第15話 エルフの恋心

 バルベルデの急速な近代化に、私は、驚く。

「……どうして?」

「まるで明治維新だね」

 永久子は、明日用のメイド服をアイロン掛けしながら言う。

「若しかしたら、景虎が仕業じゃないの?」

「……う~ん。そうなのかな?」

「こういうのってさ。大体、保守派の怒りを買って潰されるのが、じゃない?」

「……まぁね」

 今では支持されている地動説であるが、ガリレオの時代は、異端の象徴の一つであり、その為に彼は裁判でかけられ、その主張を曲げざるを得なかった。

 ガリレオが終身刑の判決を受けた1633年から、289年後の1992年、当時の教皇が謝りを認め、公式に謝罪した(*1)。

 そして、その16年後、当時の教皇が地動説を支持する発言を行った(*2)。

 トータル305年経ってから、漸く、カトリックの総本山が自分のミスを与え、考えを改めるのに時間がかかったのである。

 その為、どれほど、才覚ある人物であっても、周囲の理解や時勢次第では、ガリレオのように潰されるのが、自然の摂理であろう。

「……バルベルデとは、国交を結べるかな?」

「新王次第じゃない? ただ、結構、好色家っぽいよ。即位直後、3人と結婚しているみたいだから」

「……早くない?」

「さぁ? 権力を使って漁っているのか、女性側から言い寄っているのかは知らないけれど。純愛を貫く御仁じゃない、ってことだけは確かよ」

「……」

 ワインシュタイン公国は、一夫一妻制だ。

 浮気に厳しく、不貞を行った男性は、去勢、原因が女性だった場合、強制的に修道院に押し込まれる。

 結婚すれば、離婚出来ない仕組みとなっており、自由に遊びたい盛りの若者には、敬遠されている文化である。

 ただ、永久子のように純愛を重んじる勢力も居るのが、実情だ。

「……永久子は、新王、嫌い?」

「統治としては名君なのかもしれないけれど、無節操なのは、生理的に嫌いよ」

「……」

「明日香は、若しかしてタイプ?」

「! い、いや、そういう訳じゃないけど―――」

「結婚するなら私に相談し。一応、見る目はあると思うから」

「……有難う」

 大陸から海で離れたワレンシュタイン公国は、今日もまた平和であった。


 景虎考案の武器で殺し合い、彼が魔法で作った薬の為に人間領の人間族は奪い合う。

 最新兵器と風邪薬は高額化し、富める国も財政が傾きかけるほど、爆買いが行われた。

 莫大な外貨は、直ぐに借金返済に充てられる。

 余剰分は、各自治区の都市計画の予算になった。

 それでも余ったお金は、定額給付金のように、国民1人1人に配当される。

 俺の手元には、殆ど残らない。

「……都市計画は、順調だな」

 エルフ族の自治区がモデルケースになった為、他の種族の自治区も作りやすい。

 国民も給付金の半分を使う為、内需も忙しない。 

 バルベルデは、建国以来の好景気である。

「主、嬉しそう」

「そりゃあ、嬉しいよ。上手く行ってるから」

 俺は、とても庶民的だ。

 1日の食費も基本、日本円で1千円前後に抑え、ブランド物にも興味を抱かずに、風呂は大抵、王居おうきょの浴室か銭湯で済ます。

 失敗しても、基本的に怒らない為、執事や侍女もそれほど緊張せずに働いている。

 余りにも暇すぎて、普段、鍛えているフェンリルも少し、太ってしまったほどだ。

「……」

 無言で俺の膝に乗り、上目遣いで見て来る。

「なんだ?」

「主が有能過ぎて、暇です」

「じゃあ、無能の方が良かった?」

「少しは……」

 肯定されてしまった。

 こっちとしては、自由気ままにしているだけなのだが、これが「有能」なのは、過去、この世界の人間がどれほど無能であったかが、分かるだろう。

「……ヘーカ、ホーコクショ」

 シャーロットが、今日の分の報告書を持って来た。

「有難う」

 受け取って、確認する。

「……昨日は、10万人死んだのか」

「ニンゲンノ、イノチ、カルイ」

「そうだな」

 哺乳類は、妊婦が1人産むのに大変苦労するのだが、魚類は1回につき、数百(或いは、数万)も産卵する。

 体の作りが違う為、一概に否定出来ないのだが、それでも、「出産に苦労するのだから、その分、人生、大事に生きろよ。簡単に死に過ぎ」というのが、フェンリルの意見だ。

 俺もその考えは理解出来る為、人間族が簡単に戦争するのは、不思議でたまらない。

 まぁ、それも貧困が原因で、他者を考えられないくらい、日々、切羽詰まっているのかもしれないが。

「……」

 じー、っとシャーロットが凝視する。

 あれだな。

 美女に凝視されると不安になるな。

 蔑んだ目だと、逆に興奮するんだけど(変態)。

 リリスが文字通り、飛んできた。

「陛下、空気読みなさいよ」

「ん?」

「お茶よ、お茶」

「あ」

 慌てて、水を一気飲みし、空になったコップを差し出す。

「あー、シャーロット、悪いが、お茶、頼めるか?」

「ゼンショ、スル」

 覚えたての言葉を駆使(?)して、シャーロットは、お茶を淹れに行った。

 何故、こうもお茶ばかり飲ますのか。

 いや、美味しくして健康的には良いんだけどさ。

 緑茶ばかりは、正直、飽きるんだよね。

 シャーロットの手前、口が裂けても言えない俺であった。


 景虎カゲトラには、言わないが、私は、緑茶にエルフ族秘伝の魔力増強薬を調合して入れていた。

 以前であれば、毒薬でも混入させたりしていたかもしれないが、流石に命の恩人であり、更には弟、ビクトルにも許した大恩がある。

 又、同居してみれば、意外にも優しい。

 言葉を間違えても、優しく教えてくれたり、報告書でも誤記入があっても、「ここはこうだよ。難しいね」と決して怒りはしない。

 執事や侍女にも同じような態度の為、当然、慕われ、離職率は、極端に低い。

「……んしょ」

 今日も薬を混ぜ合わせて、お茶と混ぜる。

 今日の反応からして、ちょっと緑茶に飽きているのかもしれない。

 直接言ってくれれば、変えるんだけどね。

 私に気を遣っているのかな?

 それとも、私が怖いのかな?

 ……どっちなんだろう?

 ……後者だったら傷付くなぁ。

 前者でも嫌だけどね。

 やっぱり原因は、再会した時、顔面腫れあがるくらい、殴打したのが原因だよね?

 タイムスリップ出来るなら、もう少し優しめにした方が良かったかな?

 でも、揉まれたのは、嫌だったし。

 色々と考えている最中、今日も又、折角の温茶おんちゃは、冷茶になるのであった。


[参考文献]

*1:時事ドットコム 1992年10月31日

*2:四国新聞    2008年12月22日

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