第30話 ヨハンセン

 私の予想では、バルベルデとワレンシュタインの戦争は、数時間で終わる。

 何故なら、バルベルデの方は、

・反人間感情で集まった魔族による統一国家の為、人間領国家との戦争には高い士気

・最高指導者である景虎のカリスマ的指導力

・魔力と豊富な物理的武器(例:手榴弾等)

 一方、ワレンシュタインは、

・人間族主体なものの、統一された民族意識は希薄

・最高指導者の明日香が、まだ国内全土に浸透していないこと

・魔力無し、物理的な兵器はあるものの弓矢等で、後進的

 と、どれも比較すると、どれも悪い。

 十中八九、開戦したら、敗戦は不可避だろう。

「……」

 詰所で隣室の明日香の様子を伺いつつ、手紙をしたためる。

 そして、伝書鳩の脚に括り付けた。

「……お行き」

 伝書鳩は、ばっさばっさと飛んでいく。

「……」

 私は、その身を案じていた。

 私は、詰所で休憩していた。

「……」

 考えているのは、戦争のことだ。

 景虎は、普段、優しいが、対面のことを考えて開戦を決断したのだろう。

 私も彼の立場なら、同じ方針を採る筈だ。

「……」

 腹部を撫でる。

 陛下と一緒に私は、愛された。

 流石に1回で妊娠するかどうかは分からないが、あのエルフを妊娠させたので、少なくとも、あの男は子供を作れることが判った。

 今後、私もあの男の子供を妊娠するだろう。

 現時点では、生活に支障が無く、ほぼほぼ満足はしている。

 にも慣れたのか。

 はたまた、諦めたのか。

 彼への嫌悪感や憎悪は、以前より薄まっている。

 多分だが、彼が紳士的だからだろう。

 最初こそ愛は無かったが、一晩愛されると、どうも心がざわつく。

 我ながらチョロい女だ。

 陛下も考えたくはないが、そのような傾向があるようで、男と一緒に居る時、時々だが、の表情になる。

 演技なのか、本心なのか分からない。

 それでも、私は、陛下が生きてさえいればそれでよい。

「クルック~」

「ん?」

 振り返ると、窓辺に伝書鳩が居た。

 その脚には、くるくるに巻かれた手紙が。

「……ん?」

 取って、開く。

 差出人は、『ヨハンセン』なる人物であった。

(ヨハンセン……? 誰?)

 私の知り合いには、そのような人物は居なかった筈だ。

 直感で偽名説を考えて、その意図を探る。

(ヨハンセン……ヨハンセン……ヨハンセン……)

 暫く考えた後、真実に行き着く。

(! 余反戦ヨハンセンか)

 直ぐに中身を読んでみる。

 これは……恐らく、永久子の文字だ。

 以前、文字を書いている所を見たが、彼女の文字は、書道家のように美しい。

 多分、大陸一だろう。

『ヨ、ハンセン(余、反戦)。

 センソウ、コノマズ(戦争、好まず)。

 ワヘイヲナスタメニドウシモトム(和平を成す為に同志求む)』

 永久子も永久子で、親友同士が殺し合いのを見たくないのだろう。

 然し、彼女が戦端とも言える。

 あの時、感情的に水をかけなければ。

 もっと理性を保っていれば、このような状況にはならなかっただろう。

 そう言う事があって、今更だが、和平に奔走しているのかもしれない。

(私を仲間に、って訳ね)

 心身共に、景虎に支配されている以上、抵抗はたかが知れているが、それでも戦争は避けたい。

 戦争には、猫人族も動員される筈だから。

(……説得するしかないよね?)

 重荷だが、仕方ない。

 私は、和平の為に一肌脱ぐことを決めるのであった。


 年末のある日の晩。

 今日も今日とて、俺は、マーシャ、シャーロット、リリスと同衾しつつ寝ていた。

 シャーロットはお腹のことがあるので、本来なら別々の方が良いのだろうが、彼女の希望で愛し合うことはしないものの、同じベッドだ。

 シャーロットのお腹に圧力がかからないように、距離を保ちつつ、手は離さない。

 構図で言うと、左右にマーシャとシャーロット。

 俺の腹部にリリスがまたがる川の字の新ver.である。

 バイオレット、サーシャのコンビは、隣室だ。

 流石に人数が多い為、人数制限を設けないと、寝相次第では、誰かが蹴落とされる可能性がある為である。

 夜も更けた頃、俺は寝苦しさを感じていた。

(なんか……暑いな)

 目を開けると、子猫と目が合う。

「……ニャーゴ」

「(サーシャか)」

 頭を撫でると、子猫は、ペロペロと顔を舐め始めた。

 いつもの嫌悪感は何処へやら。

 今は、文字通り、猫を被っている。

「……ニャー」

 その目を見ていると、心がざわつく。

「……泥棒猫」

 見ると、マーシャが小狼化して、全身の毛を逆立たせていた。

「主、この化け猫は―――」

「夜這いだろ?」

「!」

 サーシャが、驚いた顔になる。

 普段、俺にそれほど好意を抱いているとは思えない、サーシャがわざわざ、就寝中に来るのは、相応の理由がある筈だ。

「マーシャ、罰を与えろ」

「!」

「は!」

 マーシャは、サーシャの首を咥える。

「う」

 苦痛に表情を歪ませるも、抵抗する素振りを見せない。

「……? 何の騒ぎ?」

 リリスが起きた。

 反対に、シャーロットは、熟睡中だ。

「何でもないよ。御休み」

 リリスにキスし、俺は再び目を閉じた。


「泥棒猫ね。正妻が居るのに夜這いとは」

 別室で私(人間ver.)は、サーシャ(人間ver.)と対峙していた。

 彼女は、手錠で拘束されている。

 禁呪が無ければ、簡単に解く事が出来るが、彼女は、奴隷。

 決して、主には、抵抗出来ない。

「……戦争を回避する為に来た」

「夜這いして、篭絡ろうらくし、説得しようと?」

「そうよ」

「……主は、そんなに甘くないよ?」

「それでも可能性が1%でもある限りするわ。何度捕まっても拷問されても、開戦が回避されるのであれば、喜んで説得するわ」

「……そう」

「貴女はどうなの? 同胞が多数死ぬのかもしれないのよ?」

「人間族が吹っ掛けた戦争よ。同胞も怒っている」

「……」

 フェンリルは種族全体で、主に忠誠を誓い、猫人族は、個々によって賛否は分かれている。

 そういうことなので、サーシャがあるじに不忠なのは、分からないではない。

「もう開戦は、避けられないわ。もし、和平を望むならば、向こう次第だけど」

「……つまり、向こうが矛を収めたら可能性はあると?」

「最終的に判断するのは、主だけどね」

 和平の可能性を提示したのは、私も無意識では、開戦に反対なのだろう。

 シミュレーションでは、我が国の圧勝だ。

 然し、人間族に大勝すれば、その他の人間領諸国家が反バルベルデ同盟を組み、四方八方から攻めて来る可能性がある。

 そうなれば、苦戦を強いられるかもしれない。

 いかに世界の先進をひた走る我が国でも、四面楚歌は厳しい所がある。

「……永久子に相談しても?」

「どうぞ、ご自由に。でも、開戦したら終わりよ」

「分かってる」

 私は溜息を吐き、呟いた。

「主、御免なさい」

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