第31話 それぞれの和平工作

 レムリア大陸暦1111年12月29日。

 開戦予定日まで残り3日と迫る中、ワレンシュタイン公国内部では、揺れていた。

 女王・明日香や首相のベケットは、開戦に前向きなのだが、メイドの永久子等は、反戦派だ。

 反戦派は、報告書やシミュレーションを行い、「開戦した場合、大敗する」との結論に至り、強硬派の説得工作に励んでいた。

 年末ではあるものの、開戦の雰囲気を察した国民の一部は、国外脱出を図る。

 軍からの脱走兵も多い。

 帝国を打ち破り、ルドヴェキア共和国を併合した強国と戦争する可能性があるのだ。

 逃げるが勝ち。

 それを合言葉に、避難民は、まだ平和的な人間領国家や地域を目指す。

 大陸では、未だ内戦が続いている為、避難中に流れ弾や誤爆を食らう危険性もある。

 ワレンシュタイン公国に残っても地獄。

 大陸でも地獄。

 ワレンシュタイン人の多くは、動かずに死ぬか、動いて死ぬかの二択に迫られていた。

 反戦派の重鎮であり、フォックス将軍は、その刀疵かたなきずで塞がった左目を擦りつつ、永久子と会っていた。

「陛下は、もう止められない?」

「はい……説得したのですが、ヒステリックになるだけで」

「……バルベルデの新王を恋い慕っていた反動かな?」

「恐らく……」

「新王はなんと?」

「サーシャが説得中ですが、今の所、良くは無いです」

「……同時に説得が成功しなければならない」

「分かっています」

 戦争は、1か国で行うものではない。

 2か国以上で行うので、当然、1国の内部で反戦派が説得に成功しても、もう一方の国家の内部で工作活動が成功しなければ、攻め込まれる可能性が高い。

 なので、同時に説得が完了しなければ、意味が無い。

 フォックスも永久子同様、現実主義者で、この戦争に大敗する未来予想図を描いていた。

「……最悪、私が、悪名を被るしかないか」

「? と、言いますと?」

「これ以上、陛下の暴走は見過ごせない。強制的に玉座から降りて頂く他あるまい」

「!」

「永久子殿は、引き続きサーシャ殿に御伝言を。国を救う為には、喜んで私は鬼になる」

 そう言うフォックスの左目は、僅かに見開かれていた。


「陛下、御再考を」

 俺の前にバニーガールが立っていた。

「……ええっと……その前にそれ何?」

「兎です」

 きりっとした顔でサーシャは答えた。

 その隣には、同じくバニーガールのバイオレットが。

 猫X兎、鳥X兎とは。

 情報量が多くて、頭が追いつかない。

「「「……」」」

 リリス、マーシャ、シャーロットもドン引きした表情だ。

「いや、兎は分かるけどさ……何を考えたら良いの?」

「開戦の中止よ」

「お願いします」

 2人は、頭を下げた。

 その度に胸が揺れる。

 眼福だけど、今はそっちじゃない。

「中止と兎の関係は何?」

「中止したら、来年は、これで過ごすわ」

「陛下と同じく」

 バイオレットの言葉にサーシャが続く。

 そして、2人は、俺の真横に立つと、両側から抱き着いた。

「「「……」」」

 3人の殺意を帯びた視線が怖い(定期)。

「陛下が、御望みならば、公的な場でも着るわ」

「マジで?」

「馬鹿」

 旋毛つむじに手刀を叩きこまれた。

 いや、程度よ。

 魔王じゃなきゃ、頭蓋骨陥没骨折するレベルよ?

「オー、ガ、ノゾムナラ、ワタシモキルノニ」

 シャーロットもアピールした。

「いや、嬉しいけど、出産後な?」

「エヘヘヘ♡」

 シャーロットを乗って来る彼女を迎え入れた後、改めて、俺は2人を見た。

「バニーガールで俺が中止すると思ったか?」

「分かってるよ。もし中止してくれたら、毎日、夜伽にも付き合うし」

「じゃあ、サーシャも追加で」

「え? 私も?」

「好きだからな。当然だよ」

 俺の好き好きアピールに、2人は、

「「……!」」

 両耳を真っ赤にさせて俯いた。

 そっちから誘って来た癖に、その反応なんなん?

「でも、それだけじゃあな……」

「他は何が御望み?」

 戦争と愛し合う事は、つり合いが取れないが、俺の反応を見るに、2人は、一縷の望みを見出したようだ。

 バイオレットが、鼻先数mmまで顔を近付かせる。

「そりゃあ、愛だよ」

「愛? 現状が不満なの?」

「そりゃあ不満だよ。両想いじゃないからな」

「……魔法で屈服させたら早いよ?」

「残念ながら、そんな趣味は無いんだよ」

 俺は、シャーロットの抱き締めつつ、バイオレットにキスを行う。

「……! ……」

 彼女は目を見開くも、やがてそれを受け入れた。


 私達は、景虎が好きではない。

 これは、本心だ。

 だけれども、生きる為には、彼を頼るしかない。

 例え、泥水をすすってでも。

「……」

 見上げると、景虎が私を抱き締めていた。

 傍らには、サーシャも居る。

 妻帯者の癖に。

 身重の妻が居る手前、私達を愛するとは、何とクズなことだろうか。

 それでも、暴力的なことや、精神的な虐待は一切ない。

 本心から私達のことを想っているのだろう。

 多分、他の人間族だったら、薬を使ってでも私達を蹂躙していた筈だ。

 然し、この男は、一応は、良心的だ。

 メイド服の指定等、嫌な部分はあるものの、それ以外は、自由である。

 私達が何を買おうが、何処へ行こうが、許してくれるし、何よりも束縛されていない。

 魔力で位置が分かっていることもあるのだろうが、人間族の男は総じて、束縛の強い生き物だ。

 よくDV家庭内暴力で妻を虐げる事件が、瓦版で報道されている。

 中には、DVの果てに殺人事件にまで発展する例さえもある。

 そんな残虐非道な人間族の男だが、景虎は、前者と比べると、非常に優しい。

 粗相で高級な茶器を壊した時も「物はいずれ壊れる」とし、激怒していたリリスとは対照的に、寛容な態度であった。

 買物で爆買いした時も、マーシャが「奴隷の癖に」と蔑んだのは対照的に、「買物楽しんだ?」と気遣ってくれた。

 まるで北風と太陽である。

「バイオレット」

「……うん?」

「好きだ」

 それから、キスされた。

 続いて、サーシャも。

 私が優先なのは、以前の身分が理由なのだろう。

ほだされているのかも……)

 昔と比べ、嫌悪感は薄らいでいる。

 サーシャも同じなようで、以前のような憎悪に満ち満ちた表情は少なくなっている。

 私も自覚は無いが、恐らく、そうなっているのだろう。

(我ながら……チョロい)

 自己嫌悪に陥りつつも、私は、景虎の首に手を回すのであった。

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