第26話 制圧

 スノーデン王捕縛を目指し城に潜入した俺たちだったが、王の部屋の手前にある謁見の間には四天王の一角、氷の女王フローゼンが立ち塞がっていた。後ろからはスノーデン兵の増援が向かってきている。まさに絶体絶命のピンチであった。


 謁見の間には白いモヤが立ち込めている。これが氷霞ひがすみというもので、触れればたちまち凍り付いてしまうという恐ろしいものだ。これのせいで部屋の奥にいるフローゼンに近づけもしない。


「どうされました? 早くここをお通りにならないと、囲まれてしまいますわよ? オーッホッホッ!」


 漫画でしか見たことない笑い方でフローゼンが俺を煽ってくる。ちくしょう、どうすればいいんだ……


 落ち着け、俺の無限収納やリッチの死者の軍団も一見強力だが、その裏にはいろんな制約や弱点がある。フローゼンの氷霞にも何か弱点があるはずだ……


 そう言えばさっさと氷霞をもっと出して俺たちを凍らせてしまえばいいものの、謁見の間に充満させているだけで部屋の外にはほとんど出てこない。氷霞の量なり範囲なりに制限があるのだろうか。


「あんたこそ部屋から出てきて俺たちを殺せばいいんじゃないか?」


「申し訳ありませんけど、強盗を客人として扱う気はありませんわ」


 俺の誘いをフローゼンはつれなく断る。


「だったら……」


 俺はアイテムボックスから木の枝を取り出し、フローゼンに投げつけた。


「きゃっ!」


 フローゼンは間一髪で俺の投げた枝を振り払った。フローゼンの手に触れた瞬間に枝は一瞬で凍り付き、床に落ちて粉々に砕け散った。触れたものを氷漬けにする力もあるのか……だが反応速度自体はそれほどでもない。接近戦に持ち込めれば、俺やガドランでも勝ち目はあるだろう。


「危ないわね!」


 フローゼンは俺の飛び道具を警戒して玉座の後ろに隠れる。しまったな、これが通用するなら最初からクロスボウで撃てば良かった……まあそれは結果論だ。


「来たぞ! ここを通すな!」


 後方でルングーザ兵の叫び声とともに戦いの音が聞こえ始めた。急がなくては……


「ほら、早くしないとお味方が全滅してしまいますわよ!」


 玉座に隠れながらフローゼンは煽り続ける。だがやはり向こうから攻撃してくる気はないようだ。フローゼンの能力に何らかの制限があるのは間違いない。リッチと同様に考えるなら魔力量による制限だろうか。


 俺は氷霞の収納を試みる。だが粒子が小さすぎるのか俺のスキルでは収納できなかった。


 謁見の間の開いた扉を見てみる。冷たいという話はあったが、凍ってはいなかった。もし氷霞が液体窒素のような単純に温度が低いものであるのなら、扉も凍り付いて開かなかっただろう。物には反応しないのか?


 俺は麻袋を取り出し、手につかないように注意しながら氷霞をすくってみる。麻袋は凍らなかった。麻袋を収納してみると「氷霞入り麻袋」が追加されていた。さらに麻袋を取り出して何度か試してみるが、一向に氷霞が減った気はしなかった。


「おかしな技を使うようですが、そんなことをしても焼け石に水ですわよ」


 フローゼンの言う通りだ。こんなことをしていてもらちが明かない。時間がかかりすぎるし、麻袋だってそんなに持っていない。


 もしリッチの能力と似ているなら魔力に反応するのだろうか。ホラー映画などで液体窒素を浴びて一瞬で人が凍るようなものがあったが、表皮はともかく体の中心まで一瞬で凍ることなどあり得ない。魔力に反応して体の内部から凍ったのであれば、先ほどルングーザ兵が粉々になるほど凍ってしまったのも説明がつく。それなら魔力0の俺は通り抜けられるはずだが、さすがに試す気にはならない……


 とりあえず物には氷霞が反応しないことはわかった。どうにかして謁見の間に充満した氷霞を突っ切ってフローゼンの元に辿り着かなければ……


「急いでください! もう持ちません!」


 後ろからルングーザ兵の悲鳴のような報告が聞こえる。やるしかないか……


「ガドラン、後ろの援護へ行ってくれ。あいつは俺がやる」


「承知しました」


 ガドランがルングーザ兵の援護に回る。これでしばらく後ろは大丈夫だろう。


「あら、とうとう諦めましたのですね」


 フローゼンのからかうような声が聞こえた。


「いや……男とシャワーを浴びるような趣味はないんでね」


「シャワー?」


 フローゼンの訝しむ声が聞こえた。俺は頭上に手を掲げ、川で大量に収納した水を取り出した。ジャバジャバと水が滝のように俺に降り注ぐ。俺は息を止めて謁見の間に突入した。


「な、なんですの、その技は!?」


 フローゼンの驚く声が聞こえる。俺は凍り付くことなく謁見の間を突き進んだ。俺の体を覆う水の膜が、氷霞が俺の体に触れることを防いでくれる。それで防げるかどうかはわからなかったが、うまくいったのだろう。玉座の周りは床が高くなっており、氷霞もなかった。


「ぶはっ、辿り着いたぜ!」


 水を止め呼吸をしながら周囲を確認する。玉座の後ろに隠れていたフローゼンが鋭い目で俺を見上げていた。


「接近戦なら勝てると思っているなら大間違いですわ!」


 フローゼンが俺に向かって手を伸ばす。直接触って氷漬けにするつもりだろう。


「間違ってるのはそっちだ!」


 俺もフローゼンに向かって手を伸ばす。先に相手に触った方の勝ちだ。


 お互いの手をよけながら、互いの体へと手を伸ばす。そして……


 ぷにっ……


「おっ?」


 手のひらに柔らかい感触を感じた瞬間、フローゼンの姿が消えた。俺は茫然と感触のあった自分の手を見つめた。


 ……そうか、今のはおっぱいか……フローゼンの胸がもう少し小さかったら、負けていたのは俺かもしれない。そうか、おっぱいか……


 俺のこの湧き上がる喜びは勝利のためか、おっぱいのためか。ま、まあ勝ったんだからいいや。


「みんな! おっぱ……謁見の間まで後退しろ!」


 ルングーザ兵たちに声をかけ、俺は謁見の間の奥に続く扉へと急ぐ。


 そして数分後、俺は無事にスノーデンの王を捕縛したのであった。

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