第27話 別れと新妻

 私は、薄々、相手が景虎だということに気付いていた。

 第六感なのかもしれない。

 傍らに居る魔族2人よりも後方のバイオレット、サーシャが気になる。

 無事だったのは、嬉しいが、首輪をつけている辺り、奴隷になったのだろう。

「……」

 改めて、景虎を見る。

 以前よりも、人間離れした威圧感だ。

 魔族と共に居る為だろうか。

「……久し振りね?」

「「「!」」」

 エルフ族、夢魔、狼女が、反応した。

 そして、私に敵意を向ける。

 あの目は、嫉妬のそれだ。

 反応からして、妻や愛人辺りなのだろう。

「……久し振りだな」

 答えた景虎は、エルフと狼女の両手を握り、背後の夢魔に関しては、威圧感で制止する。

「……いつから国王に?」

「流れだよ。生きる為に」

「……帝国の使者を殺したり、ルドヴェキアを併合したのは、景虎の意思?」

「そうなるな」

 肯定した景虎に、私よりも早く、永久子が反応した。

 用意されたコップの水をぶっかける。

 ビシャッと、景虎の顔にかかった。

 瞬間、エルフが机の上に足を乗せ、私に向かって弓を構えた。

 夢魔も空中に飛び、魔力を手の平に溜め始める。

 狼女も、牙を剥きつつ、景虎を抱き締めた。

「……ヤハリ、ニンゲン、テキ!」

 3人の中で1番、敵愾心が激しいのは、エルフであった。

 エルフは、人間族に蹂躙されている魔族なので、反人間感情が強いのは、想定していたが、ここまでは、流石に予想外だ。

 永久子も負けていない。

 エルフと同じく、机に足を乗せて、彼女の首筋にナイフをあてがう。

 遅れて後方から兵士達が駆けて来た。

 序盤でこうなるのは、想定外だったようで、遅れたのだろう。

 それでも練度は確かなので、直ぐに抜刀し、構える。

 正直、魔族相手には、どうにもならない感じがするが、無抵抗で死ぬより一矢報いた方が良い。

 旧知の知り合いに水をかけられた景虎が言う。

「……永久子、俺が憎いか?」

「当たり前よ! 明日香がどんな想いで―――」

「じゃあ、俺を殺せば良い」

「な!」

 永久子がギョッとする。

「だけど、その時は、奴隷も死ぬからな? 秘書官だろ? そういうのは、勉強しているよな?」

「「「「「「!」」」」」」

 永久子と私、それにベケットと兵士達も驚愕の色になる。

 そして、バイオレット達を見た。

 2人は、俯いたまま進み出て、首輪を見せた。

「御免……」

「禁呪を、使われました……」


 再会直後に文字通り、冷や水をぶっ掛けられた俺だが、頭が冷えた御蔭なのか、案外、冷静沈着であった。

 マーシャ達の殺気が凄まじい。

 多分、俺が居なければ、明日香達を殺している事だろう。

 マーシャを膝に乗せた俺は、その頭を撫でつつ、

「不可侵条約は、無理だな。これじゃ」

 と、話題を戻した。

「……そうだね」

 明日香は頷いた。

 これに関しては、一致したので、安堵する。

「シャーロット」

「……」

「シャーロット!」

 2回目に呼んだ時、シャーロットは、我に返ったのか、殺気が緩んだ。

 それを永久子は見逃さず、ナイフをシャーロットの首に突き立てようとするも、

「残念だったな」

「キャ!」

 シャーロットは、俺に足を掴まれ、抱き寄せられる。

 数瞬の所で刺殺は失敗した。

「ち!」

 永久子は、ナイフを投げる。

 然し、リリアの電撃によって弾かれた。

 近距離戦であるが、一応、両者に距離が出来た為、これ以上の接近戦は難しい。

「……どうして?」

 明日香が再度、問うた。

「生きる為だよ」

 シャーロットを抱擁しつつ、俺は続ける。

「それと国王としての努めだよ」

「……侵略者になることが?」

「我が国は、最貧国だ。国民の生活の為には、喜んで魔王になるよ」

「……」

 明日香は、俯く。

 これ以上は、何も言えないようだ。

 永久子もこれまで以上に蔑んだ視線を送る。

「……最低だね。本当に」

「……ありがとう」

 幼馴染であった俺達の関係は、これで終わりだ。

 最悪の形でな。

「……じゃあな」

 俺は席を立った。

 交渉決裂の合図だ。

 リリアが俺の手を取り、瞬間移動を行う。

(夢の方が良かったな。この結末は)

 初恋の人の啜り泣きをBGMに、俺は島を後にするのであった。


 景虎達が消えた後、私は、永久子と抱き合って泣いた。

 これで恋は終わりだ。

 永久子も数少ない異性の大親友を失った。

 ベケットと兵士達が、いつの間にか消えていた。

 恐らく、私達に配慮したのだろう。

 泣いては泣き止み、再び泣いては泣き止む。

 何度繰り返しただろうか。

 私は、激しい頭痛に見舞われ、脱水症状を起こしかけた。

「……もう、無理」

「そうだね」

 永久子も同じような感じらしく、苦笑いで応じる。

 私達は、立ち上がった。

 もう二度とこの島には訪れないだろう。

 そして、景虎と次会う時は、戦場かもしれない。

「……ねぇ、永久子」

「うん?」

「私……男を見る目、無かったのかな?」

「……」

 永久子は暫く考えた後、

「貴女の愛した人は、人間だった時でしょ? 今と過去は分けて考えなきゃ」

「! ……冷静、だね?」

「『パニックな時こそ冷静』にね?」

 上杉家と武田家に伝わる家訓を示され、私は、目を丸くし、

「……そうだね」

 と、微笑むのであった。


 初恋の人と再会しても思いのほか、ショックは少ない。

 王宮に戻った俺は、溜まっていた報告書を読み、仕事をこなす。

「……無理してない?」

 リリスが心配そうに尋ねた。

 帰って以来、背中に抱き着いたまま離れない。

 マーシャ、シャーロットも左右に居る。

「主……」

「オー……」

「昔は昔。今は今だ」

 2人の頭を撫でつつ、俺は微笑む。

 多分だが、3人は、俺が再会した事で、自分の下から離れていくのではないか? と心配しているのでだろう。

 日本でも、同窓会で初恋の人(或いは、昔の恋人)と再会した時、恋が再燃する話を聞く為、若しかしたら魔族の間でもあるあるなのかもしれない。

 2人を膝に乗せて、俺は、複雑そうなメイド達を見た。

「来い」

「「……は」」

 バイオレット、サーシャのコンビは、嫌々ながら俺の左右に来た。

「座れ」

「「……は」」

 指示通り2人は座ると、俺は、

「済まない」

「……え?」

「はい?」

 頭を下げた。

「成り行きとはいえ、幸せにするから」

 そして、バイオレット、サーシャの順に額にキスしていく。

「……急に何?」

 思わぬ行動に、バイオレットの顔は真っ赤になる。

「……」

 サーシャに関しては、首を傾げている。

「不特定多数の男達の前で、禁呪の使用を暴露したんだ。もう貰い手はつくまい」

「「……」」

「だから、その罪滅ぼしに、嫁になって欲しいんだ。2人とも」

「……拒否権は、無いのよね?」

「……そうだな」

「……分かったよ」

 嫌々だが、バイオレットは受け入れた。

 心の何処かで求婚されることを想定していたのかもしれない。

「サーシャはどうだ?」

「どの道、奴隷だしね。生活の為に嫁入りしてあげるよ」

 何処までも現実的であり、何処までも上から目線な態度だ。

「サーシャ?」

 リリスが白眼視するも、俺は止める。

「良いんだよ」

 この晩、2人は、婚姻の手続きを済ませ、正式に俺の妻になるのであった。

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