなみにリビングデッドスレイブは体が腐ってしまうと活動できなくなるらしい。だから墓を荒らしてゾンビを作る、なんてことはできない。リビングデッドマスターは体が腐ったりはしないものの、元の能力がリビングデッドマスターになったあとの能力に大きく影響するそうで、今回はスノーデンの協力(?)もあって集められた過去最強の死者の軍団だったらしい。リビングデッドマスターの壊れた体は修復ができないそうで、俺がリビングデッドマスターを返したところで死者の軍団再建は時間がかかるのだとか。
今回の死者の軍団は規模も大きく強力なマスターに率いられていたため、相当期待も高かったのだろう。だからこそ失敗したリッチは責められ、追放されるまでに至ってしまったのだと思う。
「死者の軍団にできるのは人間だけなの?」
「ええと……説明が難しいのですが、リビングデッドマスターは異種族や魔力のない相手はスレイブ化できません。たとえばゴブリンをリビングデッドマスターにした場合、ゴブリンの死者の軍団を作ることはできますが、それで人間を襲っても人間の犠牲者を死者の軍団に加えることはできません」
「なるほど……特定の種類の動物の死者の軍団を作ることはできるのか……」
「はい。ただ、動物でリビングデッドマスターを作っても、知能が低くなるので意思疎通ができません。下手をすると味方を襲ってしまう恐れもあります」
「な、なるほど……」
色々難しいもんなんだな。知能があって、強くて数が多い……確かに人間は死者の軍団にするのにちょうどいい種族ってことか……
「スノーデンに魔王軍は?」
「いません。人間と魔王軍は……と言うより魔王軍は種族によって能力も戦い方も違うため、集団で戦うのが上手くないのです。また人間と魔王軍が一緒に居ると問題が起こる可能性もあるので、基本的には別行動をすることになっています」
ほほう。スノーデン軍と魔王軍が手を組んだ、なんて絶望的なニュースかと思ったけど、さすがに一枚岩とは行かないようだ。とはいえルングーザ王国の兵力から言えばどのみち勝てる見込みは薄いが……
「よし、帰って報告しよう」
色々情報は掴めた。長居は無用だろう。
「え?」
ところがリッチは意外そうだった。
「戦わないのですか?」
「いやいや、二対千で勝てるわけないでしょ」
「でも……ルングーザがいま動かせる兵は百がせいぜいですよね。呼んできたところで無駄ではないでしょうか。それでしたらコジマ様がここで奇襲をかけた方が勝機があるかと」
リッチはだいぶ無茶を言う。
「む、無理でしょ! 俺の無限収納スキルは確かに使い方によっては相当強いけど、リビングデッドマスターがやったみたいに遠距離攻撃とか多方向からの攻撃されると防ぎきれないよ。リビングデッドスレイブならともかく、相手はみんな人間だから戦ってるうちに俺の能力がバレちゃうだろ?」
「全員倒す必要はありません。攻城兵器さえ潰してしまえば、スノーデンは攻城兵器を再生産するまでルングーザを攻められません。他国に援軍を呼んだりする時間も稼げるでしょう」
な、なるほど……確かに言われてみればそうだな。しかも俺の能力なら、近付くことさえできれば一瞬で攻城兵器を消せる。さすが魔王軍四天王。すごい能力があるだけではないんだな。
「ちなみにリッチは死者の軍団を作る以外に何かできるの?」
俺は戦力としてのリッチの力を把握しておくことにした。
「もちろんです。色んな魔法に精通しております。ご覧に入れましょうか?」
おお、そういやこの世界に来て魔法を見せてもらったことってないな……
「お願いするよ」
「では……」
リッチは目を閉じ、手を前に突き出した。一瞬で雰囲気が変わった。
「全てを見つめる者、全てを捕らえる者、最強の狩人にして糸の城の王よ、我が呼びかけに応じ、姿を現せ……出でよ、魔グモ!」
リッチのかざした手の先に黒い球体が生まれ、その中から何かが地面に落ちた。何かと思い目を凝らすと、あずきほどの大きさのクモだった。クモは一度首を傾げ、それからキョロキョロと辺りを見回す。そして周囲にいたアリと目が合うと、すごい勢いで逃げていった。
「……いまのが魔グモ?」
「す、すいません。やはり今の状態では魔力が足りなかったようで……」
リッチは恥ずかしそうに俯いている。これは戦力として期待できそうにないな……俺は額を押さえながら、どうするべきか悩み始めた。
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