第17話 命と茶と王

 エルフ族自治区が成功したモデルケースになった為、その他、魔族の自治区もエルフ族自治区をモデルにした都市計画が進む。

 各自治区では、仕事が増え、その分、無職は減っていく。

 仕事があれば、生活も安定し、犯罪も少なくなっていく。

 無論、労働は義務では無い為、働きたくても働けない者、

 例

・妊婦

・重度の障碍者

・高齢者

 は、公営住宅に入り、年金で生活していく。

 今日は、妊娠した魔族を巡察するのが、公務だ。

 蛇女ラミアが建てた病院に入ると、至る所から赤ちゃんの声が聞こえて来た。

「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」

「キャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」

「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」

 沢山の魔族の妊婦が入院しているので、何処もお産で忙しい。

 魔族の看護師や医者は、あっちこっちで対応中だ。

「……忙しそうだな。次、時間のある時に―――」

「病院ですので。忙しい時はありません」

 ピシャリと、言われ、

「……済みません」

 俺は素で謝る。

 今回の巡察は、肝いりで作った病院の様子見で公務に入れたのだが、案の定、首都唯一の病院だけあって、大盛況だ。

 普段は、タブー視されている危ない魔術も、救命医療の為には、勅令で許されていることもあり、医療系魔法使いの救急医も疲れ切っている。

「……時間外労働は?」

「月300時間です」

「……是正出来んか?」

「無理です。そもそも医療従事者が圧倒的に少ないので」

 蛇女は、真面目な顔で告げた。

「余りしたくはありませんが、研修医や医学生、看護学生も働く許可を頂きたいのですが……」

「うーん……」

 残業の多さを見ると、猫の手も借りたい気持ちは十分に分かる。

 過労死しないのは、医療従事者が魔族であり、人間よりも強靭だからだろう。

 それでも、疲労は日々、蓄積されている為、医療ミスの原因にもなり得る。

 蛇女の提案は、快諾したい所だが。

「……それは難しいな」

「何故です?」

 食い気味で再度、質問された。

 その表情には、驚愕が隠せない。

 改革に関しては、とても寛容な俺なので、提案すれば快諾する、と思ったのだろう。

「許可は出したい。ただ、出せるのは、研修医のみだ」

「学生はまだ素人?」

「そうだ。国家試験を通っていないし、何より、教育無しに現場に放り込めば、現場が混乱することは目に見えている。学生の教育と治療の同時は、不可能だ。今以上に過労になるぞ」

「……分かりました」

 納得しがたいことだが、俺の意見も理解出来るようで、蛇女は、唇を噛む。

 口にこそ出さないが、救える命が沢山あったのだろう。

 病院、というのは、高給取りな分、心がむしばまれていく場所でもある。

 ほぼ毎日、誰かが死に、犠牲者の中には、子供も居る。

 場合によっては、発狂した遺族に逆恨みされることもある職場だ。

 そんな状況下で働けば、並大抵の精神力でない限り、精神的に弱ってしまうだろう。

「……安置所に案内してくれ」

「……は」


 安置所には、綺麗に遺体衛生保全エンバーミングされた遺体が沢山あった。

 流石に打ち面布打ち覆い(=故人の顔に掛ける白い布)は外さないが、そこにあった遺体1体ずつに合掌していく。

 最後の合掌を終えた後、俺は、安置所を出た。

 外で待っていた蛇女が尋ねる。

「今の所作は?」

 付いてきたマーシャ、リリス、シャーロットも不思議そうな顔だ。

「故人への追悼だよ」

「……失礼ですが、それは人間族のやり方ですか?」

「いや、人間族でも宗派や信仰宗教によっては違うよ。今のもあくまでも俺が知っている唯一の追悼の仕方だ」

 我が家は仏教系であったが、がちがちでは無かった為、神社に参ることもあれば、クリスマスも祝っていた。

 あくまでも、俺が知る唯一の御祈り方法が、合掌だっただけであって別に、敬虔な仏教徒ではない。

 魔族にこれが適用されるかは分からないが、やらないよりかはマシだろう。

 すると、蛇女は、両目に涙を溜めていた。

「……陛下の御配慮、感謝致します」

「どうした?」

「いえ、人間族の中でこれほど魔族に敬意を払って下さる方は、居なかった為」

「……」

 見ると、後ろの3人も感激した様子だ。

「主、流石です♡」

「惚れ直したよ♡」

「ワガオー、ヨ♡」

 3人は、取り囲んで、俺の顔中にキスするのであった。


 救急医療は、命に関わることなので、俺は、武器や薬で得た外貨で更に国内各地に病院の建設を命じる。

「主、即断即決ですね♡」

 マーシャが背中に抱き着いて、褒める。

 有難いことに、彼女は、ほぼ100%褒めてくれる為、仕事がやり易い。

「そうだよ。上意下達がはっきりしているからね」

 人間の政治体制で言えば、バルベルデは、絶対王政に近い。

 命令系統がはっきりしている為、伝言ゲームの途中で手続きが入ったり、誤解が生じる可能性も少ないの利点の一つだ。

 俺としては、立憲君主制の方が良いのだが、人手不足だったり、まだまだこの国は、発展途上なので、立憲君主制という概念が根付かない以上、困難な話だろうが。

「……オー、ヨ。オチャ」

「有難う―――ん?」

 緑茶率100%だったのに、今回は、ほうじ茶だ。

「ホージチャ、キライ?」

「いや、緑茶ばかりだった為、意外だなと」

 俺の反応に、シャーロットは、安堵する。

 緑茶からほうじ茶の変化球が凄いが、嫌ではない。

「……お?」

「どうしたの?」

「茶柱。こりゃあ吉報だな」

「茶柱?」

「チャバシラ?」

 聞き馴染みの無い言葉に2人は、コップを覗き込む。

 茶樹チャノキの茎が立っていた。

「これがどうして吉報なの?」

 台所に居たリリスが、話の輪に加わる。

 その手には、捌き中の魚が。

「俗説だから知らん」

「適当ねぇ」

 と、言いつつも、他の2人同様、興味津々だ。

「……これは、商機ね?」

「お、やっぱり?」

「国王が言うから説得力があるのよ」

 リリスは、数度頷き、早速、メモを取る。

 数日後、国内で「茶柱が立つと、吉報。尚、根拠は知らん」という俺の発言が、広まり、空前の茶柱ブームになるのであった。



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