第33話 決戦

 俺たちの前にはついに魔王城がその威容を現わしていた。この魔王領の気候のせいなのか実際に積み重ねた歴史のせいなのか、城壁はかなりボロボロでまるで遺跡のようだった。あちらこちらが蔦やコケ、あるいはぐちょぐちょした肉塊のようなものに覆われ、異様な雰囲気を醸し出している。


 城門の前には鼻息の荒いゴブリンたちが並び、俺を睨みつけていた。


「奴が来たぞ!」


「ジャバック様の仇だ!」


 あぁ、こいつらジャバックの部下だったゴブリンたちなのか……どうりで俺ばかり睨んでいるはずだ。


「矢を放てぇ!」


 ボブリンたちが俺たちが近づく前に矢を放ってきた。


「リッチ、フローゼン、俺の近くに!」


 俺は二人を引き寄せると矢の雨を防ぐように「壁」を発生させた。矢は俺たちに届く前に収納空間へと吸い込まれる。


「こいつめ!」


 俺はクロスボウを取り出すと、ゴブリンに向かって撃ち返す。収納されているありったけのクロスボウを撃ちまくると、ゴブリンたちに動揺が生じた。


「行くぞ!」


 「壁」を盾に俺たちはゴブリンに駆け寄る。俺がデュランダルの一閃で2匹のゴブリンを同時に倒すと、右隣ではフローゼンが3匹のゴブリンを氷漬けにしていた。


「リッチは俺の後ろで……!」


 俺は左にいたリッチを振り返る。リッチは一瞬で3匹のゴブリンを殴り飛ばしているところだった……そういや見た目で勝手にか弱いって決めつけてたけど、リッチの戦闘力って確認したことなかったな……


「リッチって……格闘戦も強いの?」


「『強い』の基準がわかりませんが、魔王様や四天王以外なら負けたことはありません」


「あ、そう……じゃあ、その調子で頑張って」


「はい!」


 リッチは笑顔で返事をすると、さらに2匹のゴブリンを殴り飛ばした。あの強さで物理攻撃も効かないとか反則じゃない……?


 そして右を向くと、すでに半数ほどのゴブリンが凍り付けになっていた。こうして数分も持たず、ゴブリン軍団は壊走し、俺たちは城内へと突入した。


 すると今度は2m以上もある巨大な鎧の群れが俺たちを出迎えた。手には凶悪な棘を生やした鉄製の両手メイスを装備している。


「気を付けてください、重装オーガです!」


 リッチが教えてくれた……普通、オーガって腰布とこん棒くらいしか装備してないものなんじゃないの? これはさすがに素手のリッチは分が悪そうだ。


「ここはわたくしにおまかせあれ!」


 フローゼンが一歩進み出ると、その手からキラキラした粒子状の物が噴き出す。氷霞――触れた対象の魔力を利用して凍らせてしまう恐ろしい武器だ。オーガは不思議そうにその氷霞を眺めていたが、先頭に立っていた数匹が氷漬けになると慌てて逃げ始めた。分厚い鎧も氷霞の前では足かせにしかならない。


「オーッホッホッ! わたくしの前に立ちはだかったのがお間違いでしたわ!」


 フローゼンは悪役令嬢のように高らかに笑う。しかし突然、その周囲に重装オーガが吹っ飛ばされてきた。分厚い鎧はひしゃげ、オーガは絶命していた。


「情けないオーガどもだね」


 城の奥から巨大な影がゆっくりと近付いてくる。そのたびに地面が小刻みに揺れた。最初に姿を現したのは女性だ。勝気な印象の吊り目の美女であった。その美女は鎧に身を包み、装飾の施された槍を握っている。しかし異様なのはその下半身だ。彼女の腰から下は巨大なドラゴンであった。ファンタジーRPGの敵に出てくるような西洋ドラゴンの頭の部分が美女になっている感じだ。


 その怪物は太いしっぽで、逃げ惑うオーガたちをハエでも追っ払うかのようにはねのける。一振りで数匹のオーガが壁に叩きつけられた。


「お久しぶりですわね、エキドナさん」


 フローゼンが冷たい視線をエキドナと呼ばれた相手に向けた。


「フローゼン……あたしから四天王の座を奪っておいて敵に寝返るなんて、ずいぶん舐めた真似をしてくれるじゃないか」


 どうやらフローゼンが加入する前までこのエキドナが四天王の一角だったようだ。ということは実力は四天王並みか……


「お怪我をなさる前に、お帰りになることをお勧めいたしますわ」


「ふん、冗談じゃないね! お前には恨みがある。ここで晴らさせて……」


 しかしエキドナは最後まで言い終えることができなかった。一瞬で距離を詰めたフローゼンがエキドナに触れ、その巨体を凍らせてしまったのである。元四天王をこんな簡単に倒してしまうとは……


「まあ、命だけは許して差し上げますわ」


 フローゼンは余裕の笑みを浮かべた。エキドナは四本足のため、倒れて砕け散ったりはしなかった。このまま放っておけば元に戻るのだろうか。


「あぁ、快感……不思議と力がみなぎっておりますの。覚悟を決めたわたくしに、限界などないのかもしれませんわ!」


 フローゼンは己の力に酔っていた。もしかして、ケルベロスを倒したことで相当レベルアップしたのだろうか……いま戦ったら俺も瞬殺されるかもしれない。


「いやぁ、フローゼン。ビューティフルでパワフルでアンビリーバブルな戦い方だよ」


「あら、さすがはコジマ様。見る目がございますわ、オーッホッホッホッ!」


 俺はとりあえずフローゼンの機嫌を取っておくことにした。


「さあ、参りましょう。目指すは魔王様の首ですわ!」


 イケイケ状態のフローゼンが率先して先に進む。う~ん、リーダーは俺なんだけどな……


 向かうところ敵なし状態で俺たちは城の奥に進み、いよいよ魔王のいる玉座の間の手前までやってきた。


「気を付けてください、この先に魔王がいます」


「わかるよ……」


 リッチの言葉に俺は脂汗を垂らしながら応える。目の前には分厚い石の壁と巨大な鉄の扉。まだ魔王の姿など見えていないにもかかわらず、その扉の奥から発せられる威圧感に、思わず俺は地面にひれ伏しそうになる。


 圧倒的な存在感……これが魔王か。一人だったら絶対ここで引き返している自信がある。どうにか勇気を出してその場にはとどまっているが、湧き上がる恐怖から、その扉を開けることを体が勝手に拒否していた。


(絶対、この奥に進んだら危険だ……!)


 本能が俺に語りかける。その時――


 バキャンッ!


 目の前の巨大な鉄の扉がひしゃげ、弾け飛んだ。


「なっ!?」


「うっ!」


 俺は驚きの声を上げ、茫然と転がった扉を見た。分厚い鉄の扉は鉈か何かで強引に斬られたかのように引き裂け、さらに勢いあまって吹き飛んだようだ。


 そして扉の残骸の向こうではフローゼンが血を流して倒れていた。


「フローゼン! 大丈夫か!」


 俺はフローゼンに駆け寄る。肩口からバッサリと何かで斬られ、血が湧き出していた。


「うぐっ……」


 フローゼンは口からも血を垂らしながら苦悶の表情を浮かべていた。


「ほう。お前ならこの一撃で破壊できると思ったのだがな。少し見ない間に強くなったか」


 扉の無くなった部屋の入り口から一人の男が姿を現した。若い。少年と言ってもいいくらいの整った顔の男だった。背は俺より頭一つ低い。鋭い目つきと幼い顔はまるで不良のようだが、その体から発せられるオーラはなんだろう。きっと火山の噴火口とかを近くで見たらこんな気持ちになるのかもしれない。人間では絶対にかなわないと確信する圧倒的なエネルギー。それを魔王から感じた。


「コジマ様、私の力では魔王様をどうすることもできません。私がフローゼンを治療しますので、コシマ様は魔王様との戦いに集中を」


 リッチがフローゼンに駆け寄り、魔法で治療を始めた。


 戦う……これと……? 俺は改めて自分の無謀さを痛感した。

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