第8話 迷う皇帝、笑う国王

 捕虜になったジュゼッペは、俺の前に引き出される。

 吸血鬼ヴァンパイアに吸われた彼は、ほぼ死に体だ。

「……」

 虚ろな目で、俺を見つめている。

 敢えて生かしているのは、帝国の情報を得る為だ。

「「「……」」」

 彼を取り囲む、竜や人魚等の他種族は、今すぐにでも襲い掛かりそうな勢いである。

 俺は、椅子に座り、ジュゼッペを見た。

「貴国は、何故、我が国を狙う?」

「……大陸統一の為、だ」

「多民族を無理矢理統合しても結局、分裂するのでは?」

「……大陸を人間のみの土地にしたい」

「「「!」」」

 その言葉に他種族達は、沸騰する。

 竜は殺気を出し、人魚は槍を魔力で生成した。

 然し、襲いはしない。

 事前に、「殺害のタイミングは、俺が出すからそこまで我慢してくれ」との勅令が出されている為だ。

「何故、人間のみに拘る?」

「昔、豚男オークが、修道女を暴行し、妊娠させた……それが戦争の契機だ」

「……それは、証拠があるのか?」

「無い。聖書に記録されている」

「……つまり、聖書が全て、と?」

「そう言う事だ」

 動機が分かると、こちらとしても動きやすい。

 話を聞く限り、帝国は宗教国家のようだ。

 そして、聖書を妄信するくらいの強硬派なようである。

「……帝国の全ての兵力はどのくらいだ?」

「100万だ」

(今回の100倍か)

 フェンリルが殺気を高める。

「主、そろそろ限界です……」

「分かった」

 我慢にも限界がある。

 俺は背を向けた。

 それが合図だった為、フェンリル達は、襲う。

 積極的に人間を襲う事は無いのだが、他種族は、人間の血肉の味を好む。

 人間で言う所の牛肉のような味らしい。

 王宮に戻った俺は、フェンリルが作成した地図を広げた。

 大陸一の大国・帝国。

 勅使を殺害し、その報復措置に来た軍人も殺害した。

 大規模な衝突は避けられない。

(防衛力を高めなければ、な)


 同胞でありながら、敵国の人間の殺害を認める新王の評価は鰻上うなぎのぼりだ。

 エルフ族の自治区の長は、益々、新王を気に入る。

「シャーロット、奴はどう思う?」

「温かみのある方でした」

「……じゃあ……頼めるか?」

「御意」

 自治区では、フェンリルと新王がとの噂が立っていた。

 新王が他種族と結婚すれば、他種族統一国家は、大きく進む。

(人間は、嫌いだけど……種族の為には、あの温かみのある男に頼るしかない……)

 馬に乗ったシャーロットは、集落を見渡す。

 未舗装の道に襤褸ボロを着た人々。

 その表情は、皆、暗い。

 自治区、と言っても、名ばかりで現状は、国外から逃げて来た避難民によって出来た難民キャンプだ。

 川水か泥水を飲み水とし、トイレも川で行う。

 言わずもがな、汚染水を飲んでいる為、伝染病が蔓延し易い環境だ。

 こんな環境下では、長寿なエルフ族であっても、短命になり易い。

 それを打破するのが、新王との接触だ。

 ここに居るエルフ族の多くは、人間族に追われた難民の為、新王が人間であることに余り好意的ではない。

 唯一、なのが、シャーロットである。

 彼女が難民キャンプの命運を背負っていた。

「……」

 涙を拭いて、集落を去る。

 その風景を目に焼き付いて。


 ジュゼッペ戦死の報せに帝国は、動揺した。

「……戦死だと?」

「はい……」

 部下の報告に大広間は、通夜のように静まり返る。

「……下がれ」

「は」

 フィリップは脱力した。

 戦勝の報告を心待ちにし、祝勝会の準備もしていたのだが、まさかの敗戦とは。

 誰が予想出来ただろうか。

「……」

 1万人も殆どが海の藻屑か、他種族の食料となった。

 これにより、バルベルデは更に蛮族のイメージが高まった。

 今後、遠征計画をしたら、脱走兵が相次ぐだろう。

 誰だって食われたくは無い。

 帝国内はおろか、大陸全域にバルベルデ脅威論が出来上がっていた。

「……陛下」

「言うな。分かって来る」

 宰相を言葉を封じ、フィリップは考える。

(……和睦か)

 こちらから吹っ掛けて来た戦争だが、継続は、現状、不可能だ。

 このまま無理に攻めることも出来なくはないが、士気が下がっている以上、連戦連敗する可能性が高い。

 何より、国民が黙っていない筈だ。

 皇帝は強者でなければならない。

 敗戦を重ねれば、革命、或いは、政変の動きが内部で起きることも考えられる。

(……クソが)

(無能だな)

(もう交代した方が良いかもな)

 考えに耽るフィリップに、貴族達は、内心、揃って無能の烙印らくいんを押し始めるのであった。


「へ~か~♡」

「陛下! 万歳!」

「よ! 我等が英雄!」

 王宮前には、他種族の国民が集まっていた。

 戦勝を記念に、小人ドワーフが沢山集まり、王宮の増築工事も始まっている。

 俺はフェンリル(狼ver.)に跨り、王宮前を闊歩している。

「陛下が上に♡ グヘヘヘヘヘヘ♡」

 涎を垂らし、上機嫌なフェンリルにドン引きしつつ、俺は、作り笑顔で国民に向かって、手を振る。

 厳密には、英雄は、最前線で戦った魔法使いや竜等なのだが、国王である以上、その功績は俺のものになるらしい。

 仕事しただけなんだけどな。

 ただ、褒めてくれるのは、非常に嬉しいし、有難い。

 何周か王宮前を周った後、尻が痛くなった為、凱旋がいせんは止める。

「よっと」

「あ」

 フェンリルから降りると、彼女は、不満げな声を上げた。

「陛下、もう終わりですか?」

「尻痛い。になる」

「既に大地主ですので、今更、大痔主おおじぬしになっても変わらないかと―――」

「あん?」

 睨むと、

「あん♡」

 と、顔を真っ赤にして逃げていく。

 もう少し格好良いイメージがあったフェンリルなんだけど、目の前の彼女は、どうもMマゾヒズムの傾向が強いように思える。

 多分、最強じゃね?

 知らんけど。

「陛下、記念品です」

 人魚の侍女が、リヤカーを牽いて、やって来た。

 荷台には、各自治区からの贈り物が所せましと積まれていた。

 水系魔族からは、海産物が。

 爬虫類系魔族からは、香木こうぼくが。

 その他の魔族からは、肉や野菜、米等が。

 毎回、ボリュームあるな。

 全部で100tくらいはありそう。

「献上品は嬉しいけれど、消費は出来んぞ?」

「ですから、国民の皆様にも御配りしようかと」

「そうしてくれ。―――あ、でも、香木は好きだから、出来たら残してくれ」

「は」

 意外な希望に人魚は目を丸くしたが、直ぐに微笑む。

 現在、王宮は増築工事の真っただ中で、圧倒的に木材が不足している。

 その為、香木の献上は渡りに船だ。

 然も、良い匂いがする為、人間以上に嗅覚が過敏な魔族にとっては、その香ばしさは、心地よい。

 王宮内で働く魔族系公務員には、モチベーション向上となり、働き方改革にもなる筈だ。

「さぁてと」

 俺は、肉を手に取り、壇上に登る。

 そして、今か今かと待ち侘びる肉食系魔族に向かって、はなさかじいさんのように肉をばら撒き始めるのであった。



 


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