第34話 戦いの行方

 俺は魔王と対峙する。俺は視界がブレるほど体が震えているのを感じた。


「お前が勇者か。震えているのは緊張か恐怖か……ふふ、せっかく来てくれたのだ。少し話でもしてリラックスしてもらおうか」


 魔王が俺に語りかけてくる。声に出しているのではない。神様とかと話したらこんな感じなんだろうか。直接俺の心に語り掛けてきているようだ。心を見透かされているようで、余計に絶望感に襲われる。


「ど、どうして人間を襲うんだ?」


 頭も回らないので、俺は非常にシンプルな質問をしてみた。


「お前のようなものを待っているのだ」


「俺を?」


 意外な言葉に俺は驚く。てっきり、世界征服とかそういう目的かと思っていたのだが……


「俺は自分がより完璧な存在になることしか興味がない。だからお前のような強者が俺を倒しに来てくれるのを待っているのだ。すでに聞いているかもしれんが、俺は自分の体を好きなように変化させられる。人間と戦っていると、時折お前のような得意で強力な力を持ったものがやってくるのだ。ある者は炎を操り、ある者は瞬間移動する能力を持っていた。時間を止める能力を持っている者にはさすがの私も驚いた」


 そ、そんな奴いたの? ていうかそれでも勝てないって、どんだけ強いんだよ、この魔王……


「お、お前を倒した勇者もいるんだろ? そいつはどんなスキルを持っていたんだ?」


「私を倒した者などいない。何の話だ?」


 何か弱点が聞ければと思って質問したのだが、魔王は心外そうな顔をした。


「え? だってそれで百年人間を襲わないって約束したって……」


「あぁ、テイム能力者の話か」


「テイム能力者?」


「そうだ。敵を味方にする能力。あれは確かに厄介だったが、倒されたわけではない。ただあいつの能力を無効化するよう体を作り変えるのに時間がかかりそうだったからな」


「な、なるほど……」


 ということはすでにその能力も効かないようになってるってことか……


「そうやって脅威に対応できるように作り変えるたび、私は完璧な存在に近づいていくのだ。だが残念ながら、しばらく私に脅威を与えるような勇者は来なかった。だからスノーデンとか言う国を裏切らせて人間にプレッシャーを与えれば、本気で私を倒しに来てくれるのではないかと期待していたのだ。お前のようにここまで辿り着いた者は久しぶりだ。お前が持っているのは触れたものを消滅させる能力だったな……面白い、見せてみろ」


 魔王は俺に向かって、手を差し出した。


「え、いいの?」


 俺は戸惑った。ラ、ラッキー! 俺の能力は一撃必殺だ。魔王が俺の能力に対応して体を変化させる間もなく倒す……というか、収納することができる。魔王は消滅させることはできないとか王様は言っていたけど、俺の収納は消滅させるわけではないから関係ないだろう。


 俺は恐る恐る魔王の手に自分の手を伸ばしながら心の中で叫んだ。


(収納!)


 ……しかし何も起こらない。あれ? あれ? 何度か試してみるが、魔王は収納されることなく俺を見据えていた。


「もしかしてもうやっているのか? まったく効いている気がせんが……」


 魔王が言うが、そう言われても俺にも全く分からない。


「ふむ……ひとつ教えてやろう。私がどうテイム能力に対応したか」


 魔王がそういうと、魔王の差し出した手が膨れ上がった。いや、違う。広がったんだ……細かな粒子となって……


「あいつの能力は敵一体を味方にするというものだった。そこで私は自分の体を小さな粒の集合体と変化させた。ホコリよりも小さな粒だ。お前の能力が敵一体、もしくは触った部分を消滅させる能力であれば、どのみち私の体に大したダメージは与えられんのだが……しかし私の体を一粒たりとも消せていないというのは妙だな。格上の敵は消せない等の制限が付いているのか……」


 思案する魔王の前で、俺は絶望で声も出せぬ状態になっていた。俺の能力では収納できない、小さい粒子の集合体……こ、これじゃあ勝ち目がない……


「ガッカリだな……期待していたのに、残念だ」


 魔王が腕を振るう。全く見えなかったが、たぶんそうだろう。気付いた時には壁に叩きつけられていた。


「ごふっ!」


 い、いてぇ……俺のブレストプレートが裂けていた。魔王は武器も持っていなければ、鋭い爪が生えているわけでもない。さっきフローゼンが食らったのもこれか……武器でも技でもない。ただ腕を振っただけ。その腕が作り出した斬撃が俺やフローゼンを襲ったのだ。


「肉体的にもたいしたことはないのか……つまらん」


 魔王は子供がオモチャに飽きたような目で俺を見下していた。こいつは強い。強すぎる。俺が恐怖も忘れ、呆れかえってしまうほどに。


 そして俺の脳味噌がようやくフル回転を始めた。俺は弱い。当たり前じゃないか。ここに来るまでだってずっと苦戦してきた。俺の武器は収納スキル、そしてもうひとつ……不可能を可能にしてきた、この悪賢さだ。卑怯とかセコイとか言われようが、なんでもやってやる!


「リッチ! あの煎餅ハトサブレーとか言うのを呼び出してくれ!」


 俺はヨロヨロと立ち上がりながらリッチに向かって叫ぶ。


「戦帝バトレギオンですね、承知しました!」


 リッチが訂正しつつ呪文の詠唱を行う。そして魔王城の天井を突き破り、戦帝バトレギオンが出現した。遠くから様子を伺っていた敵の雑魚たちが悲鳴を上げて逃げ出すが、魔王は全く動じなかった。


「戦帝バトレギオンを動かせるようになったのか。だがそんなもので私は倒せんぞ」


 魔王があざ笑う。しかし俺は気に留めず、戦帝バトレギオンの元へ走った。


「収納!」


 俺は戦帝バトレギオンを収納する。


「なるほど、そういうことか。バトレギオンを倒して己の強化を図ったのだな?」


 ギクッ! バ、バレてる……しかも、魔王は俺が触れたものを消滅させる能力者だと思っているからこの時点でレベルが上がっていると思っているが、実際はまだ倒せていないのだ。


「取り出し!」


 俺は魔王の方に向き直り、アイテムボックスの中で細切れにした戦帝バトレギオンを取り出した。


「むっ?」


 魔王は少し意外そうな声を出した。急に何かが現れたのが予想外だったようだ。


「グオォ……」


 戦帝バトレギオンは低いうめき声を放つと、黒い塵となって消えていく。しかしなんといってもあのデカイ図体だ。辺りは消滅する戦帝バトレギオンによって視界が悪くなった。


 そして俺は体に力がみなぎるのを感じる。レベルアップしたのだ。これで少しは戦えるようになっているといいのだが……


 俺は黒い塵が晴れた瞬間を見計らい、右手を突き出しながら魔王に突進した。体が軽い。地面を蹴る足はまるで馬のような力強さだ。だが……


 ゴキッ!


「その程度か」


 ボトッと鈍い音を立てて、地面に右手が落ちた。一瞬、キレイな切断面から肉や骨、血管までもがはっきりと見えた。だがすぐに断面から大量の血が流れ出てそれらは見えなくなる。


「うがぁっ!」


 俺は右腕を抱え込むようにうずくまった。俺の動きは魔王に見切られ、突き出した手をはねのけられたのだ。


 だが、少なくとも魔王の動きは見えた! これなら勝つ見込みがある……!


「物を消滅させるのではなく、異空間に転移させ、そして好きな形で再び出現させる能力だったか。予想外ではあったが、消滅させる能力よりも手間がかかる。ここまでだな」


 魔王は勝ち誇り、俺に近づく。今だ!


「取り出し!」


 俺は立ち上がると、魔王に向かって両手を突き出した。そして洪水をイメージしてアイテムボックスから水を取り出す。洪水とまではいかなかったが、けっこうな量の水が魔王に降りかかった。


「なっ!? 再生能力か!」


 さすがの魔王も虚を突かれた様子だ。さきほど地面に落ちた右手。あれは俺がこの世界に来た初日に意図せず収納してしまった、盗賊の右手だったのだ。しょうもない小細工ではあったが、今まで強い者としか戦ってこなかった魔王は、こんな小細工をする相手と戦ったことが無いのかもしれない。


 そして俺は水に続きあるものを取り出すと、急いで跳び上がり、先ほど戦帝バトレギオンが突き破った天井の穴の淵へと手をかけぶら下がった。


「こ、これはっ!?」


 俺が降りかけた水と共に、一瞬で魔王の体が凍り付いた。そう、俺が取り出したのは真っ二つにした氷霞入りの麻袋……フローゼンとの戦いで収納していたものだ。真っ二つにされた麻袋から溢れ出た氷霞が水ごと魔王を凍り付かせたのである。


「なかなかやるな。これはフローゼンの技か……驚いたぞ」


 しかし氷漬けになりながらも心に直接響く魔王の声は止まらなかった。


「だがおしかったな。凍らせた程度では私は……」


「いや、充分なんだよ。お前はもう、ひとつの個体になったんだからな!」


「なにっ!?」


 そう、小さな粒子状の魔王の体は俺の能力では収納できない。それならばどうするか。相手の体をデカイひとつの塊にしてやればいい。俺は床に降りると氷漬けの魔王に駆け寄った。


「収納!」


 俺は手を突き出し、魔王の収納を試みる。これで駄目なら、もう万策が尽きた。俺は目を閉じて信じてもいない神様に祈る。


 お願いします、神様! どうかうまく行っていますように!


 辺りは静寂に包まれている。俺が目を開けると魔王は消えていた。アイテムボックスを確認すると「氷漬けの魔王」が入っている。


「や、やった……」


 俺は腰が抜けてその場にへたり込んだ。


「やりましたね、コジマ様!」


 リッチが俺に駆け寄って抱きついてきた。


「さすがですわ」


 フローゼンが体を起こして尋ねてくる。傷は痛々しいが、出血は止まっていた。リッチの治療が効いたのか。良かった……


「でも……おかしくありませんこと? あなたがわたくしに勝ったときは、あなたが水に濡れていたから氷霞が通じませんでしたのに、どうして魔王様は濡れていたのに氷霞が効きましたの?」


「あぁ、後でリッチに確認したら、あれは勘違いだったんだ」


「勘違い?」


「そう、俺は魔力がまったくないんだ。だから氷霞が効かなかったんだ」


「そ、そうでしたの? でも水が原因だった可能性だってあるのでは……」


「考えてみたら、服や鎧越しでも相手が氷漬けになるのに、あんな氷霞が充満した部屋を水を浴びるくらいで通り抜けられたのか疑問だったんだよね。もちろん、効かない可能性が完全に排除できたわけではないけど、俺にはもうあれにかけるしかなかったからね。結果オーライさ」


「な、なんという思考力……わたくしよりも氷霞について詳しくなられるなんて……恐ろしいお方ですわ」


 思考力というか、行き当たりばったりで、振り返ってみたらそうだったってだけなんだけど……まあ、なにはともあれ魔王の脅威は去った。俺たちの勝利だ。


 俺たちはフローゼンの傷が治り次第、フローゼンに魔王城を任せてリッチと帰国することにした。

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