第32話 新体制

 2人の新妻の説得工作により、景虎は、軟化に傾きつつあった。

 その情報に、フォックスは、安堵する。

(よし、成功しそうだな)

 密かに兵を集め、城を取り囲む。

 レムリア大陸暦1111年大晦日。

 8千人の兵が深夜、城に突入する。

 予定日では、あと少しで開戦するのだ。

 だったら、早めの方が良い。

 城内では、メイドが逃げ惑い、執事達が弓矢で応戦する。

 倉庫にあった斧や鉈、台所から包丁を取り出す者も居た。

 然しながら、執事達は、非戦闘員だ。

 武器を使ったことも無ければ、殺人を犯した事も無い。

 次々に執事達は殺されか、拘束されていく。

「!」

 寝込みを襲われた形になる明日香は、飛び起きた。

「何事!」

「政権交代です」

 私は、答えた。

 親友・明日香の首筋にナイフを添える。

「……え?」

「戦争を避ける為よ」


 同時刻。

 俺達は、炬燵を堪能しつつ年越し蕎麦を啜っていた。

「ウマ♡ ウマ♡」

 上機嫌なシャーロットと、

「主、熱いです♡」

 ハフハフ、とするマーシャを左右に侍らし、

「……蕎麦って初めて食べた」

 リリスは、俺の膝の上に居た。

 向かい側には、いつものようにバニーガールの2人が居る。

「「……」」

 2人は、蕎麦を静かに食べていた。

「……お、そろそろ時間だな」

「ジカン?」

 シャーロットが首を傾げた。

 可愛い♡

「年越しだよ」

 直後、外から大きな爆音が轟く。

 窓を開けて見ると、花火が打ち上げられていた。

「「……」」

 その瞬間、バニーガールの手が止まる。

 年が明けた=元日=開戦予定日だ。

 バイオレットが、震えた声で尋ねる。

「……陛下、開戦するのでしょうか?」

 現在、ワレンシュタイン公国の四方八方は、水棲魔族率いる海軍が包囲している。

 そして、空も竜が飛び交い、いつでも上陸出来る準備は整っていた。

 制海権、制空権を有している、バルベルデ軍だ。

 ワレンシュタイン公国の首都を攻め落とすのは、数日もかからないだろう。

「……向こう次第だよ。マーシャ」

 直後、マーシャは、小狼化。

 そして、俺の左肩に乗せる。

「サーシャは、こっち」

「……は」

 サーシャも子猫化し、指示された右肩へ。

「君はここだ」

「……分かったわ」

 空いた席にバイオレットが呼ばれる。

 彼女は座ると、抱き寄せられた。

「……戦争は避けたいよ。俺だってな」

「……」

「でも、体面がある。これは俺個人の問題ではない。国家の問題だ」

「……」

 その時、鳥人族が頭と肩に雪を積もらせたまま、窓から飛び込んできた。

「陛下! 鳩作戦オペレーション・ピジョン成功しました!」

「そうか!」

 俺は、ガッツポーズを決めた。

「年越し、済まんな。休め」

「あけましておめでとうございます。陛下、では、休みを取らさせて頂きます」

 鳥人族は、寒空の下、帰っていく。

「何? 鳩作戦って? 私、聞いてないんだけど?」

 あからさまにリリスは、不機嫌になった。

 殆ど一緒に居るのに隠し事をされたのは、気分が悪いのだろう。

「2人に説得されてな。一応、回避の準備も、開戦と並行して進めていたんだ」

「カイヒ?」

「大丈夫。こっちが有利なようにな?」

 頭上に「?」を浮かべる妻達を前に、俺は説明を始めた。


 鳩作戦を思い立ったのは、ワレンシュタイン公国の将軍、フォスターからの接触コンタクトがあったのが、契機だ。

 フォスターは、軍人であったが、現実が見える愛国者で、開戦には、最初から反対の立場であった。

 そこで同じく反戦派の永久子と共に、余反戦派ヨハンセン・グループに加入。

 急ピッチで政変クーデターの計画を進めた。

 その際、旧ルドヴェキア共和国の亡命者の中に居た魔法使いに協力を要請し、魔法で俺と会談。

「大晦日に政変を実行するから、その結果次第では、開戦を思いとどまってくれ」

 と、提案したのだ。

 当然、俺は、勝ち戦をわざわざ見逃すほど甘く無い為、断固拒否。

 その時、フォスターは、

・政変が成功した場合も、貴国の従属国になること

・戦後処理も委任すること(賠償金や無暗むやみな処刑は禁止)

・新体制後、ワレンシュタイン公国は、外交と国防を貴国に委任すること

 の3条件を提示。

 このやり取りは、宝珠で記録され、ワレンシュタイン公国が反故した場合、瞬時にレムリア大陸全土に流れることになった。

 フォスター等、反戦派の制限時間は、残り少なく、時間稼ぎだとしても、どの道敗戦は確実視されていた為、俺は、その提案を受け入れたのであった。

 ―――

「じゃあ、明日香は……」

 バイオレットは、震えた。

「案ずるな。無事だよ」

「え?」

ぎょくをわざわざ失う意味は無いよ」

 嗤う俺に、サーシャは、不快そうに眉を顰めるのであった。


 レムリア大陸暦1112年1月1日。

 ワレンシュタイン公国は、新年の挨拶の代わりに驚くべき発表を行った。

『―――国民の皆様、私は、フォスターである。

 明日香女王は、心身の不調に伴い、昨日、退位され、今日より、我が国は、共和制を採ることとなった』

「「「!」」」

 国民に動揺が走る。

 そして、諸外国の観戦武官も。

「王制から共和制だと?」

「一体、何があった?」

「バルベルデの工作か?」

 ルドヴェキア共和国を電撃的に併合したバルベルデは、最早、卑怯者の代名詞となりつつあった。

 演説が続く。

『陛下を扇動していた好戦的な佞臣ねいしん達は、我々が「愛国無罪」の下、鎮圧に至った。

 ここに国民に申し上げる。

 戦争は無くなった。

 平和は続く』

 拘束された明日香とベケットは、密かに船でバルベルデに移送されていた。

 2人とも拘束具で自由を奪われ、身動きが取れないでいた。

「……」

 2人のお目付け役は、私だ。

 知り合いのメイドが心配そうに尋ねる。

「陛下と閣下は、どうなるのでしょうか?」

「新王次第よ」

「……」

 明日香は、精神安定剤を投与され、落ち着いている。

 一方、ベケットは、憎悪に満ち満ちていた。

「この売国奴めが!」

「戦争屋よりマシよ」

 私は、唾を吐き捨てる。

 明日香が暴走したのは、この佞臣も原因なのだろう。

 精神的に不安定になった彼女をそそのかし、暴走を助長した。

 突然の退位と共和制への移行の全責任をベケットに押し付けた。

 これらは全てフォスターとの作戦だ。

 これで全国民の憎悪は、彼に向かう筈だ。

 ベケットを白眼視しつつ、私は窓の外を見た。

 大海原が広がり、空には、竜が飛び交っている。

 護衛なのか、監視なのかは分からないが、取り敢えず、竜が近くに居れば、海賊に襲われる心配は無い。

(多分、殺されない筈……)

 私は、明日香に歩み寄って抱き締める。

(私は最悪、どうなっても良い……この子だけでも)

 船は、氷の海を突き進むのであった。

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