第12話 達観と憎悪

 顔面をボコボコにされた俺を、フェンリルが、慰める。

「主、まだ痛いですか?」

「痛みは無いよ。腫れだけ」

 魔力で修復が行われているが、流石にシャーロットの力士並の張り手では、すぐには困難だ。

 魔力が無ければ、シャーロットは、雷電爲右エ門らいでんためえもんのように張り手で俺を殺していただろう。

 リリスが苦言を呈す。

「シャーロット、流石にこれはやりすぎよ。命の恩人でしょ?」

「……ウン」

 時間が経ち、頭が冷えたのか、シャーロットは、罰が悪そうだ。

「イノチ、タスケテ、イタダキ、カンシャ、ス」

「主?」

 振られて、俺は腫れる頬を気にしつつ、答える。

「良いよ」

「……」

 シャーロットは、俺を尚も睨む。

 2回目の出会いだが、最悪な出会い方だったな。

 不可抗力だったのだが、シャーロットが嫌な思いをしている以上、俺はお手上げだ。

 俺の代わりにリリスが尋ねる。

「それで、何しに来たの?」

「ナンミン、ヲ、スクッテクレ。カワリニ、ワタシ、ヒトジチ」

「「「?」」」

 俺達は、顔を見合わせた。

「難民キャンプ?」

「ああ、主に説明していませんでしたね。我が国には、戦乱で故郷を追われた難民を収容する地域があるんです」

「へー」

 報告書には無かった為、初見だ。

「エルフ族も難民として住まわれています。ただ、我が国は、御覧の通り、資源が豊富では無い為、食料等は行き渡っておらず、よりよい暮らしを求めて、更に国外に移動する難民も居ます」

「……成程な。人質、というのは?」

「ヒトミ、ゴクー」

「……はい?」

「ヒ、トミ、ゴクー」

「……?」

 リリスが訳した。

「人身御供。人間族にもあるでしょ?」

「ああ、それね……ようは生活を豊かにする為の代替品として、人質と?」

「ソウ、ダ」

 要約してようやく分かった。

「……助けたいが、そもそも国自体が貧しいから、支援は困難だぞ?」

 バルベルデの資源は、農業だ。

 それも殆ど自給自足。

 他種族が多い分、他国との交易も少ない。

「オマエ、コクシュ。イズレ、クニ、ユタカ、ニスル」

「……それも予言か?」

「シャーマン、ノ、コトバ」

 夢魔と言い、エルフ族と言い何だかんだで、信心深いようだ。

「……俺にそに器は無いけど?」

「ケンキョ、ダメ」

 珍しくシャーロットは俺を擁護した。

 予言を否定するのは、エルフ族の意に反するようだ。

「……分かったよ。それで人質というのは?」

「ワレ、キサマノ、ツマ、トナル」

「……うん?」

「キエコナカッタノカ? キサマ、ト、ワタシ、フーフ」

「……」

 戸惑って、フェンリルを見ると、彼女も同じような反応であった。

「……エルフ族が人間に求婚するとは」

「珍しいことなのか?」

「はい。エルフ族は、常に人間族に虐げられていましたから」

「……」

 シャーロットを見る。

 嫌そうだが、何処か達観したようにも見える。

(政略結婚か)

 先祖の時代にもよくあった話だ。

 エルフ族が俺に関しては好意的なので、そういうこともあるのだろう。

「……君は良いのか?」

「シュゾクノタメ。オマエ、ニモ、オンアル」

「……」

 言い方が刺々しいが、一応は納得しているようだ。

 2人の妻を作った直後に3人目なのは、早いペースだが、こればかりは天命だ。

 俺が望んだ訳ではない。

 政略結婚自体も、ここが地球とは異なる考え方なので、否定は出来ない。

 エルフ族も難民とはいえ、現状は、国民の一部なので余り、放置も出来ない。

「……分かったよ。迎えよう」

「カンシャ、スル」

「でも、夫婦の契りは結ばないよ」

「ナニ?」

「それは御互いが恋愛関係になってからだ」

「主?」

「分かってるよ」

 すかさず反応したフェンリルを抱き寄せる。

「俺達は両想いだ」

「……はい♡」

「私は?」

「綺麗だよ」

「軽くない?」

 リリスは不満げだが、好意は本物なので、夫婦である。

 フェンリル←→俺←→リリス

        ?

       シャーロット

 いびつな夫婦関係が始まった。


 公休日は、基本的に俺は仕事しない。

 法律上の休みにわざわざ仕事をする意味が分からない為だからだ。

 その分、平日は、しっかり仕事する。

 シャーロットを迎え入れた翌日、俺達は、早速、エルフ族の自治区に巡察に行った。

 自治区、というのはその名の通り、種族の自治が認められた場所であり、半独立状態にある。

 エルフ族の難民は、数千人居た。

 見た目が常に若い為、子供以外の年齢が分からないが、体感では、10~20代が多めだろうか。

 シャーロットの話では、子供は、奴隷の為、優先的に狙われ、30代以上は、無価値、と見られ、殺される事が多い、という。

 江戸時代の大奥でも、30代からは、老女扱いだった為、帝国やその他、人間の国家は、そのような考えが根付いているのかもしれない。

 長が喜んで歓迎する。

「陛下、よくぞ来て下さいました」

 俺の前に跪き、その手の甲にキスを行う。

 事前にエルフ族の文化、と聞いている為、驚きはしないが、やはり、異文化なので、新鮮さがある。

「族長、集落を見て回っても?」

「どうぞどうぞ」

 長の許可が出た所で、俺達は、集落の巡察を始めた。

「「「……」」」

 数千人のエルフ族の難民は、俺に複雑な視線を送っている。

 家族を殺せたのだろうか。

 明らかに憎悪な色を見せる者。

 現状の生活を打破する救世主として、頼りたい目。

 本当に両極端だ。

 シャーロットやフェンリルが居なければ、俺は、前者に殺されていたかもしれない。

「……」

 井戸を覗き込む。

 中の水は濁っており、汚臭が半端ない。

 恐らく、病原菌の巣窟だろう。

「……」

 次に、家を見た。

 掘っ立て小屋を無理矢理連結させた長屋のような棟が並んでいる。

 少し強い風で、その屋根のわらは簡単に吹き飛ばされるかもしれない。

 又、棟自体も歪んでおり、恐らくだが、部屋の中は、傾斜があるだろう。

 隙間もある為、隙間風もあり、更に私的プライバシーも無い。

 環境が最悪で、更に私的な空間でも無い為、ストレスも溜まる一方な筈だ。

 俺がこの生活を送るのは、正直、耐え難い。

 転移前の日本では、中々見れなかった惨状に、俺は、言葉を失った。

「……」

 その時、俺の前に小石がコロコロ。

「?」

 直後、少し大きな石が、俺の頬を掠めた。

「! 陛下」

 フェンリルが、盾になるも、俺はその手首を取って返す。

「え?」

 背負い投げの要領で倒されたフェンリルは、目をぱちくり。

 その数秒後、俺の頭に直系10cmはあろう、石が直撃した。

「「「!」」」

 フェンリル達は、絶句した。

 俺は、投げた者を見る。

 エルフ族は、海割の如く、道を開けた。

 投げた者は、10歳くらいの子供であった。

「……」

 唇に血が出るほど、噛み締めて、俺に投石器スリング・ショットを向けている。

 シャーロットが叫んだ。

「ビクトル、ダメ!」

 その叫びも空しく、ビクトル少年は、直径20cmくらいの石を装填し、すぐさま放つ。

「っ!」

 シャーロットが前に立った。

 人間の恨みは分かるが、一応は夫だ。

 刹那くらいの時間差で悩み、俺を選んだのだろう。

 感心しつつも、俺は、

「有難う。でも、不要だ」

「!」

 足払いされ、倒される。

 20cmもの石は、俺の額に直撃し、血を飛び散らすのであった。

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