第29話 戦間期

 レムリア大陸暦1111年12月24日。

 大陸全土を覆った大雪により、バルベルデ=ルドヴェキア二重王国全土では、大雪警報が発令。

 外出禁止となり、全土の道路は、凍結状態になる。

 冬将軍到来、と言った感じだろうか。

「……寒い」

「そうだな」

 リリスと俺は、炬燵こたつから出れないでいた。

 炬燵は、この異世界に無かったものだが、俺が魔法使いに作らせたものだ。

 その結果、需要が高まり、現在は、全土に普及している。

「サムイ」

「主、温めて♡」

「寒いね?」

「陛下、懐炉かいろです」

 布団と風呂、トイレ以外は、炬燵だ。

 マーシャは、小狼化し、俺の膝の上で寛ぎ、リリアは、→。

 シャーロットは、左側に座っている。

 バイオレット、サーシャは向かい側だ。

 俺は、サーシャを見た。

「猫娘、来い」

「……は」

 名指しされた彼女は、子猫化し、炬燵の中を通って、俺の膝に乗る。

 すると、マーシャが犬歯を剥き出しにした。

「ウー……」

「マーシャ、止めろ。サーシャ、済まんな」

「ニャーン♡」

 あからさまに猫を被っているが、それも生きる為だ。

 リリスがサーシャの頭を撫でつつ、問う。

「何故、奴隷を妻に?」

「単純に好みだからだよ。鳥女ハルピュイアもね」

「!」

 いきなり告白されて、バイオレットは、動揺する。

「え……好きなの?」

「そうだよ。だから結婚したんだ」

「……そう、なんだ」

 バイオレットは、どんどん赤くなっていく。


(好き……なんだ)

 政略結婚と思いきや、好意は本物のようだ。

「……」

 改めて、自分の容姿を見る。

 鋭い鉤爪、大きな翼……

 どれも人間の好みには、思えない。

「……あのさ」

「うん?」

「若しかして、特殊性癖な人なの?」

「まさか」

「でも、人外に手出してるじゃない?」

 人間族は、自分の容姿に近しいエルフ族や夢魔に手を出すことがあっても、猫娘やフェンリルに好意を抱くのは、聞いたことがない。

「好きなんだからしゃーない」

 景虎は、小型化したマーシャとサーシャを抱っこする。

「主♡」

 マーシャは笑顔で頬を舐め、

「……」

 サーシャは心底、嫌そうな顔でこちらに助けを求めている。

「……私は、鳥人族の暴動を抑え込む切り札なのかと」

「独立運動は構わんよ。ただ、その場合は、国外に出てもらうが」

「……」

 この男は、二枚舌だ。

 私達に行き場が無いことを知っている上で、寛容さを見せている。

 とんだ食わせ者よ。

 だけれども、私は生き延びる。

 この男を利用してでも。

「陛下」

 立ち上がって、飛び、景虎の前に両肩に降り立つ。

 こういう時、鉤爪は、非常に便利だ。

「……陛下に永遠の愛と、忠誠を誓います」

 そして、正妻の白眼視と旧臣の不安視を他所に、私は、屈んで、景虎とキスをするのであった。


 バイオレットとサーシャが同時に妻になった事で、旧ルドヴェキア領の鳥人族、猫人族の反発は、抑え込まれた。

 対外的には、政略結婚で通している為、バイオレットの信奉者からの反発は少ない。

 唯一、真相を知る私は、遂にバルベルデへの出兵を計画していた。

「ベケット、何人動員出来ます?」

「8万人です。予備兵も合わせれば、最大50万人になります」

「……新年に侵攻を」

「は」

「明日香、勝機はあるの?」

 永久子が問う。

 未だ迷っている顔だ。

 戦争すれば、もう以前の関係には戻れない。

 親友は、仇敵となり、今後、殺し合うのだから。

「……もう決めたことだよ」

「……」

 それ以上、永久子は言わず、引き下がる。

 何か言っても口論になるだけ、と判断したのかもしれない。

 その判断は正しい。

 私は、今、自分でも分かるくらい、怖い顔になっているから。

 国家、国民の為、想い人を殺す。

 多分、奪われた、という憎悪もあるのだろう。

 無論、私達は、恋人関係ではなかったので、景虎が誰と付き合おうが本人の自由だ。

 告白出来ずにいた私にも悪い一面があるだろう。

 まぁ、告白したとして、付き合えたかどうかは別問題だけれども。

「……」

 ベケットが出した命令書に、私は署名する。

 これで有効だ。

 元日になった途端、両国は開戦状態になるだろう。

 こちらの勝利条件は、

・首都の制圧

・バイオレット、サーシャの解放

・景虎の首

 のいずれか、としている。

 問題は、景虎を討つと、同時にバイオレット達が死ぬことだ。

 禁呪の解除は人間には出来ない。

 だが、私の調査では、「上級魔法使いであれば、解除出来るかも」とのことだ。

「……」

 殺意と敵意に満ち満ちた私を、永久子が心配そうに見つめているのであった。


 ワレンシュタイン公国の戦争準備は、俺の下に上がった。

「また戦争か……」

 帝国の次にワレンシュタイン公国。

 しかも今回の敵対者は、幼馴染だ。

 御互い手の内を知っている以上、非常にやり難い。

「初恋の人と殺し合いのは、苦手?」

 リリスにあすなろ抱きされた。

「……気付いていたのか?」

「そりゃあ勘だからね」

「……済まん」

「謝らないで。過去のことだから」

 独身時代の恋は、責めるも攻めることが出来ない。

 無論、嫉妬心が無い訳ではないが。

「……再会した時、どう思った?」

「? 何も?」

「本当に?」

「疑うなら、心を読んでみろよ?」

「……」

 リリスは、目を細めて、俺の背中に耳を当てた。

「……本心だね。でも、薄情だよ」

「どうして?」

「あの娘、泣いてた。多分、貴方のこと、大好きだったんだよ」

「……かもな」

 否定はできない。

 俺は、膝の上でこちらを伺うマーシャを見た。

 その小狼の瞳は、潤んでいる。

「……大丈夫。過去は過去。今は今だ」

「……ク~ン」

 小さく泣いた後、マーシャは、胸板に頬擦り。

「……離婚はしないよ。誰もね」

 そう言って、その涙を拭う。

 マーシャが図に乗る為、余り公言はしたくないのだが、転移後、最初に一目惚れしたのが、彼女だ

 妻に順列をつけたくはないのだが、敢えて付けた場合、最も、手放しくない妻である。

「……過去との決別だよ」

「……例え相手を殺すようになっても?」

「……かもな」

 国民が死ぬ可能性が高い戦争は、避けたい。

 然し、交渉の場で永久子に水をぶっ掛けられ、更に明日香はそれを擁護した。

 外交上、この上無く無礼なのは、言わずもがなであり、あれを不問にすることは、「バルベルデは、恥知らずな国家」と解釈され、その国民も下に見られ易い。

 身重の妻を見る。

「……」

 シャーロットは、ベッドの上で、心配そうにこちらを見つめている。

 妻が妊娠している状態での開戦は個人的な感情でも避けたい所だが、戦争は、待ってくれない。

 戦争というのは、殺し合いである。

 攻める時は、攻めないと、形勢逆転されれば、こちら側が死傷する可能性がある。

 俺は、マーシャを抱っこしながら呟いた。

「来るなら来い。殺してやる」

「!」

 その言葉に1番鋭く反応を示したのが、壁際に居たサーシャであった。






 

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