第16話 フェンリル、改名する

「……」

 ある日。

 俺は、朝から、『考える人』(作:ロダン)になっていた。

「……主?」

 フェンリルが、心配そうに尋ねて来た。

「何処か体調不良でも?」

「……いやさ、フェンリル」

「はい?」

「……君の名は?」

「……はい?」


 朝、ふと気付いたのだが、フェンリルは、個体名ではない。

 伝説の狼を指す名前だ。

 つまり、ずーっと、「ニンゲン」「ニンゲン」と呼んでいるようなものである。

 フェンリル自身は気にしていないようだが、リリスやシャーロットが個体名であるにも関わらず、フェンリルのみそのような呼称は流石に「妻を区別している」と外部からは、解釈されかねない行為だ。

 結婚した順番では、

 1、フェンリル リリス

 3、シャーロット

 が事実なので、順番的には、フェンリルを優先しなければならないにも関わらず、この行為は、前後関係をも滅茶苦茶にしている、とも考えられる。

「主……そのようなことまで♡」

 といたく感動しているフェンリルだが、話を聞いたリリスは、

「そりゃあ作者が忘れていただけでしょ」

 と身も蓋も無いことを言い出す。

 全く、銀〇みたいに第4の壁を壊すんじゃない。

 メタ発言が嫌いな読者も居るのに。

 と、まぁ、リリスには、大人の事情がバレている訳だが、兎にも角にも、名前は必要だ。

「う~ん……何がいいかな?」

 黒板に候補を書いていく。

『・フェー

 ・フェン

 ・リル

 ・フェル

 ……』

 どれもフェンリルに由来したものだが、候補を見たリリスは、これまた渋面だ。

「貴方のネーミングセンスよ……」

 御免て。

 遠まわしに作者がディスられているが、こればかりは、感性の問題だから仕方がない。

 名づけ、って本当に重要だな。

 この世界のキラキラネームにならないように、辞書を片手に、必死に熟考し、時折、フェンリルと意見を交わしていく。


 この馬鹿、いつまで経っても、全然、決めないわね。

 夫・景虎の優柔不断さ(或いは、慎重派?)に、私はイライラしていた。

 普段は即断即決の癖に、こういう時は、てんで弱い。

 そりゃあ家庭内のことだから、妻側の意見も聞きたい、というのは分からなくはないけど、夢魔の私には、この無駄な時間が耐えがたい。

 あからさまな悪意ある名前以外だったら、フェンリルこの子、馬鹿だから泣いて喜ぶのに。

 ……若しかしたら、子供の名前もこういう風に一生懸命考えてくれるのかな?

 人間族の男って情欲のことしか考えない変態だと思っていたけど、この人は違うみたいね。

「……」

 同じ部屋に居るシャーロットを見た。

 彼女は椅子に座り、景虎が選んだ絵本を読んでいる。

 子供向きなのは、彼女が、言葉を余り理解していないからだ。

 公的な場では、私達と一緒にファーストレディーとして活動することもあるけれど、私達と違い、こちらの言葉を勉強中なので挨拶程度の簡単な会話しかしない。

 それ以上のことは、誤解を招き、問題になるかもしれないから。

 最初、この方針を聞いた時は、「束縛癖、強め?」と思ったのだけれども、理由を聞けば納得した。

 無論、シャーロットも快諾済みだ。

 彼女の発言は、場合によっては景虎に迷惑がかかる。

 国民の為に簡単に頭を下げることが出来る景虎に、自分のミスで下げさせたくはない。

 又、シャーロットは、エルフ族を代表として来ている。

 彼女自身の醜聞スキャンダルは、エルフ族にも悪影響を及ぼす可能性がある。

 シャーロット自身、慎重になるのは、当然のことだろう。

「……じゃあ、これで良いかな?」

「良いです♡」

 フェンリルは、尻尾を出して、景虎に抱き着いた。

 そして、その顔面を舐めだす。

「は♡ は♡ は♡」

 滅茶苦茶、興奮している。

 想い人に名前を真剣に考えられ、名付けられたのだから、当然と言えば当然なのかもしれないが、正直、気持ち悪い。

 景虎は、その背中を優しく撫でて、宥めつつ、言う。

「じゃあ、これで決まりだな」

 フェンリルの新しい名前は、『マーシャ』。

 バルベルデの言葉で、「美して、強い」になった。


 主に名付けてもらった♡

 私は、主が就寝後、こっそりと狼ver.で寝室を抜け出し、フェンリルが集まる地域に行った。

 フェンリルはこれまで畏怖の対象であったが、私が嫁いで以降は、人間領で言う所の狐のように崇められる存在になった。

 主を支持する魔族の一部は、私をかたどった宗教施設も作るそうな。

「おいおい、今日も可愛がられたのか?」

「国王との子供、出来そうか?」

 親兄弟(全員、狼ver.)が集まって来る。

 私の家族は、推計数万匹だ。

 人間で言えば、一つの都市は出来そうな規模であろう。

 最初に話しかけて来たのは、凛々しい顔つきの父親。

 2番目が優しい顔つきの母親だ。

 愛娘にこういうことを聞くのは、人間の文化では、余り無いことらしいけれど、種族の存続を目標としている私達、フェンリルには当たり前のことである。

「うん。沢山ね♡」

 大規模な分、会話相手は、父母にだけ済ます。

 兄弟、姉妹、親戚は皆、傍観者だ。

 父母と鼻先をくっつけた後、今日あった出来事を話す。

「あのね。名前を貰ったの」

「名前?」

「どんな名前?」

 父親は、心配そうな表情になった。

 反対に、母親は、興味津々だ。

「あのね。『マーシャ』っていうの」

「可愛い名前じゃない? 良かったじゃん」

 母親は手放しに喜ぶも、父親は、

「ううむ……陛下には悪いが、もう少し可愛い名前が娘に合っているような?」

 と、王党派に居たら不敬罪でしょっ引かれそうな発言を堂々と行う。

 娘を想う気持ちは、不敬罪などへっちゃらなのかもしれない。

 まぁ、現実的、フェンリルを捕まえる猛者は居ないだろうけども。

 父を無視して、母親の質問責めは続く。

「陛下は、夜、豹変しない?」

「全然。むしろ、夜の方が優しいかも―――」

「「「きゃ~♡」」」

 女性陣(姉妹、姪、伯母、叔母等)は、黄色い歓声を上げ、

「「「ひゅ~♡ ひゅ~♡」」」

 男性陣(兄弟、甥、伯父、叔父等)は、口笛を吹かす。

 予言書にあった手前、私の嫁入りは、種族全体では歓迎された。

 その後も、不定期に人間に化けては会いに来てくれる。

 多分、心配であると共に、一応、主の調査も兼ねているのだろう。

 私達の種族では、対等なのでDVは存在しない。

 若し、あっても加害者は、被害者家族に文字通り、食い殺される筈だ。

 愛する者を暴力と精神的苦痛で支配するのは、理解しにくい。

 自制的に過ごし、なおかつ、簡単に死を選ぶ人間は、私達には、理解しがたい。

「若し、虐めに遭ったらすぐ帰って来るのよ? 国を亡ぼすから」

「もうお母さん、過激www」

 久々の里帰りによる語らいは、日付が変わっても続くのであった。



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