転移と姫様と強国

第21話 ルドヴェキア共和国の焦り

 近代化が進むバルベルデに対し、ワレンシュタイン公国は、関心を抱き、外交関係樹立を模索していた。

 その最高権力者である私は、余りにも情報が入ってこないバルベルデに、不信感を抱いていた。

「……ベケット、バルベルデって人間に排他的なの?」

「そうですね。人間領各地で排斥された怪物モンスターが、逃げ込む国ですから」

「……」

 怪物は魔族の蔑称だ。

 バルベルデ国民が聞けば、怒るだろう。

 ベケットも気付いてはいないが、無意識的に魔族を蔑視しているようだ。

「……我が国をどう見ているかな?」

「過去、接触が少ないですからね。分かりません」

「そっか……」

「ただ、ルドヴェキア共和国に仲介を頼んでみた方が良いかもしれません。あの国は、古くから、バルベルデと交流がありますから」

に忌避感が無い?」

「距離が近いですからね。見慣れているのでしょう。は」

「……」

 ルドヴェキア共和国の国家元首とは、結構な頻度で会食する間柄だ。

 帝国がバルベルデに侵攻した時も、協力の要請をのらりくらりとかわし、戦争に加わることはなかった。

 若しかしたら、戦争の勝敗を予期していたのかもしれない。

「永久子、御免。ルドヴェキアに使者を」

「は」

 傍らに居た永久子はすぐに動いた。

 その傍には、同僚と思しき侍女が常に居る。

 2人は、向かい合うと、手を繋いで歩き出した。

 同僚以上の関係なのかもしれない。

(ま、仕事さえしてくれれば問題ないけど)


 ワレンシュタイン公国からの勅使は、数日後、ルドヴェキア共和国に着いた。

 ルドヴェキア共和国は、国土の大半が密林ジャングルと山岳地帯という国家である。

 その為、守りは堅牢で、帝国のような大国が攻め入っても、密林に逃げ込めば、こちらの思う壺だ。

 密林を落とせたとしても、次は、3千m級の山岳地帯なので、余程のことでも無い限り、侵略国家は、諦める。

 戦が長引けば、士気も落ち、戦費も馬鹿にならない。

 バルベルデとは違った防衛に特化した国と言えるだろう。

 その国家元首は、ワレンシュタイン公国同様、女性であった。

「バイオレット様、是非、ご仲介のほどを」

「……急な話だね」

 18歳の男装の麗人は、苦笑いだ。

 親しい、明日香からの誘いは無碍に出来ないのだが。

「……まぁ、丁度、明日、行く予定だから、話してみるよ」

「明日?」

「ええ。国境線の未確定な場所があるから。その交渉の為にね」

 バイオレットは、鳥女ハルピュイアなので、空を自由に飛ぶことが出来る。

 なので、バルベルデには一飛ひとっとびだ。

 勅使が尋ねる。

「陛下は、新王とお会いしたことは?」 

「無いよ。明日が初対面」

「どのようなお人柄か御存知でしょうか?」

 その言葉に、バイオレットは察した。

 ワレンシュタイン公国が、バルベルデに並々ならぬ関心を抱いていることを。

「さぁ、まぁ明日分かることだからね」

 それ以上の言及を避けるのであった。


「良いのですか? 友好国なのに?」

 勅使が帰った後、人間の宰相が尋ねた。

「良いのよ。表面上だけだし。教える義理も無いしね」

 勅使には嘘を吐いた。

 私は、新王のことはある程度、知っている。

 何故なら、鳥女だから。

 鳥には、国境線など在って無いようなものだ。

「嘘を吐いたのは、今後、ワレンシュタイン公国との外交関係に響くかと」

「知らないよ。そんなこと」

 宰相の諫言かんげんに、私は聞かない。

「今は、明日のことを考えるだけよ」

「……は」

 宰相は思うことがあるようだが、引き下がった。

 そう、我が国の最優先事項は、明日の会談だ。

 国境線画定化交渉は建前で実際には、別の狙いがあった。

(……明日、帰ってこれるかな?)

 急に不安になるものの、おくびにも出さず、国家元首としての威厳を保つ私であった。


「なぁ? バイオレットってどんなお方なんだ?」

 王宮の私室のベッド上で、俺は尋ねた。

「鳥女」

「男装の麗人らしいです」

「ワカンナイデス」

 それぞれ、リリス、マーシャ、シャーロットの言葉。

 リリスは俺に跨り、残りの2人は綺麗に左右に分け、ベッドを共にしていた。

 一軒家の為、寝室が狭く、ベッドが複数用意できないので、一つのベッドを共有している訳だ。

 マーシャは狼化すれば雑魚寝、リリスは空中でも寝れる為、実質、マーシャだけでも良いのだが、夫婦なので極力、ベッドで寝て欲しい。

 そういう俺の希望で、狭いながらも、このような状況であった。

 これを聞いた時、マーシャは泣いて喜んだのは、印象的である。

「ただ、私は、あんまり印象良くないね。いきなり、予定をねじ込んでくるんだから」

「あー……」

 リリスの意見に同意を示す。

 一応、暇とはいえ、こちらの都合もあるのだが、先日、鳥人族の勅使がいきなり来て、土下座で会談を要請したのだ。

 勅使が土下座するレベルなので、相応の理由があることだけは想像出来るが。

 内容が国境線画定化交渉なので、拍子抜けした感じだ。

「国境線ってそんなに急いで決めることなのかな?」

「最近じゃ、人間族の概念が亜人や魔族の間にも浸透しているからね。諍いが起きる前に早めに決めちゃおうってことじゃない?」

「それは分かるが……ちょっと焦っていないか?」

「知らないわよ。そんなこと」

 リリスは話題に飽きたのか、大欠伸おおあくびした後、俺の胸板を枕にする。

 ……動けない。

「主♡ 主♡」

 リリスの次にマーシャがすり寄る。

「ん?」

「交渉後は、ルドヴェキア共和国に行ってみたいです」

「ああ、良いかもな、ただ」

「ただ?」

「国内改革中に旅行は、ちょっと、国民に申し訳ない感じがする」

「イキヌキ」

 ムッフー、とシャーロットは、鼻息を荒くする。

「あ、シャーロットも行きたい感じ?」

「ハイ♡」

「んー……じゃあ、状況次第な?」

 ルドヴェキア共和国旅行(仮)が決まった。

 俺は、左右を抱き締めると、

「でも、その前に世継ぎを考えたい」

「「「!」」」

 3人が鋭く反応を示した。

 リリスが目を開けた。

「何? 急に?」

 今までの営みは、魔法で避妊していたのだが、それを撤廃したい、と言っているのだ。

 嬉しさが込み上げているようで、リリスは破顔一笑だ。

「王族が俺だけって不安なんだと。万が一のことがあるから」

 先代の国王夫妻は、世継ぎを作ることなく病死した。

 そこで召喚されたのが、俺だ。

 先代同様、同じてつは踏めない。

「……」

 3人の中で唯一、不安そうなのが、シャーロットだ。

 子供は欲しいが、ビクトルの反応が気になるのだろう。

 俺も10歳くらいの年に大好きな姉が妊娠すれば、どう反応して良いか分からない。

 吉報なのだろうが、受け入れられるかどうかは、感情的に分からない。

「……ワタシハ―――」

「分かってるよ。1人1人に合わせてのことだから強要はしないから。シャーロットのペースに合わせる」

「……ハイ♡」

 シャーロットは、力強く頷き、俺の頬にキスするのであった。

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