第3話 新国王誕生

「主よ。跨れ」

「……はぁ」

 字面だけ見ると、えっちぃ感じだが、フェンリル(狼ver.)の背中に乗れ、ということだ。

「♡」

 俺に尽くす事が出来たフェンリルは、20代くらいで、高身長、スリムな体型と、パリコレを闊歩かっぽしているようなモデルのようだ。

「主♡ 主♡」

「……うん」

 顎を撫でてやると、「ぐへへへ♡」と涎を垂らし、興奮している。

 う~ん……最高神であるオーディンを飲み込んだ、と神話で語り継がれているのだが、どうも目の前のフェンリルとそれは、似ても似つかない。

 まぁ、地球の神話を異世界にそのまま持ち込むのは、無意味な話ではあるが。

 因みに出遭った当初の怪我は、フェンリルが「触れて下さい」というので、受傷した部分をひと撫でした所、あっという間に治った。 

「なぁ、フェンリル」

「はい?」

「ここは、どこだ?」

「レムリア大陸のルドヴェキア共和国です」

「……何て?」

「ルドヴェキア共和国です」

「……」

 発音が難しくて、2回目でやっと、文字化出来た。

 地球上に『レムリア大陸』なる大陸は存在しない。

 これで、ここが異世界であることが、実感出来た。

 問題は、国だ。

 何も情報が無い以上、警戒するのは、当然の話だろう。

「俺は何で召喚されたんだ?」

「戦乱を治める為です。主は、それだけの力がある存在です」

「……荷が重いな?」

「私が尽くします故、御安心を」

 初対面で、これほど好意的なのは、逆に怪しさがあるものの、今、彼女しか頼れる人が居ない。

「……それで具体的には、何をすればいい?」

「我が国に来て下さい。そこで王位に御即位頂きます」

「? もう決定事項なの?」

「はい。その為に召喚したのですから」

 成程。

 背景が、ある程度、理解出来た。

 ただ、一つ謎もある。

「召喚するのは良いけどさ。そんなら迎えに来てくれよ」

「申し訳御座いません。迷った末、人間族に襲われ、情緒不安定になっていまして」

「……もしかして、ドジっ子?」

「はい♡」

 ドジっ子・フェンリル。

 これは、需要がありそうだ(白目)。


 フェンリルに案内され、森林を抜け、山を下り、集落に辿り着く。

 見た所、人工的なフェンスは無かった為、国境線の概念は曖昧なのかもしれない。

 掘っ立て小屋の前でフェンリルは、跪く。

「どうぞ、お降りください」

「はいよ」

 座り心地の良さに名残惜しさを感じつつ、俺は下馬する。

 掘っ立て小屋には、『王宮』と日本語で書かれていた。

 異世界なので、文字も言語も言葉も違う為、日本語な訳は当然無いのだが。

 召喚で現地の文化に溶け込めるよう、勝手に脳内補正されているようだ。

「王宮?」

「小国ですから。どうぞお入り下さい」

 フェンリルは、人間ver.になる。

 便利だな、それ。

 に入ると、蜥蜴男リザードマン等、明らかな人外が燕尾服を着て、働いていた。

 彼等は俺を見るなり、一礼する。

「陛下、御即位おめでとうございます」

「え? もう?」

 フェンリルが、補足説明を行う。

「王宮には、結界が張られている為、我々が認めた者しか入れないのです。その者が、ここに入った途端、即位完了、という運びです」

「随分、緩いな?」

「逆に人間が厳しいと思いますよ。わざわざ、儀式的に大金と時間をかけるのは、不思議です」

「……まぁな」

 分からないではない話だ。

 という訳で、俺は、小国の王様となった。


 小国の名は、バルベルデ。

 農業国で、人間族は、ほぼ皆無という。

 要は、ドラゴン狼男ライカンスロープ人魚マーメイド等、怪物モンスターが国民の国家だ。

 人間同士の戦乱には、中立の立場で、侵攻してきた時には、挙国一致で迎撃する専守防衛が方針らしい。

「俺、人間だけど良いの? 王様って?」

「主を事前にお調べした所、非常に動物愛護に長けた人物、との事で、国民にも説明済みです」

「……怪物モンスターと動物って同じなの?」

「似て非なるものですが、要は、我々の見た目に恐怖しないのが、前提条件なのです」

「……はぁ」

 納得しそうでよく分からない話だが、怪物側が認めているのだから、そこまで気にする話ではないのだろう。

「……それで王様の仕事は?」

「楽になさって下さい」

「……つまり、具体的な仕事は無し?」

「そうですね。御希望すれば、巡察じゅんさつは出来ますが、それ以外は基本的に無いですね」

「……それ、俺の居る意味ある?」

「精神的支柱ですから♡」

 フェンリルは微笑むが、何だか、感が否めない。

 良いのだろうか。

「……なぁ、武器庫はあるのか?」

「無いです。ただ、魔法使いに頼めば武器は作れますが」

「凄いな」

「怪物ですから♡」

 小国が戦乱の被害を受けないのは、防衛力が最大の理由のようだ。

 感心しつつ、フェンリルの顎を撫でる。

「ゴロゴロゴロ♡」

 猫のように、喉を鳴らす。

 狼って猫だったっけ?


 バルベルデに人間族の国王が誕生した噂は、直ぐに大陸全土に広がった。

 森林でフェンリルを従わせた人間を猟師が目撃したのだ。

 レムリア大陸一の勢力を誇る、帝国は、それに注目する。

 戦乱の被害を受けず、独自の文化を育み、独立を維持するバルベルデは、レムリア大陸統一の障壁であった。

 国民の経済は、先進国とは言い難いレベルであるが、農業は盛んなので、戦略的には、魅力的な場所である。

 ただ、問題は、防衛力が途轍もなく高いこと。

 レムリア大陸に在る全ての国々が一気に侵攻しても、魔法使いによる防衛で耐え抜く筈だ。

 その皇帝、フィリップは、顎髭あごひげを揺らし、考える。

(今は、戦乱自体が落ち着いている……バルベルデに接触し、交流を図るチャンスだな)

 一度、交友関係を構築後、内部に付け入り、一気に叩く。

 我ながら、単純明快な作戦だが、バルベルデを落とすのは、それくらいしか具体的な方法は無いだろう。

「……宰相さいしょう、バルベルデに使者を送れ」

「は」

「もう一つ。確認だが、新国王は男なんだよな?」

「はい。そのように伺っています」

を贈れ。それで懐柔するんだ」

「は」

 フィリップは、顎を掻く。

(男が欲するのは決まっているから分かりやすいな)

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