第5話 新王と奴隷少女

 エルフ、というのは長寿な種族であり、然も、見た目が若々しい為、人間(特に女性)の嫉妬に遭いやすい。

 中には飼えば、長生き出来る、という謎理論を謳う学者も居るほどだ。

 エルフは、種族自決の為に、人間と戦争を選び、レムリア大陸で抵抗運動を行っている。

 男も女も弓を構え、森林でゲリラ戦を展開し、人間族の軍隊と交戦しているのだが、如何せん、人間族の方が数が多い為、奇襲が成功したとしても、その復讐に遭いやすい。

 勝率で言えば、3割くらいだろうか。

 そんな劣勢の状況下において、当然、捕虜も生まれる訳で、シャーロットもその内の1人であった。

 元々は、他の戦士同様、弓兵きゅうへいとして活躍していたのだが、包囲され、捕まり、後は、人身売買の餌食だ。

 幸いその美貌からは、商品価値に配慮して暴行はされなかったものの、抵抗すれば殴られる事が多々あり、精神的には死んでいた。

 美しかった金髪もストレスで色素が落ち、白髪に様変わり。

 それでも美貌は保ち続けた為、ある種、生き地獄であった。

(死にたい……)

 舌を噛んだり、手首を刃物で切ったり、ロープで首を吊ったり等、色々試したが、妖精である事が災いし、死にきれず、現在に至る。

 そんな彼女の前に光が差し込んだ。

「……?」

 見上げると、余り見た事が無い、黄色人種で黒髪の青年であった。

(ああ、新しい飼い主か)

 それだけの感想だったが、青年は、シャーロットの手を握り、温かな眼差しを向けた。

「もう大丈夫だ」

(……甘言にしては寒いな)

 そう思ったのも束の間、シャーロットの前には、美味しそうなスープが用意されるのであった。


(……よく食うな)

 その食いっぷりに俺は、若干、引いていた。

 見た所、栄養失調の疑いがあった為、フェンリルに指示を出し、特製のスープを作らせたのだが、フードファイターのように豪快に食べている。

 もう10杯目だ。

 わんこそば、この世界にもあったんだな(現実逃避)。

 お腹を大きくしたエルフは、

「……げぷ」

 思いっきりげっぷした。

 美人が下品なことをしても、絵になるのは、世の中、不条理だな。

 エルフは、睨む。

「オマエ、ダレダ?」

「景虎。バルベルデの新王だ」

「……バルベルデ、ノ、オウハ、ニンゲンナンダナ?」

「成り行きでな」

 エルフが落ち着きを取り戻したようだが、警戒心は捨てきれてないようで、チラチラと出入口を見ている。

 人間に奴隷化され、その人間の前に居るのだ。

 心情的に逃げ出したいのだろう。

「……逃げたいなら、逃げればいい」

「!」

「俺は、君を飼う気は無いし、何しようが、君の自由だ」

「……ナゼダ?」

「うん?」

「……ワザトニゲサセテ、アトカラ、オウノガ、シュミカ?」

「それはとんだサディストだな」

 俺は苦笑いしつつ、甘えて来るフェンリルの顎を撫でる。

「残念ながらそんな趣味は無いよ」

「……シンジラレルカ?」

「信じる信じないは、君の自由だ」

「……ジユー?」

 エルフは首を傾げた。

 聴き慣れない言葉のようだ。

(そういえば、フェンリルが、人間は無駄に規律を重んじる、って言ってたな? そう言う事か?)

 束縛の厳しい地域から来ると、慣れない自由、という概念に戸惑う事がある。

 昔、観た映画で、共産政権が倒れ、資本主義化した旧共産国の国民が、西側諸国から流れて来るHなビデオに、昭和の街頭テレビのように釘付けになっていた場面シーンがあった。

 それに似たようなことなのかもしれない。

「他人を傷つけたり、迷惑をかけない限りは、好き勝手していいって事だ」

「……ジユー」

 言葉を嚙み締める様に呟いた後、エルフは、動いた。

 こちらの反応を伺いつつ、出入口に向かって歩き出す。

 そして、最後に振り返った後、外に出た。

 姿が完全に見えなくなった後、フェンリルが、尋ねた。

弓兵きゅうへいとして雇うのかと?」

「信頼関係が無いからな。それに魔法使いが守備兵なら、弓兵は、必要無いよ。欲しいのは、秘書官くらいかな?」

「私では、不満ですか?」

「ミス多いじゃん」

「う―――」

 体育会系であるフェンリルは、事務作業が苦手らしく、計算ミスや文字の書き間違いが多い。

 私的ならそれほど、問題視しないが、公文書なので、やはり、そこは修正しないといけないだろう。

「守ってくれるから良いんだけど、無駄な仕事を増やさないでくれ」

「……済みません」

 不可視のケモ耳を垂れさせて、フェンリルは、自分の不甲斐無さを嘆く。

「まぁ、適材適所だよ」

「へ?」

「変身」

「!」

 その言葉と共に、フェンリルは、子犬に姿形を変える。

 主従関係になって以降、彼女の外見を、場合によっては俺が変身させることが出来るようになっていた。

 子犬を抱き上げて、膝に置く。

 体温が温かく、感触が心地よい。

「クーン? クーン?」

「用心棒兼癒し役だよ」

 混乱するフェンリルの背中を撫でつつ、俺は、事務作業に取り掛かるのであった。


 他種族に寛容且つ好意的な新王の噂は、直ぐにバルベルデ中に広まった。

 当初、人間族の王に懐疑的な声も少なからずあったのだが、エルフを助け、帝国の使者をにしたその姿勢は、他種族側から大いに評価された。

 国内にあるエルフの自治領に逃げて来たシャーロットの証言に、エルフ族の長は、大変感激し、感謝状を送ったほどである。

「ふ~ん。あいつ、シャーロットっていうのか」

 英語の女性名の一つだ。

 英国王室では、王女の名前に度々、使用されており、その愛着度の高さが分かる。

「知らなかったんですか?」

「知り合いのなる気は無かったしね。元気で良いならそれでいい」

「……はい♡」

 俺の言葉に、フェンリルは笑う。

「何?」

「いえ、お優しいんだな、と」

「そうか?」

 無自覚の為、自分が優しいのかどうか分からない。

「人間族の男は、大抵、エルフの女性を見て欲情する事が多いんですよ。その美貌に全財産貢いだり、家庭崩壊を招いたりするので、人間族の女性からは、大層、評判悪いです」

「……ふむ」

 表現が適切かどうか分からないが、エルフは、キャバ嬢のような感じなのだろうか。

 フェンリルの話を聞く限り、俺はその様に連想した。

「エルフは、人嫌いですが、義理堅い種族です。今後、陛下の忠臣になるでしょう」

 エルフが忠臣になる。

 この時、俺はそれが自分にどの様に降りかかるかは、予想もしていなかった。

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