第14話 デレエルフ、狼狽する新王

 ヴィクトルの無罪は、エルフ族に衝撃を与えた。

「良いんですか?」

 長が確認する。

「良いよ」

「……失礼ですが、奥方の弟、という事だから特例としてですか?」

「いいや。和解したからだよ」

「……はぁ」

 援助(といっても、目立ったものではないが)が打ち切られる説もあったのだが、俺の反応を見て、長は、安堵するばかりだ。

「陛下の寛大さ、我が種族は決して忘れません。偉人伝に書かせて頂き未来永劫―――」

「有難いけど、過剰な演出は、やめてよね?」

 釘を刺してから、俺は早速、仕事に移った。


「じゃあ、皆、済まんが、頼んだ」

「「「は」」」

 鰻系水棲魔族イーリアスの鰻娘達は、俺の指示の下、川や井戸に入る。

 俺がまず着手したのは、水質改善だ。

 水は生活に直結する為、早急に浄水しなければならない。

 幸い、鰻のヌメヌメには、浄化作用がある。

 これは、ムチンという糖タンパクであり、胃壁の保護等に使用されている。

 無論、魔法で浄化することも出来なくは無いが、魔力は有限であり、然も魔法使いは、国家の大事な守備兵だ。

 公共事業に投入するのは、任務対象外であり、又、投入した場合、国防が手薄になる可能性がある。

 その分、鰻系水棲魔族イーリアスは、繁忙期以外は暇だ。

 今回の仕事も、副収入になる為、募集した所、定員の1万倍もの求職者が集まった。

 国家財政は、常に火の車だが、それは、俺が質素な生活を送ることで、費用を捻出すれば良い。

 足りなければ、銀行から借りればよい。

 一般人だと、審査で難しい場合があるが、相手が王様だと、借金返済の意思は固い為、銀行もほぼ無審査で貸してくれる。

 即位直後、帝国と小規模ながら戦勝したのも信頼の証拠であろう。

 鰻娘達は、衣服を脱いで、川や井戸に飛び込んでいく。

 汚水は、彼女達が泳いだり、水遊びするだけでどんどん浄水されていく。

 何故、誰もこのような名案を思い付かなかったのか?

 それは、である。

 貧困で、その日の食事がままならなければ、相手を思いやることも出来ない。

 その分、心が荒み、相手への関心が薄れ、場合によっては攻撃的になりかねない。

(凄いな)

 鰻娘達の働きに感心した後、俺は、続いて待機していた牛男ミノタウロス達を見た。

「君達は、力仕事が得意だそうだな?」

「「「は」」」

「では、大工を頼む」

「「「御意」」」

 えっさほいさ、と牛男達は長屋の耐震工事を始めた。

 彼等も又、首都から連れて来た集団だ。

 牛男も首都には沢山居るが、その分、大工の仕事は有限の為、意外と暇な者が多い。

 彼等の一部は、トイレ建設も行う。

 川に垂れ流しは、流石に不衛生且つ、伝染病の原因にもなりかねない為、俺は、ぽっとん便所を建設し、溜まれば、肥料に再利用することにした。

 本当は、現代日本が誇るT〇T〇のような最新式のトイレを作りたいのだが、いかんせん技術が足りない。

 魔法で作れることも可能だが、魔力は有限で(以下略)。

 とってんかん、とってんかん。

 集落の至る所で工事が始まり、エルフ族は、上機嫌だ。

「これで安心して住めそうだ」

「そうだな」

「暖かい家が良いなぁ」

 都市計画が進む中、1人、リリスは、渋面だ。

「陛下、予算が膨大だけど?」

「ううん? どんくらい?」

「当初の想定の10倍です。このまま膨れ上がれば最悪、債務不履行デフォルトになるかと」

「あー、その話ね」

「……大丈夫なの?」

「うん。事業を始めたからね。それが軌道に乗り次第は、一気に返せるよ」

「事業?」

「ああ。皆、大好き、人間族への復讐だよ」

「……はい?」

 リリスの怪訝な顔に、俺はある計画書を見せる。

「……これって……?」

「名案だろ?」

「……そうだけど、一応、陛下は、人間でしょ? 同胞が苦しむのは、心痛まないの?」

「全然」

 甘えて来るフェンリルの顎を撫でつつ、俺は続ける。

「今までの御返しだ」


 数日後、バルベルデとの国境線上に帝国等の国々から商人が集まっていた。

 彼等は、我先にバルベルデ側の商人である蜥蜴男リザードマンに金を払い、商品を受け取っていく。

 彼等が購入しているのは、景虎が発明した新文化であった。

 切れ味鋭い日本刀に、何発も鉄の弾を撃つことが出来る拳銃、そして、ピンを引っ張って投げるだけで相手を爆殺出来る手榴弾、それに風邪薬等である。

 すぐに錆び付いて切れにくくなる刀や、1回ごとに装填する必要がある弓くらいしか武器という武器しか無いこの世界の国々にとっては、新しい武器は、まさに喉から手が出るほどの代物だ。

 WWI時、戦闘機や戦車、毒ガスが戦場で活躍したように、新兵器は、戦争を大きく左右する。

 それに風邪薬も必要不可欠だ。

 医療技術が現代の日本並にないこの世界では、ただの風邪でも命取りだった。

 極論、1回でも風邪を引けばOUT、人生ENDである。

 なので、この手の薬は、例え、魔族相手であっても差別意識関係無く買うのだ。

 薬が飛ぶように売れているのは、それだけ理由ではない。

 にも、人間領各地で流行り病が発生していた。

 震源地が判っていないが、老若男女、次々と発症していき、

・発熱

・悪寒

・嘔吐

・意識障害

・下痢

・味覚障害

 等で苦しんでいる。

 風邪でさえ死ぬくらい病弱な人間は、成す術もなく、1日平均1万人が診断され、1千人が病死していた。

 それでも戦争を止めないのは、御互い止め時を失っている為であろう。

 戦争に流行病と、人間領は不運が重なっていた。


「……オマエ、オニ」

 シャーロットの指摘に俺は、苦笑いだ。

「これは手厳しいな」

 忠臣のフェンリルも、理解しがたい表情である。

「失礼ながら、主には、血が通っていないのでしょうか?」

「通っているよ」

「ですが……戦争も病も操るのは、正気ではないかと」

「人心を無視した結果だ」

「……ですが、国民も傷付ける必要はあるのでしょうか?」

「悪政を支持したり、革命を起こさなかったからな」

「……」

 どんなことでも肯定してくれるフェンリルだが、この時ばかりは、言葉にこそ出さないものの、否定的だ。

 恐らく無辜むこの民に同情しているのだろう。

 戦乱と流行り病で、人間領諸国家は、国力が弱体化している。

 その間、バルベルデは、強くするタイミングだ。

「オー、ヨ」

 シャーロットが、エルフ族伝統のお茶を持って来た。

「オサ、ヨリ、オクリモノ」

「有難う。長は?」

「ヨロコビスギテ、コシ、イタメタ。タブン、マジョノイチゲキ」

魔女の一撃ぎっくり腰か)

 体の仕組みが未解明なこの世界では、ぎっくり腰は、「魔女の一撃」と呼ばれ、くしゃみも神々の意思とされ、占いの対象となっている。

 医療系の魔法使いが誕生すれば、自ずと、これらの口伝くでんも廃れていくだろう。

「……」

 お茶を飲む。

 緑茶に似た味だ。

 エルフ族は森林を主に居住区にしている為、緑茶系のお茶を好んでいる。

 人間領の人間は、紅茶を好む為、このような緑茶を好む人間は、シャーロットによれば珍しい、とのことだ。

 じー。

 シャーロットが、お茶を飲む俺を凝視している。

 正直、飲みにくい。

「……何?」

 半分まで飲んで尋ねると、シャーロットは、俯き加減で聞き返した。

「アジ、ドー?」

「美味しいよ」

「……ソレダケ?」

(あれ、何か試されてる?)

 悪手を選ぶと、怒られる未来しか想像出来ない。

 なので、俺は、必死に少ない脳細胞をフルに動かして、将棋の棋士のように最善手を探す。

「……もう1杯、頼めるか?」

「ワカッタ」

 シャーロットは笑顔で頷き、奥に下がった。

 良かった。

 正解なようだ。

 安堵していると、リリアが突っ込む。

「もう少し笑顔で頼めないの?」

「あ……」

 ギャルゲーで中途半端な選択肢を選んでしまい、微妙な空気になった事を思い出す俺であった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る