第26話 難民と幼馴染

 レムリア大陸暦1111年12月1日。

 大陸全土を極寒が襲う。

 ビュー!

 強風と共に大雪が、舞い散る。

 人間族は災害を、悪魔の所業と考えていた。

 その為、こういう時期には、魔族の大量虐殺が行われる。

 エルフ族等、元々、人間族との戦争で敗色濃厚な魔族は、特にその被害が凄まじい。

 大陸各地では、魔族の難民が大量に生まれ、その殆どが最後の希望の地、バルベルデ=ルドヴェキア二重王国を目指す。

 ある集団は、8千m級もの冬山の踏破を図る。

 ある集団は、-20度もの海を船で漕ぐ。

 然し、変温動物的魔族は、次々と凍死していき、恒温動物的魔族も、防寒着が無ければ、やはり死んでいく。

 避難路では、防寒着や食料を巡る魔族同士の殺し合い。

 更には、人間族の急襲と、この世の地獄のような光景が広がっていた。

 そんな悪路を無事、生き延びた魔族は、バルベルデ=ルドヴェキア二重王国の国境線に辿り着いた時は、涙して喜ぶ。

 国境線に着いても、結局は、入国管理局次第では、入国拒否に遭う可能性もあるのだが、それでも、バルベルデに近ければ近い土地ほど、人間族は少なくなる為、入国拒否された難民は、国境地帯近辺に集団生活をし始め、自給自足の生活を始めるのであった。


 無事、入国出来た魔族は、その出自に応じた自治区や集落に移動していく。

 幸いバルベルデは、魔族が多様であり、数千種(或いは、数万種)とされる魔族を受け入れる土壌があった。

 俺は、入国管理局から届く報告書を見ていく。

「……拒否される理由は何でだ?」

 小狼化したマーシャが膝の上で答える。

 最近は、この位置が、彼女の定位置になりつつあった。

「前科者や素行不良等が主だった理由です」

「……なら、しょうがないな」

 受入基準は、俺よりも入国管理局の方が魔族に詳しい為、彼等に委任している。

 その為、極論、俺が許可しても、入国管理局が拒否すれば、その魔族は入国出来ない。

 それくらい、その権限は強いのだ。

「オー、エルフノ、ナンミン、イッパイ?」

 シャーロットが悲しそうな表情で尋ねた。

「報告書によれば、毎日、1千人前後で来ているようだよ」

「……ミンナ、ジチク?」

「そうだよ。後は、標準語が習得出来たら、こっちでも住めるかもね」

 エルフ族等、大陸各地に散らばっている魔族は、なまりが強く、同胞であっても、意思疎通が取りにくい場合もある。

 こればかりは、生まれた場所、育った環境によるものなので、標準語をすぐに習得することは難しいだろう。

「……ニンゲンゾク、キライ」

 あからさまに不機嫌になった。

 俺は、苦笑いでその髪を撫で上げる。

「俺も人間なんだけど?」

「オー、ハ、マオー。ニンゲンジャナイ」

「そう、なの?」

 無自覚なので、自分が魔王なのかは分からない。

 そういえば、新聞では、俺のことを「人の姿をした魔王」みたいな記事があったな。

「マオー、ト、ニンゲンハ、ベツ。マオー、ガ、ウエ。ニンゲン、シタ」

 よく分からないが、シャーロットも俺を魔王と見ているようだ。

 まぁ、異世界から来た俺と、この世界の人間族が同胞なのは、少し違和感がある為、そういう区分けの方が分かりやすい(魔王なのは、複雑だけど)。

 取り敢えず、国民が、俺と人間族を別物に考えているのは、統治がしやすくなる為、都合が良い話だ。

「……夢魔も難民に居る?」

 リリスが、覗き込んできた。

「いや、居ないよ」

「夢魔は、人間族に気に入られているって感じ?」

「というより、欲望を満たしてくれるから、排斥の対象になりにくいんじゃないかな?」

「それって魔族を区別している訳?」

「そうなるな」

「最低だね。人間族って」

 吐き捨てるように言うと、リリスは、俺の隣に座った。

「夢魔も全体で保護出来ない?」

「戦争になるぞ?」

「勝てばいい。魔王の下なら、魔族が集まるよ」

「戦争は、最後の手段だよ」

 人間族や魔族は、地球人よりも好戦的だ。

 死が身近にある分、倫理観が薄いのだろう。

「あ、そうえいば、鳥人族がこんな手紙を届けれくれたよ」

 はい、と渡される。

「うわ」

 表紙には、『ワレンシュタイン公国』と書かれている。

 確実に面倒臭い案件だ。

「……外交関係樹立のお誘いかな?」

「多分ね」

「はぁ~……」

 心底、溜息を吐いた後、

「バイオレット」

「は」

 出入口に立っていた側室兼奴隷を呼ぶ。

「……」

 バイオレットは、その鉤爪で綺麗に開封した。

「どうぞ」

「有難う」

 受け取って、中身を見る。

『バルベルデ国王陛下。

 直近の貴国の外交姿勢に、我が国は、大変憂慮している。

 ついては、貴国と平和的な交渉を行い、不可侵条約を締結したい。

 色よい返事を待つ。

                  

                     ワレンシュタイン公国女王』

 こちらの正式名称は、『バルベルデ=ルドヴェキア二重王国』である。

 それを使わずに、以前の国名を使用している事から、ワレンシュタイン公国が、バルベルデのルドヴェキア共和国併合を認めていない姿勢が見てとれる。

 又、内容も少し、上から目線のように感じる。

「調子に乗るなよ?」と言った感じだろうか?

 避けて通れない道なのは、分かるが、心情的には、やはり避けたい。

 何と言うか。

 第六感が、「止めとけ」と告げている。

「オー、ワレンシュタイン、キライ?」

「嫌い、というか関わりたくないんだよ」

「ナンデ?」

「何でだろ?」

 首を傾げつつ、シャーロットの頬にキスする俺であった。


 レムリア大陸暦1111年12月10日。

 この日、正式に両国は、ファーストコンタクトを取る。

 会談の場所は、両国の中間地点に在る、小島であった。

 この場所の所有者は、決まっておらず、今後、係争事案になる可能性がある為、ここで会談するのは、今後の意味にもなるだろう。

 バルベルデ=ルドヴェキア二重王国の出席側は、

・俺

・マーシャ

・リリス

・シャーロット

・バイオレット

・サーシャ

 の計6人。

 ワレンシュタイン公国側は、

・女王

・侍女

・首相

 と用心棒3人、合わせてこちらも6人。

 これ以外に出席者は居ない。

 一応、近海には、両軍の海軍が展開し、万が一に備えている。

 国際社会は、バルベルデを「卑怯な国家」と見ており、バルベルデも「併合は、合法」と解釈している為、相互の不信感は深い。

 森林の中、先に待っていた俺の鼓動は、激しい。

(……逃げたいな)

 左右に同席しているマーシャとシャーロットの手を握る。

「「……」」

 2人は、微笑み返しし、握り返す。

「……景虎?」

 その言葉に背筋が凍った。

 見ると、目の前に居たのは、幼馴染。

 実に数か月振りの再会である。

 横には、永久子も居た。

「「……」」

 2人は、俺の顔を凝視する。

(第六感はこれか……)

 呆気ない再会に、俺は今直ぐにでも逃げ出したくなるのであった。

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