第24話 堕ちる女王、堕ちた猫
ワレンシュタイン公国の間者は、分かりやすい。
ワレンシュタイン公国は、基本的に人間が支配する国家。
人間が殆ど居ない、バルベルデ=ルドヴェキア二重王国では、人間は、非常に目立つ存在だ。
今日も今日とて、商人や旅行客に偽装した人間が捕縛される。
「今日は、5人か?」
「主、どうします?」
「いつも通り、記憶を奪い、放逐だ」
「殺さないんですね?」
「博愛主義者だからな」
「あははは……」
俺の皮肉にマーシャは、引き攣った笑みで返す。
それから、魔法を使って、5人を記憶を奪う。
「「「「「……」」」」」
5人は、無表情で立ち上がり、外に出ていく。
その様は、
「……」
5人を興味本位で見詰めていたバイオレットは、次に俺を見た。
「……言い方悪いけど、鬼畜よね?」
「「「!」」」
マーシャ、リリア、シャーロットが殺意の眼光を向ける。
「やめろ」
それを手で制止しつつ、俺は尋ねた。
「どういう所が?」
「簡単に命を奪わない所だよ」
「……そうかもな」
未だ殺気満々な3人を抑えつつ、俺は続ける。
「ま、そういうもんさ」
柔和な笑顔で、手を差し出す。
「……何?」
「握手」
「どうして?」
「夫婦だから」
「……」
呆れたようにバイオレットは、手を繋ぐ。
3人の先妻よりも優先する為、3人の殺意は、俺に向かうのであった。
「主……」
「オー……」
「貴方……」
今の所、夫婦生活は、順調だ。
無理に求められることもないし、夫・景虎は、非常に紳士的である。
ベッドの上で考える。
夫との将来のことを。
(……生活には不満無いのは、事実なんだけどね)
人権も保障されているのは、良かった。
側室、という名目の下、奴隷のような生活をイメージしていたから。
「……ん?」
隣室から夫婦の会話が聞こえて来た。
『主♡』
『マーシャ♡』
「!」
明らかに営みのそれだ。
興味はあるものの、私は毛布を被って、やり過ごす事を決めた。
(……明日香は、どうしているかな?)
ふと親友を思い出す。
そういえば、明日香と景虎は、同じ民族のような気がする。
転移前、同じ世界に居たのかもしれない。
そんな事を考えていると、
「陛下」
「!」
声がしたので、毛布を外すと、窓辺に猫が居た。
その目は、真っ直ぐこちらを見据えている。
「サーシャです」
「ああ、無事だったの?」
「急いできました」
この猫は、猫娘のサーシャだ。
以前は、私の侍女兼護衛をしていたのだが、交渉時は、非番でその後の行方は分からなかった。
猫に化けている所を見ると、猫娘の状態では、侵入が難しい、との判断だったのだろう。
「ワレンシュタイン公国が亡命を受け入れて下さるようです」
「! 今までワレンシュタインに?」
「はい。亡命の交渉で救出に遅れた次第です。すぐに御準備を」
「……」
一瞬、私はその誘いに乗る事を考えた。
でも、伸ばしかけた手を引っ込める。
「……有難い話だけど売国奴の私は、もうこの国で生きるわ」
「陛下の評価は、後世が判断する事です。今は、虐げられた生活を脱却し、亡命政府の下、祖国の奪還を―――」
「曲者!」
叫び声と共にサーシャに電流が直撃する。
振り返ると、リリアが空中に待っていた。
サーシャはそれに耐え抜く。
そして、電流が弱まった時機を見計らって逆襲を図る。
パルクールのように壁走りし、一気に距離を詰め、爪で引っ掻く。
「きゃ!」
リリアの手の甲に引っ掻き傷が出来る。
「そこまでだ」
直後、寝室が明るくなる。
見ると、出入り口の方にシャーロットがランタンを持って立っていた。
私と目が合うと、彼女は、景虎の後ろに隠れた。
マーシャも居る。
2人の衣服が所々、
直前まで御愉しみだったのは、事実なようだ。
「……サーシャ、よく侵入出来たな?」
「! シャアアアアアアアアアアアアアア!」
歯を剥き出しにし、景虎に飛び掛かった。
然し、彼は、冷静沈着に目測を見定め、ひらりと
そして、手刀を首筋に叩き込み、力業で捻じ伏せる。
「! ……」
脳震盪でも起こしたのか、サーシャは、力なく倒れた。
景虎は、サーシャを抱き上げ、首輪を装着する。
「!」
そは魔道具で、主従関係を強制的に結ぶものであった。
景虎の手の甲にサーシャの名前が刻み込まれ、逆に彼女の手の甲には、彼の名前が。
勝てない、と私は内心舌を巻きつつ、問う。
「……彼女をどうするの?」
「有能な軍人だからな。そりゃあ
「……彼女は関係ない。解放してあげて」
「そりゃあ無理な話だ。これは、もう有効だからな」
「え……?」
マーシャが、景虎にしな垂れかかりつつ、言う。
「この魔道具は、主と一体化するものです。主がお亡くなりになった時、彼女も同時に亡くなります」
「そ、そんな……」
「愛妻を誘惑した代償だ。人生をかけて償ってもらわないと困る」
「……」
冷え切った言葉に、私は瞬間的に動いた。
「お願いします。奴隷に落ちても構いません。その者を解放して下さい」
土下座である。
元国家元首のする行為では無いが、サーシャは私の可愛い部下の1人だ。
私の所為で、人生を棒に振って欲しくは無い。
景虎は、一瞬、驚いた顔を見せた後、
「……そんなにか?」
「……はい」
「じゃあ、君も貰う」
「え?」
顔を上げた直後、目の前に景虎が居た。
そして、キスされる。
「……え?」
「残念ながら、俺は欲深いんだよ。こう見えて」
その目は、昔、歴史書の挿絵で見た魔王のそれであった。
「……」
次の日。
首都には、雪が舞っていた。
私は、ベッドの上でサーシャと共に居る。
景虎の姿は無い。
あの後、サーシャ同様、首輪が着けられ、私は彼の奴隷になった。
国家元首から奴隷への見事な転落ぶりである。
売国奴には、相応の末路であろう。
「……陛下?」
猫耳を揺らしたサーシャが気遣う。
猫娘の姿になった彼女も又、奴隷だ。
「……大丈夫よ」
「……申し訳御座いません。私が失敗したばかりに」
「良いの。もう」
これで決心がついた。
あの男には、何をやっても敵わないのだ。
私は、サーシャを抱き締める。
そして、涙を隠し、宣言した。
「私は、もうあの男から離れられない。身も心もね。だから、一緒にここで暮らそう?」
「……はい」
猫耳が力なく垂れた。
こんな状況にも関わらず、私は、その反応に少し笑ってしまうのであった。
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